テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1.夜
ホテルの大きな窓の向こうで日が沈み、周囲が次第に暗くなってきた。静寂の中微かに刻まれる時計の秒針の音を聞きながら、2人はそれぞれ段取りの最終確認に入った。
任務の内容をもう一度確認するとこうだ。
標的と、その標的が今夜取引をするために取引相手と落ち合う時間を狙う。キャンティとコルンが先にその取引相手を始末し、佑利がそれに成りすまし標的に会い、上手く外に誘導し、殺す。
バー内で殺すのは誰かに目撃される可能性がある。故に人の目につかないところで始末する、ということなのだろう。杏咲は万が一目撃された場合の野次馬の口封じをしろと命令をされたらしい。
そうこうしているうちに佑利のスマホが震えた。
「時間だ。行くぞ」
返事をする暇もなく、電話は切られた。
2.黒をまとう
バーがあるのは繁華街から外れた一本の裏通りだった。写真で見た内装はかなり煌びやかで派手だったが、外装は一見するとバーだと分からないような地味な造りになっていた。裏社会の人間が取引をするにはちょうど良い場所なのだろう。 標的の取引相手ももうすぐやってくる頃だ。
しばらくし、 寂れた建物の屋上にいるキャンティとコルンのライフルスコープが向かいの道路脇に停まった一台の車を捉えた。
「来た」
「やっとお出ましかい」
高そうなスーツを身にまとい、車から降りてきた取引相手の男の側頭部に照準を定め、躊躇なく弾丸を撃ち込んだ。
パシュ、と乾いた音をさせ、男は運転席へと倒れた。
「OK、こっちは終わったよ」
インカムから届いたキャンティの声を聞き、佑利はすかさず男に近づき、着ていたスーツを剥いだ。顔には既に事前に用意していた変装マスクをつけている。
荷物をトランクから引っ張り出し、その代わりにプラスチック爆弾を車内に残した男の腕に抱かせた。
「……」
力の入らない手でなんとか扉を閉め、鍵をロックする。
爆弾のカウントが赤く点滅しだしたのを横目で見て、その場から去った。
3.バーへ
カラン、と軽い音を立て、佑利は取引相手の顔で店内へ入る。
「おぉ、来た来た。こっちだ」
「どうも。遅くなって申し訳ありません」
「気にするな、私も今来たところだよ」
本場の流暢な英語に戸惑いつつも、佑利は笑みを浮かべて標的の隣の席へ歩み寄った。標的が年老いたバーテンダーに向かって「私と同じものを彼に」と人差し指を立てる。
実のところ、頭の切れる佑利は唯一英語が苦手である。海外留学経験があり、英語が堪能なミスティアに特訓されたおかげで読み書きはある程度できるようになったが、話すこと、聞き取ることだけは上達させることができなかった。 恐らくは片耳の難聴と滑舌の悪さが原因である。
だが本物の取引相手も地方の訛りがとても強く、標的に合わせて喋っていた標準語のイントネーションはあまり上手くなかったらしいのでそこはなんとか無問題と言えよう。
成りすましだとバレぬように、佑利は細心の注意を払いながら標的と言葉を交わす。
27
たけのこ
220
717
「堅苦しい話は後にして、とりあえず飲もうじゃないか。ほら、君の分」
「ありがとうございます。では」
では、と言って受け取ったはいいものの、佑利は酒も苦手である。本当にどうしてこの任務に自分が抜擢されたのか不思議で仕方ない。なにか裏があるんじゃないだろうか。いやそんなはずは。
─⋯
湯水の如く時間が流れていき、気づけば来店から1時間半。標的もいい感じに酔いが回ったようで気分を良くしている。
なにか組織の得になる情報をついでに聞き出そうと思っていたが、こうなってしまっては仕方ない。
「─社長、よければご一緒にどうですか?」
佑利は胸ポケットから出したタバコをチラつかせた。
事前情報によると、標的はかなりの愛煙家でありヘビースモーカーだ。2人きりになるチャンスはこれしかない。
「いやぁ驚いたよ!君も吸うんだな、まだ若いのに酒もタバコも経験済みとは意外だ」
「はは、どっちも強くはないんですけどね」
左の内ポケットがズンと重みを増した気がした。
「そうか?まぁたしかに頻繁にはやってなさそうだが」
「えぇ?どうしてそう思われるんですか」
必死に笑みを浮かべるすぐ下で手元のライターが小刻みに震える。上手く火がつけられない。
「あのバーは店内喫煙OKだからな。吸ったところで何も言われないのに、わざわざこの喫煙所に来るような律儀なところを見るに、タバコに脳ミソを侵されたヘビースモーカーではなさそうだ」
「…そう…ですね」
呂律の回らない舌でそう言い盛大に笑う標的の向かいで、 佑利はまだ長く残ったタバコを中身が出るまで灰皿に押し付けた。
「こっちの方が、色々と都合がいいんですよ」
「都合?」
「えぇ」
任務決行まで、残り0分。
「お、おい!やめ、何をする─!!」
ベンチに座る標的の太ももを片足で踏みつけて乗り上げ、銃口を口に無理やり突っ込む。突然の事態に酔いを覚ました標的はもがき苦しみ暴れている。
「煙まみれの狭い喫煙所の方が、あなたを周りに気づかれずに殺せるんですから」
標的から見た佑利─いや、本来の取引相手の姿をした佑利は得体のしれない何かに操られているように見えただろう。
奥底に無理やり感情を押し込んだような、どこまでも広がる夜の闇のような目。
偽物だ、と、標的はここで初めて気がついた。
佑利は引き金に力を込める。
「がは─このッ……!人殺しがァッ…!!」
「えぇ、奇しくもその通りです」
乾いた発射音と、薬莢の落ちる金属音が煙と共に喫煙所に籠った。
4.喫煙所の出来事
喉から首にかけてを一直線に撃ち抜かれた標的はベンチに横向きに力なく倒れる。
「…ハァ…ハッ…」
佑利の任務は終わった。あとは周囲に気づかれないうちにジンたちと合流するだけ。
心臓の音で両耳の鼓膜を打ち破られそうになりながら、佑利は煙まみれの喫煙所の扉を引く。
ふと向けた視界の先には、サングラスと黒いスーツを身につけた屈強な大男たちの姿。
「!?」
「いたぞ!!社長殺しの犯人だ!!」
「なっ…!」
大男たちの正体は標的のボディーガード。
見つかってしまった。
コメント
1件
第4話、喫煙所のシーンがすごく良かったです……! 英語が苦手で酒も煙草も得意じゃない佑利が、それでも任務をこなすために細かい駆け引きをする姿にハラハラしました。最後のボディーガード登場の“見つかった”で終わる余韻も絶妙で、続きが気になります。たけのこさんのキャラの手探り感や緊張の描写、丁寧で好きです📘