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「ふふっ、みんな楽しそう。透さん、この時からもう顔が真っ赤!」


車の中で、瞳子は先程撮ったばかりの写真を見ながら微笑む。


大河はそんな瞳子の横顔を、チラリと盗み見た。


穏やかで優しい笑みを浮かべている綺麗な横顔。


(これからも毎年誕生日は、恋人に祝ってもらわないのだろうか…)


今夜の瞳子は心底楽しそうで、恋人と過ごせなくても何とも思っていないようだった。


きっとこの先の誕生日も、こんなふうに身近な友人と過ごすだけで満足するのだろう。


(本当にそれでいいのか?)


あの時の瞳子の言葉を思い出す。


『私は誰かを好きになっても、恋愛することは出来ません』


悲痛なその言葉は、言い換えれば、この先誰かを好きになることだって充分あり得るということだ。


『どんなに好きな相手でも、過去の恐怖が蘇ってしまうからです』


だったら、過去の恐怖を克服すればいいのでは?


そう思うが、そんなに簡単なことではないはずだと思い直す。


(克服する為には、恐怖と対峙しなければならない。これ以上傷つかなくてはいけないなんて…)


もう二度と傷ついて欲しくない。


いつも笑顔でいて欲しい。


それならやはり、このままが一番いいのか?


だけど、やっぱり…


ぐるぐるとまとまらない考えに翻弄されていると、ふいに瞳子が、大河さんと呼んだ。


「ん?なんだ?」


「もしかして、私を車で送る為にお酒を飲まなかったんですか?だとしたらすみません」


「いや、気にするな。まだ仕事が残ってるから、飲まなかっただけだ」


「それなら、なおさら申し訳ないです。お忙しいのに…。毎日ちゃんと身体休めてますか?」


「ああ、仮眠室で寝てる。ここで倒れる訳にはいかないからな」


「そうですね。パリでの成功を、私もお祈りしています」


「ありがとう」


やがて瞳子のマンションに着いた。


大河はエンジンを切ると、じっと何かを考え始める。


「大河さん、送ってくださってありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」


そう言って助手席のドアを開けようとした瞳子を、ちょっと待って!と呼び止めた。


「どうかしましたか?」


不思議そうに振り返る瞳子に、大河は、うん、あの…と言葉を濁す。


瞳子は開けようとしていたドアから手を離し、大河の方に向き直った。


じっと大河の様子を伺うように、黙って言葉を待っている。


大河は意を決して顔を上げた。


「どうしても、聞きたいことがある」


「はい、何でしょう?」


「もし少しでも嫌だと思ったら、答えなくていい。率直に教えて欲しい」


瞳子は少し視線を逸して何かを考えてから頷いた。


大河はじっと瞳子の目を見て話しかける。


「男性と、ただ一緒にいるだけでも怖いと感じる?」


瞳子は少し驚いたように目を見開く。


「ごめん、不快に思うならもう聞かないから」


すると瞳子は、口元を緩めて首を振った。


「いいえ。だって今夜も皆さんと一緒にいたでしょう?とっても楽しかったです」


「そうか、それなら良かった。じゃあ、異性と二人切りになるのは?」


「今、大河さんと二人切りですよね?」


「ああ。やっぱり…嫌か?」


「ふふっ、嫌じゃないですよ?」


自信なさげに聞いてくる大河に、瞳子は明るく笑いかける。


「良かった。あの、じゃあ…」


「じゃあ?」


瞳子は余裕の表情で大河を促す。


「それなら、その。俺とどこかに遊びに行く、とかは?嫌か?」


「大河さんと遊びに?ふふふ、何だかおかしい!遊ぶって、どんな遊び?」


「えっと、そうだな。公園に行くとか?」


「公園?!大河さんと?」


「え、やっぱり嫌か?」


「そうじゃなくて。大河さん、公園で何するんですか?」


「そうだな。公園と言えば、滑り台とか、ブランコとか?」


そう言うと、瞳子は我慢の限界とばかりに笑い出した。


「大河さんが、ブランコ?!見てみたい!滑り台滑るところも!」


「えっ、ほんとに?じゃあ、一緒に行ってもいいのか?」


「はい。でも、理由を聞かせてください。私とブランコして、靴飛ばし競争でもしたいんですか?」


「いや、そうじゃなくて…」


「なくて?」


大河はしばらくうつむいてから、ゆっくりと顔を上げる。


「少しずつ、少しずつでいいから、俺と過ごす時間を増やして欲しいんだ」


え?と、瞳子は首を傾げる。


「ただそれだけでいいんだ。何も考えずに、俺と一緒に時間を過ごして欲しい」


「それは、公園に行きたいから?」


「いや、公園が目的じゃなくて。つまり、俺と友達になって欲しいというか…」


瞳子はますます目を丸くする。


「と、友達?!大河さん、お友達が欲しいんですか?」


「いやだから、そうじゃなくて…」


煮え切らない言葉に瞳子が眉を寄せて困惑すると、大河は思い切ったように口を開いた。


「君の傷を癒やしたい。君が今まで傷ついた分、俺が時間をかけてゆっくりと治すから。そして君をそばで守りたい。もう二度と傷つかせたくない。いつも笑顔でいて欲しいんだ。だから…、ただそばにいさせて欲しい」


