テラーノベル
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「……はっ!」
目を開けた瞬間。
「いっ……たぁ……」
全身を、猛烈な重だるさが襲った。背中も。腰も。脚も。
(なにこれ……全身の筋肉が死んでるんだけど……!)
天井を見上げ、しばし呆然とする。どうやら私は、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。部屋の隅にはランプが灯り、薄いカーテンの向こうは、すっかり夜の闇に沈んでいた。
「よい……しょ……」
ベッドから起き上がろうとしたけれど、身体に力が入らない。
「…………」
そのまま枕へ、ボフッと逆戻りした。
(無理)
(これ、絶対に無理なやつ……)
――カチャリ。
「起きたか」
部屋の扉を開けて入ってきたのは、すでに身支度を整えたカイル殿下だった。片手には、水差しとグラスを載せたトレイ。もう片方の腕には、黒いフード付きのマントを抱えている。
「女将から水をもらってきた。帰りに使うマントも買い取った」
「…………」
「どうした?」
「……ずいぶんと、元気そうね」
「?」
カイル殿下は、心底不思議そうに首を傾げた。
(なんでよ!)
(なんでこの人だけ普通に歩いてるのよ!?)
恨めしさを込めて睨みつける。
「……水、飲むか?」
「ええ……」
ベッド脇へ腰を下ろした彼が、グラスをサイドテーブルに置いた。私は腕を伸ばし――。
「…………」
届かない。
「ソフィア?」
「……起き上がれないのよ……」
「……そうか」
(『そうか』じゃないわよ! 誰のせいだと思ってんのよ!)
カイル殿下は私の背中へ腕を差し入れ、軽々と上半身を抱き起こしてくれた。
「ほら」
渡されたグラスを受け取り、乾いた喉へ水を流し込む。――ところが。
「げほっ! ごほっ……!」
「大丈夫か?!」
勢いよく飲みすぎて、派手にむせてしまった。
「だ、大丈夫……」
口元を押さえ、グラスをサイドテーブルへ戻す。カイル殿下が眉を寄せた。
「後で、もう少しゆっくり飲みますので――」
「なら、別の方法にする」
「……え?」
カイル殿下がグラスへ口をつけ、水を一口含んだ。
(待って)
(その流れって、まさか――)
「ちょ、ちょっと待っ――」
塞がれた。
「んっ……!?」
重なった唇の隙間から、冷たい水が少しずつ口の中へ流れ込んでくる。
「……ん……っ」
反射的に、ごくりと飲み込む。やがて唇が離れた。
「……ぷはっ!」
私は真っ赤になり、カイル殿下の胸をペシッと叩いた。
「何してるのよ!?」
「水を飲ませた」
「そうじゃなくて!!」
「起き上がるのも辛そうで、さっきはむせただろう。これが一番確実だ」
(天然なの!?)
(この人、これ天然でやってるの!?)
むしろ「何か問題が?」とでも言いたげな顔だ。
(……ずるい)
(少し前までだったらこんなこと絶対にできなかったくせに)
(恋人になった途端、距離感バグりすぎじゃないの……!)
「……もう一口飲むか?」
「普通にグラスでいただきますわ!!」
「だが――」
「ゆっくり飲むから!」
「……そうか」
若干残念そうに見えたのは、気のせいだと思いたい。私はカイル殿下に支えられながら、今度こそ慎重に水を飲んだ。
「……ふぅ」
ようやく一息つく。――そのときだった。
視界の端に入ったものに、目が留まる。ぐしゃぐしゃに乱れた寝具が、惨状をこれでもかと物語っている。
「…………」
固まった。
「ソフィア? どうした」
「……カイル殿下」
「何だ」
「これ」
震える指でベッドを指す。
「一体どうするつもり!?」
私は頭を抱えた。
「絶対、何があったか分かるじゃない! 全部バレバレなのよ!!」
「向こうも……ある程度は想定内だろう」
「そういう冷静な分析はいらないのよ!!」
(恥ずかしすぎる……)
(もうこの酒場、二度と来られない……!)
「問題ない」
「何が!?」
「銀貨を多めに置いていく」
「そういう問題じゃないから!!」
ふと見ると、カイル殿下の口元がわずかに緩んでいる。
「何よ」
「いや」
「今、笑ったでしょう!?」
「笑っていない」
「絶対笑った!!」
「気のせいだ」
「この――!」
枕を掴み、投げつけようとしたものの。
「……っ」
腕を振り上げただけで、身体中からやめとけと猛烈な抗議がきた。
「無理をするな」
「誰のせいよ!!」
私は布団を引き寄せて被った。
(……過去の私を殴りたい……!)
