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建国祭当日の朝。身支度を整えていると、アンナから一通の手紙を手渡された。
「……またお父様から?」
見慣れたヴァンクロフト公爵家の封蝋を割り、視線を走らせる。
『貧民街での働きは耳に入っている。皇太子妃として名を上げたことは評価してやる。だが、これ以上独断で目立つ真似はするな。建国祭では軽率な言動を慎み、特に聖女シェリーおよび聖女派とは無用な摩擦を避けよ』
「…………」
(跡継ぎの催促の次は小言? 相変わらず上から目線でうるさいわね)
けれど――。『特に聖女シェリー』、その一文に、指先がぴたりと止まった。
「なんでわざわざ、シェリーの名前を出すのかしら?」
「今や国中で大人気の聖女様ですからね! 皇帝陛下もベタ褒めだって噂ですし!」
「……まあ、そうでしょうね」
手紙をくしゃりと丸める。そのまま屑籠へ、ぽいっと放り込んだ。
***
帝国最大の祝祭――建国祭。大通りには帝国旗がはためき、色とりどりの花びらが青空を舞っている。皇宮周辺を巡る祝賀パレード。沿道を埋め尽くした民衆から、割れんばかりの歓声が降り注いでいた。
「皇太子殿下ー!」
「皇太子妃殿下ー!」
「ソフィア様ー!」
馬車の上から手を振っていると、聞き覚えのある声が飛んできた。
「俺、職業訓練所のおかげで就職決まりました!」
「私もです! ありがとうございます、妃殿下!」
「……!」
貧民街の訓練生たちだ。みんな、明るい顔をしている。
(第一期は500人。就職率は早くも50%突破)
(目標の70%も、ようやく見えてきたわね)
思わず頬が緩む。
「ソフィア」
「はい、殿下?」
隣に座るカイル殿下が、歓声に紛れるように私を呼んだ。
「……この前の返事を、まだ聞いていない」
「この前?」
「花火だ」
(あ……)
思い出した。お忍びデートの日。
『俺は、お前と見たい』
真っ直ぐ見つめてきた彼の瞳が脳裏をよぎる。建国祭の最後の花火を一緒に見た恋人は、ずっと一緒にいられる――。そんなジンクスがあるらしい。
「閉会の儀が終わったら――二人で見たい」
(な、何よ、その顔……)
そんな目で見つめられたら。
(断れるわけないじゃない……!)
「……いいですわよ」
「!」
ぱっと表情が明るくなる。昨日、正式に恋人になったばかりだし。
(花火くらい……一緒に見てもいいわよね)
そのときの私は――。今夜も、昨日の続きのような一日になるのだと思っていた。
***
パレードのあと。私は庭園で開かれた、貴族令嬢たちの茶会へ顔を出していた。主催者は――。
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(……やっぱり、あなたたちね)
以前、貧民街の学校へ押しかけてきた聖女派の令嬢たち。できれば関わりたくなかったけれど、主催者は皇帝陛下の側近を務める家門の令嬢だ。陛下から皇太子妃として出席するよう命じられた以上、無視するわけにもいかない。
案内された席を見て、私は足を止めた。白いテーブル。令嬢たちには、豪奢な彫刻入りの椅子。そして――。私の席にだけ置かれていたのは。
「……木箱?」
「あら、お気に召しませんでした?」
「カイル殿下のお隣には、聖女様がお似合いですもの」
「いずれ捨てられる妃殿下には、貧民街の廃材がお似合いかと思いまして」
扇の向こうから、くすくすと嘲笑が漏れる。
「ムキィィィッ! お嬢様、こんな無礼許せませんよ!!」
激怒するアンナを、片手で制した。
「アンナ」
「でもっ!」
私は木箱を一瞥した。
(……子どもの嫌がらせかしら?)
