テラーノベル
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―― 男は生まれてこの方、苦労という苦労を誤魔化し生きてきた。
有数の軍事国家バーラント王国に属し、数多ある良家の中でも屈指の一族として知られたマイラス家の長男は、生まれ落ちた瞬間からもてはやされ、わがままの限りを尽くす人生をスタートした。
生まれながらに全てが思い通り。
考え得る全てを与えられた男は、気に入らないもの全てを拒絶し、何不自由なく生きていた。
しかしその先に待っていたのは、延々と続く退屈な時間だった。
あれが欲しい。これが欲しい。
一声掛ければ、大概のものは手に入った。
しかし努力なく得たものは、簡単に光を失い、飽きてしまった。
だからこそ、考えつくわがままを突き通した先でその場所に辿り着いたことは、ある意味で必然だったのかもしれない――
世界には何人にも決して手に入れることができない “称号” があった。
称号の名は、言わずもがな絶対領域として存在したエターナルダンジョンの《最終到達者》。
有数の権力者たちが最高の戦力を集結し、全ての財を投げ売ってでも得ようとした最高最大の名声であり、絶対に手に入れることができない唯一無二の称号だった。
愚かな少年が街で知り得たこのたった一つの情報は、確かに、そして確実に、彼の環境を少しずつ変えていった。
『 誰か、エターナルダンジョンをクリアしてこい 』
軽く口にした命により結成された討伐隊は、多くの国民の期待を受けながら見送られ、堂々と旅立っていった。多くの観衆に手を振った少年は、ひとつの疑いもなく確信していた。
また僕に新たな称号が与えられる。
新たな暇潰しの材料として、また新しい玩具が手に入ると。
しかし数カ月後に待っていた報せは、少年の期待していたものとは少し違っていた。
『全滅であります。我らマイラスの結成隊は、ダンジョン最深部《ラストデザート》にすら到達できず全滅いたしました。申し訳ございません!』
「は?」と聞き直した少年は、自分の耳を疑い、何度も同じ質問をした。
唯一生還した連絡係の兵士は、大粒の涙を流しながら、オウムのように同じ言葉を繰り返すばかりだった。
少年にとって、それは初めての経験だった。
全てが思うがままになっていた世界で、初めて意志が通らなかった。
意味がわからなかった少年は、当然のように再度同じ命令を下した。
『 今度こそ、エターナルダンジョンをクリアしてこい! 』
考え得る最高の戦力を結集し、最高の魔道具、最高の武器、多額の金を投資した。
その頃になると、少年の父も同じようにダンジョンクリアという偶像の魔物に飲まれ、私財という私財をこれでもかとつぎ込んだ。
しかしどれだけの時間と労力をかけても、得られるのは、たった一つの報告だった。
『 全滅です! 』
『 全滅しました! 』
『 全滅でございます! 』
『 全滅した模様! 』
『 恥ずかしながら全滅いたしました! 』
少年は愕然とした。
どんなものでも手に入ると思っていた。
なのに、たった一つの名誉だけは手に入らなかった。
それどころか、忠実だった家臣は次々と一族の元を去り、屈強な戦士たちは次々と討ち死にし、得るはずだった名声は蔑みや冷笑に変わった。なにもかもが、面白いように露と消えていった。
物心つき、少年が青年へと成長した頃、全てを使い果たし両親が蒸発し消えた。
それを機に、マイラス家の跡取りとして何不自由なく生きてきた青年は、為す術なく大海原へ流された。しかし不運はそれだけで終わらなかった。
事の根源を生み出した青年への風当たりは強いものだった。
彼の六男二女の兄妹たちは、長男である彼に反発し、青年は追われるように国外へ逃亡した。唯一兄を慕った長女だけが兄と同行することとなり、一転不自由すぎる生活が始まった。
見たことのない外の世界。自由のない日常。気の休まらない日々。
たった二人で飛び出した外の世界は、青年にとってただの苦痛でしかなかった。
「俺はウィル=マイラス。マイラス家の正当な後継者だ。スキルを操り、魔法を使いこなし、全てが思うままにいくはずなんだ。それなのに……、なんでこんな……」
権力がなくなれば、慕っていたはずの者も蜘蛛の子を散らすように去っていった。
残ったのは妹ただ一人。過信した自分自身の力も冒険者として下の下であることを突き付けられ、自信と尊厳も失った。
「なぁロディア、教えてくれ。どうして俺たちはこうなった。俺たちは、どこで間違ったんだ、教えてくれ、我が妹よ?!」
生まれながら全てを得たはずが、地位も、名誉も、金も、名声も、何もかも失った。
たった一つのボタンの掛け違いが、青年の全てを奪い去った。
「エターナル……。なんなのだ、俺から全てを奪ったその場所はッ?!」
かくして青年は妹とともに旅に出た。
自らを貶めた根源を、自らの目で見定める。それだけのために青年は旅に出た。
弱さも、未熟さも、無様さも、全てを抱えたまま。なのに――
「ダンジョンが、……消えた?」
到着まで残り数日という、ほんの直前の出来事だった。
全てを奪った忌まわしいダンジョンは、全てが嘘だったかのように、忽然と姿を消してしまった。
あれだけ執拗に、全てを捨ててでも手に入れたかった”称号“は、どこの誰とも知らぬ者にあっさりと奪われた。
たかだか18足らずの人生の全てだった場所は、
斯くも儚く目の前で消えてしまった。
父親の無念も、家族の絆も、何もかもを奪い去ったままに――
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