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「……上の空というか、ずっと魂抜けてた感じ」
「あ~、流石に別れて一ヶ月じゃな」
月曜の昼休み。女の子たちに囲まれていた俺を、もとちゃんが無理やり屋上まで引っ張っていった。ため息混じりに吐き出される、初めてのデートの報告。
「話も弾まんし、あんま楽しくない感じはしたな」
「でも、それはもとちゃんが悪いんちゃうで?」
好きな人が落ち込む姿は、なんでこんなに胸を締め付けるんやろう。わざわざ俺を連れ出してまで慰めてほしいなんて、反則やろ。
「……なんでニヤニヤしてるん? こっちは真剣やのに!」
「わかってるって。それでも『俺が忘れさせたる!』って言うたんやろ?まだまだこれからやって」
土曜日の自信満々な様子はどこへ行ったのか、もとちゃんはまだ何か言いたげに口を濁らせている。
「で、もとちゃんはどうしたいん? いくら俺に相談しても、結局は自分で決めなあかんやろ?」
「わかってるよ。でも……いや、ええわ」
「なんやそれ!」
煮え切らない様子のまま、もとちゃんはとぼとぼと自分の教室へ戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、スマホを取り出した。彼女からの連絡でも気にしてんのか。同じクラスなら直接喋ればええのに。
ピコン、とLINEの通知音が静かな廊下に響く。
「……はぁ?!」
画面に踊っていたのは、予想だにしない一文だった。
『俺、空のこと好きかもしれん』
「はぁ?!?!」
慌ててもとちゃんの教室の方を見ると、まだ廊下にいたあいつが、じっとこちらを見つめていた。
ふざけんな!彼女と付き合ってまだ数日やろ?やのに、こんなことを送ってくるなんて、頭がおかしいとしか思えん。
『あほちゃう?』
『空も俺のこと好きやろ?』
『ふざけんな』
画面越しに何度かやり取りをした後、もとちゃんは諦めたようにふっと視線を逸らし、教室へと入っていった。
「……なんやねん、マジで」
呆然と立ち尽くしていた俺の視界に、信じられない光景が飛び込んできた。
教室の入り口で、もとちゃんが彼女の手を引いて廊下に出てきたかと思えば、そのまま彼女をふわっと抱きしめた。
周囲から上がる歓声。廊下の一角は、一瞬でもとちゃんと彼女だけの世界になった。
「……っ」
「どうしたん? 空くん」
「早退」
駆け寄ってきた女子たちの声を振り切り、鞄を掴んで教室を飛び出した。
意味がわからん。
嬉しいはずの言葉やったのに、なんでこんなに心臓が痛いんやろう。
俺のことが好きやなんて言っておきながら、俺の心も、彼女の心も、弄ぶみたいに残酷な真似をして。
あんな衝動的な行動をするやつ、やっぱり頭がおかしい。
もう、絶対に関わらないほうがええ。
視界が滲んで、足元がふらつく。学校を出てすぐ、再びスマホが震えた。
『私立高校の教員採用、知り合いに口利いてもらった。仕事決まったら一緒にお祝いして』
……良かった。
新先生からや。
裏切りと困惑に塗りつぶされた世界で、その真っ直ぐで重い愛だけが、今の俺を繋ぎ止めてくれる唯一の光やった。
なんで、嬉しくないんやろう。
大好きな人が「好き」やと言ってくれた。ずっと欲しかった言葉だったはずやのに。
きっと、俺は彼女のことを考えてる。
別れて一ヶ月。どん底にいた自分を「元彼のこと忘れさせたる」と救い出してくれた男に、たった数日で「他に好きな人ができたから別れよう」なんて、また突き落とされる。
俺なら、絶望のあまりそのまま窓から身を投げる。もとちゃんは自分がどれだけ残酷なことをしてんのか分かってんのか。
『仕事決まったらええな!お祝い、何がいい?』
新先生とLINEをしていても、頭の中はもとちゃんのことでいっぱいや。わざと明るい文面で打ち返して、自分の心を誤魔化す。
『今日、会いに行っていい?』
『まだ仕事決まってへんのやろ?』
『決まらな会えへんの? ( ; ; )』
珍しく送られてきた顔文字に、少しだけ毒気が抜けた。
新先生も、俺のことばかり考えている。俺にすべてを捧げようとしている。
『今日、早退したから。いつでも来ていいよ』
情緒が不安定な時は、誰かに側にいてもらうのが一番いい。
それが愛なのか、依存なのか、今は考えたくもない。
「……元気ないやん、大丈夫?」
部屋にやってきた新先生は、早退の理由を問うこともせず、後ろから俺を優しく包み込んでくれた。
「うん、ちょっと予想外のことが起きて、頭バグってるだけ」
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モノクロナツキ
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「ん、それは俺が嫉妬するようなこと?」
覗き込んできた瞳があまりにも綺麗で、俺は誘われるように唇を重ねた。
やっぱり、人の温もりは安心する。冷え切った心が、少しずつ溶けていく感覚。
「……なんか誤魔化された気するけど、空からキスしてくれるのは嬉しい」
「うん、そんな顔してるわ」
二人で笑い合い、自然と距離が縮まる。
けれど、今日はもうそれ以上のキスもする気がおきひん。
「……ぎゅーってしといて。それで落ち着くから」
「……いくらでもしたるよ。空のためなら」
そのまま抱き合って、とりとめもないテレビ番組を眺め、お菓子を摘む。
気づけば、夕食の時間をとうに過ぎていた。
「新先生、ご飯食べてく?」
「ん、そうする」
先生の返事とほぼ同時に、鋭いインターホンの音が鳴り響いた。
誰やろう。こんな時間に、全く心当たりないねんけど。
「はーい」と返事をしてドアを開けると、そこにはまだ制服姿の、もとちゃんが立っていた。
「空、なんで早く帰ったん?」
「……っ、ちょっ、待って。一回外出ていい?」
やばい。心臓が跳ね上がる。
もとちゃんは新先生が辞めたことを知ってんの?そもそも専攻が違うから、顔くらいしか認識してないんか。
頭の中がパニックに陥る。
「え、誰か来てるん?」
ちらりと、もとちゃんの視線が玄関に並んだ男物の靴に落ちた。
「……俺にも、友達くらいはおるよ」
「……へぇ」
その一言に含まれた冷ややかさに、背筋が凍る。
なんや、その顔は。今、明らかに軽蔑の目で俺を見たよな。
今日の出来事を考えれば、俺とお前は「とんとん」なはずや。
彼女を抱きしめたお前に、俺を責める権利なんてない。