こんなものに付き合っている暇はない。その場に立ったまま、令嬢たちを冷ややかに見渡す。
「それで? 皇太子妃を呼び出してまで、何のご用ですの?」
「……っ」
悔しがるどころか眉一つ動かさない私に、令嬢たちの顔が引き攣った。くだらない。さっさと帰ろう――。そう踵を返しかけた、そのときだった。
主催者の令嬢が、控えていた侍女へちらりと目配せした。直後――その侍女が、不自然にポットを傾ける。
「あら、失礼」
「きゃっ!?」
「アンナ!!」
バシャッ!
熱い紅茶が、アンナの腕へ降りかかった。
「あつっ……!」
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫です……!」
幸い、厚手の侍女服の袖越しだった。顔をしかめるアンナを見て、主催者の令嬢が扇で口元を隠してクスクスと笑った。
「失礼。侍女が、手を滑らせてしまったようですわ」
(…………)
頭の中で――ブチィッ!! と何かが千切れた。
『特に聖女シェリーおよび聖女派とは無用な摩擦を避けよ』
今朝の手紙が、脳裏をよぎる。
(知るか、そんなもん!!)
「……私の侍女への侮辱は」
ヒールを木箱へかけた。
「私への不敬と同義ですわ」
ドガンッ!!
木箱を蹴り飛ばす。勢いよく滑った木箱が、令嬢たちのテーブルへ激突した。
ガシャァァン!!
「きゃああっ!?」
カップと菓子皿が、派手な音を立てる。庭園の空気が凍りついた。
「なっ……なんてことをっ!!」
「あら」
私はにっこりと微笑んだ。
「ただ、足が滑っただけですわよ」
テーブルに残っていたカップを一つ手に取る。中の紅茶は、もうすっかり冷めていた。
「そ、それ……」
バシャッ。
「きゃああああっ!?」
冷めた紅茶を、主催者の令嬢の頭から浴びせた。巻かれていた髪が、あっという間にびしょ濡れになる。
「失礼」
空になったカップを、カチャリとソーサーへ戻した。
「私も、手が滑ってしまいまして」
「~~~~!!」
私は、すっと笑みを消した。
「冷めた紅茶で済んで、よかったわね」
一歩、距離を詰めると、令嬢が青ざめて、後ずさった。
「でも――次もこの程度で済むとは思わないことね。私へのくだらない嫌がらせなら、好きになさい」
アンナの濡れた袖へ目を落とす。
「皇太子妃付き侍女への故意の傷害だったのか――今すぐ騎士団を呼んで、正式に調べていただきましょうか?」
「き、騎士団……?」
「当然でしょう?」
冷ややかに告げる。
「故意だったと判断されれば、事情聴取だけでは済まないでしょうね?」
「そ、それは……」
主催者の令嬢の顔が、みるみる青ざめていく。
「それから――」
彼女たちをぐるりと見渡した。
「一つ、大きな勘違いをしているようですけれど」
「……え?」
「ふふっ。私が殿下に捨てられる、ですって? ――その前に、こちらから願い下げですわ」
そのときだった。
「……ずいぶんな言い草だな」
聞き慣れた声の方を振り返る。
「カイル殿――」
言葉が止まった。そこには、カイル殿下。そして、その隣には――。彼の腕へぴったりと寄り添う、聖女シェリー。
「…………え?」
血の気が、さっと引いた。
(この光景……)
(私、知ってる……!)
建国祭。花に囲まれた庭園。皇太子と、その腕に寄り添う聖女。忘れるはずがない。ゲーム『ラディアント・ローズ』――カイルルートの恋愛確定イベント、そのものだった。
背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
コメント
3件
このままカイルとくっついてもいいんだけど、ソフィアが逃亡成功して自由気ままに生きる人生も見てみたいのよね…。
第48話、めっちゃ熱かったわ!!ソフィアがアンナを守るシーン、最高にカッコよかった🔥「冷めた紅茶で済んでよかったわね」からの一連の流れ、鳥肌立ったよ…!でも最後のカイル殿下&シェリーの登場、あれは…まさかのフラグ回収!?続きが気になりすぎる!!