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年に一度のお祭りシーズンが終わりを迎え、季節は秋から冬へと向かうようになると、夜はやはり冷え込みが強くなる為、ウーヴェも暖炉に薪をくべて暖を取るようになっていた。
今夜も寒さが強くて暖炉に薪をくべていると、小さな声で流していたテレビから賑やかな声が聞こえてくる。
その声に釣られて画面を見ると、ゴーストや骸骨の着ぐるみで仮装した男女が歓声を上げていて、今夜がハロウィンだということを教えてくれていた。
ハロウィンだから何かをする訳ではないが、恋人は実家が教会の児童福祉施設の為、ハロウィンの翌日の万聖節が祝日になるのが嬉しかったと言っていたが、最近ではその児童福祉施設でもイベントとしてのハロウィンを楽しむようにもなっているとも言っていたことを思い出す。
そのどちらも祝うことも楽しむこともないウーヴェにはあまり関係のないことだったが、街の彼方此方にオレンジ色のカボチャなどがディスプレイされているのを見ると少しずつ感化されていっているのか、恋人がどこから持って来たのかは分からない掌サイズのカボチャで作ったジャック・オー・ランタンが暖炉の上、大切な木箱の横に飾られるようになっていた。
そのカボチャを振り返って苦笑したウーヴェは、廊下の先で物音が聞こえた後、ご機嫌の証である鼻歌が聞こえてきた為、暖炉に薪をくべる手を止めて立ち上がる。
「ハロ、オーヴェ」
「ああ、お疲れ様」
外と中の気温の違いを頬の色を赤くすることで表したリオンが帰ってきた事を伝えながらウーヴェの頬にキスをし、労いのキスを受け取って一つ溜息を吐いてウーヴェの存在を確かめるように緩くハグする。
それは今日も一日仕事で精一杯働き、無事に愛するウーヴェの元に戻ってこれた満足を表すもので、いつの頃からかリオンが行うようになっていたが、ウーヴェもリオンの腕を一つ叩いて受け止め、一日の疲れを互いに労いあう。
「メシは?」
「用意してあるから食べようか」
「うん。すげー寒いからさ、何か暖かいものを食いたい」
「分かった。すぐに用意をするから着替えて来い」
「うん」
身体に回されている腕を一つ撫でて着替えを促したウーヴェに素直に従って頷いたリオンは、腹が減ったことを示す自作の鼻歌を歌いながらリビングから出て行くのだった。
リオンの望む通りの温かい食事を終えて食後のコーヒーの用意をしていたウーヴェは、リビングのカウチソファでテディベアの足を枕に寝転がるリオンを発見し、苦笑しつつコーヒーテーブルにトレイを置く。
「あれ?このクッキーどうしたんだ?」
「ああ。今日はハロウィンだろう?リアが焼いたそうだ」
「へー。リアはハロウィンを祝うんだ」
トレイにはかぼちゃで作ったランタン-ジャック・オー・ランタンの形をしたクッキーや可愛らしくデフォルメされたゴーストやドクロを象ったクッキーなどがあり、二人で食べて欲しいと言われたことを告げ、リオンの足を押し退けながら空いたスペースに腰を下ろすと、すかさず起き上がったリオンがウーヴェの腰に腕を回して肩に顎を載せてくる。
「食べないのか?」
「食うけど、結構ハロウィンでパーティや仮装をする人たちって増えてきたよなぁ」
「そうだな……。ホームではしてこなかったんだったな?」
リオンが育ったのは教会に併設する児童福祉施設だった為、教会関係の行事――クリスマスアドヴェントなどは手間も暇も掛けて祝うが、そもそもカトリックとはあまり関係のないハロウィンを祝うことはなかった。
その代わり、ハロウィンの翌日である万聖節は祝日になるため、教会ではマザー・カタリーナらがすべての聖人を祝うミサの準備に追われたりしていたと肩を竦めて答えると、今年は無理だがなるべく早く二人でホームに顔を出そうと小さく呟き、ウーヴェがそれに答える代わりにくすんだ金髪をそっと撫でる。