瞳子は思わず息を呑む。


真剣な大河の眼差しから、目を逸らすことすら出来ない。


「俺は君を傷つけないと誓う。君の嫌がることや、恐怖を感じることは決してしない。約束する。俺を信じて、そばにいてくれないか?」


瞳子は大河の言葉の意味を懸命に考えた。


「それは…、私が大河さんとおつき合いするということですか?」


「いや、つき合うとかじゃない。ただ、そうだな…。よく一緒に遊ぶ友達みたいな関係かな?」


「え、でも。大河さんは既に私の仲の良いお友達ですよね?」


「ああ、そうなのか。それなら、うーん。友達以上、恋人未満ってやつかな?」


「それってつまり、どういう関係なんですか?よく少女漫画に出てくるセリフですけど、いまいち意味が分からなくて」


「そう言われると、そうだな…」


大河は困ったように眉を下げる。


「あの、大河さん」


見かねて瞳子が話し始めた。


「私、以前にもお話しましたが、男性とおつき合いすることは出来ないんです」


「いや、だから…。つき合うとか、そんなことは考えなくていいんだ。ただ、こうやって時々二人で話したり、どこかに遊びに行ったりするだけならいいか?」


「それは、恋愛じゃなくて?」


「そう。ほら、小学生の男女が一緒に遊んでても、つき合ってるとは言わないだろ?」


「え、言いますよ?最近の子は5年生でも、彼氏いまーすとか言うんですって」


「ええー?!そうなのか?すごいな、令和の時代って」


いや、そうじゃなくて!と大河は自分に突っ込む。


「それなら、たとえ幼稚園児と同じだと言われてもいい。君と一緒に過ごしたいんだ」


瞳子はぱちぱちと瞬きしてから、ためらいがちに口を開いた。


「あの、これは私の率直な気持ちなんですけど…」


「ああ、なんだ?」


「大河さんと一緒に遊びに行くのは、楽しそうだなって思います。それに大河さんのお気持ちも嬉しいです。でも私、大河さんの望むことは何も出来ないかもしれません」


「もちろん、構わない。君に何かをして欲しいとか、こう思って欲しいなんて望んでいない」


「一緒にいて、その先に関係が変わっていくこともないかもしれません」


「ああ、それでいい」


「本当に?大河さんなら、どんな女性とでも恋愛出来るでしょう?どうして私なんかに、そんな無駄な時間を使おうとするんですか?」


すると大河は、正面から真っ直ぐに瞳子を見つめた。


「無駄な時間なんかじゃない。俺が君のそばにいたいんだ。頭であれこれ考えずに、ただ素直な気持ちを聞かせてくれないか?」


瞳子はしばし間を置いてからコクンと頷く。


「これから時間がある時は、メッセージを送ってもいい?」


瞳子はまたコクンと頷く。


「良かった。じゃあ今夜はこれで」


「え?!終わり?」


「うん。え?ダメなの?」


「いや、だって。あんなに長々話してくれたのに、最後はそんなにあっさりなんて…」


大河は瞳子の顔を覗き込む。


「それなら、その…。手に触れても、いい?」


恐る恐る聞くと、瞳子はちょっとうつむいてから頷き、膝の上にあった両手を小さくキュッと握る。


大河はおずおずと手を伸ばし、瞳子の両手をそっと掬い上げてから優しく握りしめた。


瞳子はちらっと上目遣いに大河を見ると、すぐにうつむいてはにかんだ笑みを浮かべる。


(か、可愛い…)


大河は思わず顔を真っ赤にする。


身体中が一気に熱を持つのが分かった。


下唇を噛んで、抱きしめたくなる衝動を懸命に抑えた。


「大河さん?大丈夫ですか?」


梅干しでも食べたような顔の大河に、瞳子が心配そうに尋ねる。


「大丈夫だ。なんのこれしき」


そうだ、自分は少しでも彼女の傷を癒やし、もう二度と傷つかずに済むように、そばにいさせてもらうんだ。


彼女を守れるなら、それだけでいい。


己の欲なんて抑えてみせる。


たとえ相手が、美人でスタイル抜群で、笑顔も可愛らしく、優しくて健気な…、そう、とびきり素敵な極上の女性でも。


大河は心に固く誓うと、大きな手のひらで瞳子の両手を優しく包み込んだ。

極上の彼女と最愛の彼

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