布団の上から、ポン、ポンと優しく頭を撫でられる。
「もうやだ!!」
布団の向こうで、カイル殿下がくすっと笑った。
***
それから少し休み。どうにか身支度を整えた私たちは、買い取ったフード付きのマントを羽織った。
「女将さんに鍵を返すのは、殿下がやってくださいませ」
「なぜだ」
「私は絶対に嫌だからです!!」
数分後。戻ってきたカイル殿下が、また口元を微かに緩ませていた。
「……何か言われましたの?」
「『若いっていいねぇ』と言われた」
「聞かなきゃよかったわ!!」
顔から火が出そうだった。私は逃げるように裏口から外へ飛び出した。夜の城下町には、前夜祭の賑やかな喧騒がまだ続いている。人目を避け、薄暗い路地を進んでいると――。
「きゃっ!?」
暗がりから、ぬっと人影が現れた。私は反射的にカイル殿下の腕へしがみつく。
「いやぁ~、偶然っすね!」
街灯の薄明かりの下にいたのは――。
「ギ、ギルバート!? どうしてこんなところに?」
「いやぁ~、たまたまこの辺を巡回中で!」
「まあ。こんな裏路地まで?」
「……建国祭に向けて、念入りな巡回中なんすよ」
「まあ。騎士団も遅くまでお仕事が大変ですわね」
「ははは……」
ギルバートは乾いた笑いを漏らし、そのまま遠い目で夜空を見上げた。
「いやあ……任務って……色々あるんだなぁと……」
「……?」
意味が分からない。私が首を傾げていると、カイル殿下が恐ろしく冷たい視線をギルバートへ突き刺した。
「……殿下」
「何だ」
「次から任務の要綱に『長時間待機』って項目、追加しといた方がいいっすかね?」
ゴスッ!!
「ぐほっ!?」
カイル殿下の肘が、ギルバートの脇腹へ綺麗に入った。
「何してるんですの!?」
「何でもない」
「何でもなくないっすよ!! 横暴! 暴君!!」
「黙れ」
(……相変わらず仲がいいわね)
(男の友情って、本当によく分からないわ……)
歩き出そうとして――。
「……っ」
脚に力が入らず、身体がぐらりと傾く。
「ソフィア!」
「だ、大丈夫ですわ! 一人で歩けますから!」
慌てて体勢を立て直す。
「信用できない」
「失礼ね!」
再び歩き出そうとすると、カイル殿下が半歩後ろへ回り込んだ。
「……え?」
片手を取られ、指を絡められる。さらに、もう片方の腕が腰へ回り、身体を支えるようにぐっと引き寄せられた。
「ちょ、ちょっと! 何してるんですの!?」
「支えている」
「だから、一人で歩けるってば!」
「さっき転びかけた」
「ちょっとふらついただけよ!」
「同じだ」
「同じじゃありませんわ!」
(……近い)
背中には、カイル殿下の体温。片手は、しっかり握られたまま。そのうえ腰まで抱かれて、ほとんど身体を預けるような格好になっている。
「離してくださいませ!」
「却下だ」
「却下って何よ!」
少し離れたところで、ギルバートが口元を押さえ、肩をプルプル震わせていた。
「……何笑ってるんですの?」
「い、いやぁ~。仲のいいことで……ぶふっ」
カイル殿下はギルバートを一瞥すると、言い放った。
「ギルバート、馬車をここまで回せ。今すぐにだ」
「えっ。ここまでっすか?」
「ああ」
「いや、でもこの辺、道が細――」
「今すぐ」
ギルバートは深々とため息をついた。
「……はいはい、分かりましたよ」
くるりと踵を返す。
「まったく……人使いが荒いことで」
「何か言ったか?」
「何も言ってないっすよ!!」
ダッシュで駆けていった。その背中を見送り、それから腰へ回された腕へ視線を落とした。
「……馬車が来るまで、これを続けるつもりですの?」
「当然だ」
(恋人になった途端、過保護まで悪化してない?)
「離したら転ぶだろう」
「転びません!」
「信用できない」
「~~~っ!」
(やっぱり、これ、距離感バグってるでしょ!!)
コメント
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ひよりさん、第47話読みました! 恋人になった途端のカイル殿下の距離感、バグりまくりですね(笑)口うつしで水を飲ませるところとか、もうソフィアが赤面するのも当然だなって思いながら、こっちまで照れました。女将さんに「若いっていいねぇ」って言われる展開、酒場に二度と来られないって嘆くソフィアの気持ちが痛いほど分かります。ギルバートが巡回で見張ってたのも笑ったけど、カイル殿下のあの過保護っぷり、好きすぎて仕方ないんだなって伝わってきてほっこりしました🌷
ひより
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#ロマンスファンタジー
百はな🍑
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世羅 鈴🎨🎤
272,863
#主人公最強
伊織
41