万聖節とその翌日はすべての聖人や亡くなった人たちを偲ぶ日であり、教会と深い関わりを持つ施設で育ったリオンにしてみれば、アメリカから近年輸入されたようなハロウィンなどはやはり縁がなく、月が変わった半ばにある提灯を掲げて子ども達がパレードをする聖マーティンの日の方が馴染みがあった。
そのどちらにもあまり縁のないウーヴェにしてみれば、リオンがパーティをして盛り上がりたいというのであれば付き合うし、墓参りに行きたいと言うのであればそちらに付き合うつもりではいた。
だからリアが用意してくれたクッキーもいつも作ってくれるお菓子の一種としか考えていなかったが、リオンと付き合いだした頃、どちらもまだまだ互いの家庭の事情や環境の話をしなかったためにハロウィンパーティをしたことを思い出す。
「付き合いだしてすぐにハロウィンパーティをしたことがあったな」
「へ? ああ、そう言えばやったっけ……」
確か愉快な仲間達がパーティをすると言った為、非番の仲間達がパーティの準備を整えてくれたのだ。
その時の様子を思い出すとつい笑みが零れ、肩を揺らして笑うウーヴェにリオンが不満の籠もった荒い鼻息を吐いて笑うなと口を尖らせる。
「あの時はマジですげー緊張したんだからな!」
「はいはい。でもリーオ、どうしてあんなに緊張したんだ?」
あの夜、ハロウィンパーティで吸血鬼の仮装をさせられたウーヴェに、黒地に白で骸骨を描いた仮装をしたリオンが珍しくしどろもどろになっていた光景が思い出され、つい笑みを深くしてしまうと肩の上から地を這うような声がウーヴェの名を呼ぶ。
「オーヴェぇ!?」
「……悪かった」
何もお前の純真さを笑うつもりはないんだと咳払いをしつつ言い訳をしたウーヴェは、顔を振り向けて間近に見える拗ねた青い瞳に目を細め、腹の上で重なる手に手を重ねる。
「あの時さ、もしも名前を呼んでなかったらどうなってたかな」
「どう、とは?」
「んー……なんかさ、あの時名前を呼んだから初めての誕生日パーティもここで出来た気がするんだよな」
ハロウィンの夜、リオンが生涯初とも言える種類の勇気を振り絞った結果が今に繋がっているのではないかと呟くと、ウーヴェも僅かに目を伏せてその思いを肯定する。
「そうだな……お前が頑張ったから、だな」
「……頑張った俺をもっと褒めて、オーヴェ!」
「調子に乗るな」
「うぅ……」
振り返ればまだ僅かな月日しか経過していないのに、実際に経過した日数の何倍もの時間を過ごしてきている錯覚に囚われそうなほど密度の濃い時間を過ごしてきたが、その夜をほぼ同時に思い出し、どちらからともなくくすくすと笑ってしまうのだった。
その日、付き合いだしてまだ日が浅い恋人-と呼ぶにはまだまだ気恥ずかしさを感じる相手-と待ち合わせをしたのは、彼があまり足を踏み入れることのない地区に最も近い駅だった。
その駅自体は何度も利用するが、いわゆるスラムと称される地区へは当然ながら彼が出かけることはなかった。
だが最近付き合いだした恋人はその地区にある小さな教会の児童福祉施設で育ったらしく、そこで暮らしている子供達の世話を一手に引き受けているマザー・カタリーナと呼ばれるシスターが母親代わりだったと、少しだけバツの悪そうな顔で自身の出自を明かされたことを思い出し、気にする必要はないのにと苦笑する。
今日はハロウィンパーティをこの地区にある知人が所有するビルの一室で行う為、出来れば仮装してきて欲しいと言われていたのだが、彼自身はハロウィンパーティなど経験したことはなく、また職業柄仕方のないものを除いてはパーティの類には一切顔を出さない為にどんな仮装をすればいいのかも分からなかった。
そこでクリニックで事務を引き受けてくれている有能な助手に控え目に問い掛けると、吸血鬼が良いと言われ、その言葉を参考にいわゆる吸血鬼を連想させる衣装を着込んできたのだ。
待ち合わせているのが駅前だからか行き交う人たちがちらちらと彼を見ていく気がし、気恥ずかしさに早く待ち合わせ相手が来ないかと視線を彷徨わせた彼は、遠くから手を挙げて近寄ってくる黒地に白の骸骨が描かれたツナギを着た男に気付いて絶句する。
