警察業務を終えたぺいんはいつも通り家の前に来ると、辺りをキョロキョロ見回して誰も見ていないのを確認してから中に入る。コートハンガーにグレーの上着がかかっているのを確認してから大きく叫んだ。
「ぐちーつただいまー!!」
「おかえりなさい、伊藤刑事。私も今帰って来たところです。」
リビングから出てきたぐち逸がそう言いながら手を広げてくる。黄色い仮面を外していつものように遠慮なく抱きつき、髪の毛に頬ずりをした。
「毎度言ってますが痛いです、力強いんですよ伊藤刑事は…」
「ごめん、だって外で会ってもずっと我慢しなくちゃなんないんだもん。それよりぐちーつ、ここ家だよ?伊藤刑事じゃないでしょ?」
「ああごめんなさい、ぺいんさん。今日は外で会う事が多かったのでつい。 」
「今日もお互い忙しかったもんね。早くご飯食べよ、お腹空いちゃった。」
警察と個人医という立場上この関係がバレてしまうと色々とまずい。家の中が2人にとって唯一の憩いの場になった。食事を済ませてからソファに並んで座り1日の出来事を話し合っているとぺいんがウトウトし始める。
「…んぅ…ねむ…」
「寝る前にお風呂入ってください、ほら起きて。」
「後で入るも〜ん、もうちょっとこのまま…」
「ダメです、この前そう言って結局寝たじゃないですか。はい立ってください。」
「めんどくさい〜ぐちーつ一緒に入ってくれる?」
「寝ぼけた事言ってないで行きますよ、ほら。」
肩を担いでバスルームまで連れて行き押し込んだ。ぺいんが半分寝ながら風呂を済ませて出てくるとぐち逸は医学書を読んでいた。
「お待たせ上がったよ〜。」
「じゃあ私も入ってきます。先に寝ててくださいね、おやすみなさい。」
ぐち逸も寝る支度を済ませベッドに入り小さくおやすみなさい、と声をかけてから目を閉じる。
事件対応の夢を見ていたがもう少しで犯人を捕まえられる、という所でハッと目が覚めた。あーあ…と思いながらぐち逸のほうを見ると反対を向いて荒く呼吸をしながら小さく震えている。
「ぐちーつ…?」
「っ!…起こしてしまいましたか、すみません。」
声をかけるとビクッと大袈裟なほど身体が跳ねた。掠れて消え入りそうな声で返事をする。
「ううん、夢見てたんだけど良い所で起きちゃった。大丈夫?」
「…大丈夫、です…ぁ…」
「落ち着いて、ゆっくり呼吸できる?」
後ろからそっと抱き締め優しく頭を撫でる。ぺいんの温もりが伝わってくると時間をかけて少しずつ心が溶かされていく。
「ぺいんさ…いつも、ごめんなさい…」
「気にしないで良いよ。また記憶の事考えちゃった?」
自分の本当の名前は何なのか、本当は何者なのか。記憶なんて戻らなくても良いなんて言っているがそれは本心なのかそうじゃないのか。1人だった時もぺいんと住んでからも寝ようとすると度々、考えたくなくても勝手に脳内を支配される。その度に自分の何もかもが分からなくなって暗闇に落とされるような感覚がぐち逸を襲う。
「…なんで、もう良いのに…嫌なのに…」
「ごめんね、何にもできなくて。その苦しみをせめて半分こできたら良いのに。」
「そんな事ない、ぺいんさんがいるだけで救われてます。1人の時はこうなると一睡もできなかった。」
「…ぐち逸さ、もしかして俺が気付いてないだけでもっと頻繁に辛い思いしてる?」
「……いえ、いつもぺいんさんが気付いてくれます。」
「…そっか、良かった。落ち着いてきた?こっち向いてほしいな。」
優しいとも残酷とも取れる嘘をぺいんは察したが、いつか全てを素直に話してくれる事を願いながら微笑みかける。嘘ごとぐち逸を全部包み込み、まだ震えている身体を擦りながら強く抱き締めた。
コメント
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新しいのだ!!!! 本当に素晴らしいです!!!