「お待たせー! ごめん、遅れた!」
「いや……その格好で来たのか?」
「へ? ああ、だって今日はハロウィンだし、あっちにフランケンシュタインがいたし」
別に自分の仮装ぐらいどうと言うことはないと笑ってくすんだ金髪をかきあげた男に苦笑し、早く行こうと促すと青い瞳に少しの不満と少しの躊躇いが浮かび上がるが、結果としてはそのどちらも口から出ることはなく、くすんだ金髪が上下して肩を並べて歩き出す。
「もう準備は出来てたから後は俺たちが行くだけ、かな」
「そうか……しかし、こんな仮装で良いのか……?」
己の身形を思い浮かべて顔を上下させたのは、白とも銀ともつかな髪に細いフレームの眼鏡を掛けたウーヴェで、盛装をした吸血鬼を彷彿とさせる仮装はフォーマルを着慣れている彼には似合っていて、駆け寄ったリオンが思わず見惚れてしまう程だったが、本当にこの仮装で良いのかとリオンを見れば、他の誰よりも似合っているからドクはそれで良いと生真面目な顔で頷かれる。
付き合いだしてまだ日が浅いがウーヴェはリオンのことを名前で呼んだりきみと呼んでいたが、逆にリオンはと言えば付き合ってくれと告白した時以外はウーヴェのことをドクと呼んでいたのだ。
何故名前を呼ばないんだとウーヴェが素朴な疑問から問い掛けたことがあったが、その時は何やらごにょごにょと口の中で言い訳をした後、とにかくドクはドクだからと理由の通じるような通じない言葉を吐き捨て、それ以降その話になるとドクはドクだとしか答えなかった。
恋人を名前で呼ばずに職業名で呼ぶことの不自然さを訴えたかったが何故かそれ以上問い質してはいけないような空気が漂っていて、結局ウーヴェもそれ以上は深く追求することが出来ずに今に至っているのだ。
「ドクはそれで良いんだって」
「……きみが言うのならそれで良いんだろうな」
「そうそう」
二人で他愛もない話をしながら会場のあるビルへと向かい、ドアを開けると同時にフランケンシュタインが出迎えてくれる。
「コニー、フランケンシュタインが似合ってるぜ」
「いらっしゃい、ドク」
リオンの仕事仲間で刑事達の良心だと言われる男がこめかみ辺りからボルトを突き出させたフランケンシュタインの仮装で笑みを浮かべた為、ウーヴェも苦笑しつつ頷いて彼と握手をする。
「みんな、お待たせー」
ドクを連れてきたぞとリオンが一声吼えると、室内で上がっていた声が一瞬止まるが、再度賑やかな声が溢れ出す。
そして、ウーヴェ自身初めての経験となるハロウィンパーティが始まり、様々なモンスターやハロウィンにちなんだ仮装をした人たちと大いに盛り上がるのだった。
モンスター達が寝床に帰るのを見送り自分たちも家に帰ろうと笑ったウーヴェだったが、リオンの表情が何かを言いたげである事に気付いて恋人の顔を見つめて口を開く。
「どうした?」
「へ?」
「何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
ウーヴェの洞察力の良さに舌を巻きそうだったリオンだが、ひょいと肩を竦めて今日のパーティは楽しんだかと問いかけてきた為、初めて参加したが楽しかったとウーヴェが頷くと心底安堵した顔でリオンが溜息を吐く。
「良かった」
「ああ。誘ってくれてありがとう、リオン」
「……っ……う、ん、ドクが楽しんでくれたのなら、俺も嬉しい」
パーティの最中もビールで頬を少しだけ赤くしながらウーヴェに笑いかけ、本当に嬉しそうに楽しそうに笑っていたリオンだったが、笑ってウーヴェに呼びかける度に白皙の顔に微妙な色合いが浮かんでいたことに気付かなかった。
だから今もリオンとしてはごく普通に話をしているのに、何故かウーヴェの表情が険しくなったことに気付いて目を丸くし、どうしたんだと恐る恐る問いかける。
「ドク……?」
「……リオン、今日はもう帰るのか?」
「へ? ああ、いや、まだ平気だけど?」
まだというかドクと一緒ならば夜通し踊っても平気だと頭に手を宛がったリオンは、顎に手を宛がわれて軽く持ち上げられたことに気付いて目を丸くし、己の恋人が何をしようとしているのかを待ち構える。
「じゃあこれからきみの家に行っても良いか?」
「へ!? 良いけど、古くてぼろくてすげー散らかってるぜ」
「構わない」
きみの部屋に行こうと笑ったウーヴェにリオンも何やら察していたようだったが、小さく溜息を吐いて、なら自宅に戻ろうと笑顔で告げて歩き出すのだった。
リオンの自宅は確かに建物自体が古い集合アパートで、コンクリの階段を昇りながら先を行くリオンの背中を見ていたウーヴェは、ここが自分の部屋だと紹介されて招き入れられて室内を見回し瞬きを繰り返す。
室内は一人で暮らすにも狭く感じてしまう程だったが、それよりも何よりも足の踏み場がないほど床に脱ぎ捨てた服や雑誌やサッカーボールが転がっている為、文字通りどこに一歩を踏み出せばいいのかが分からないほどだった。
部屋の散らかり具合に文句を言う気力は今はなく、とにかくここに座ってくれと指し示されたのは古いパイプベッドで、遠慮がちに腰を下ろしたウーヴェにリオンが冷蔵庫からビールを取り出してボトルの口を向ける。
「飲むか、ドク?」
「ああ、いただく。――リオン」
ボトルを受け取り栓を抜いたウーヴェは、一度深呼吸をした後で隣に腰を下ろすリオンの横顔を見つめてそっと名を呼ぶ。
「な、何だ……?」
「なあ、教えてくれないか、リオン」
「う、ん、だから何だ……?」
ウーヴェが何を言わんとするのかが理解出来ずに首を傾げてその口から流れ出す言葉を待っていたリオンは、どうして名前を呼ばないんだと問われてぽかんと口を開け放つ。
「へ!?」
「俺はきみをリオンと呼んでいる。でもきみは……ドクとしか呼ばない。何故だ?」
いつかもこの話題に触れたことがあるが、自分たちは恋人の筈だがきみは恋人を職業名で呼ぶのかと問われ、刑事と付き合っていれば彼女を刑事と呼ぶのかなとも笑われてしまい、さすがにヘタな回答をすれば機嫌を損ねるどころの騒ぎではないことに気付いたリオンがビールのボトルを床に置いて天井を見上げ、次いで足下を見下ろして再度天井を見上げる。
そのいつになく落ち着きのない様から自分の問いが余程彼の痛いところを突いたことに気付き、答えづらい質問をしてしまったことを苦笑すると、そうじゃないと大げさなほど両手を振ってウーヴェのそれを否定し、痛いところを突かれた訳じゃないと慌てた様子で否定する。
「じゃあどうしてなんだ?」
「え、ぃや、その……」
「どうしてだ?」
肩が触れあう距離で顔を見合わせ、どうしてだと短いながらも決して逃れることを許さない口調で問いかけるウーヴェにリオンが視線を彷徨わせるが、何かを決意した人間のように頷いてベッドの上で胡座を掻いてウーヴェに向き直る。
「……今まで意識したこと無かったけど……何か……すげー照れくさかった」
「…………は? 照れくさい?」
「ぅ、ん……何かさ、ドクをその……ウーヴェって……呼ぶのが……」
すごく照れくさかったんだとガリガリと金髪を掻きむしりながら告げるリオンに呆気に取られたウーヴェが、今度は口をぽかんと開け放ってしまう。
「何が照れくさいんだ?」
「や、だってさ、ドクって呼んで返事して貰うだけでも嬉しいのに……ウーヴェって呼んで返事して貰ったら……ちょっと挙動不審になりそうな気がしたから……」
だから付き合いだしてからはウーヴェと呼べなかったと上目遣いに眼鏡の下のターコイズを覗き込むように呟いたリオンは、呆気に取られていたウーヴェの顔にじわじわと感情が浮かび上がると同時に、目尻にぽつんと存在するホクロの周囲が朱を刷いたように赤くなったことに気付いて目を見開く。
「付き合って欲しいと言った時は名前を呼んでいたじゃないか」
「や、あれは、その、勢いで……」
付き合ってくれと告白された夜、俺はやっぱりウーヴェが好きだ、だから付き合ってよウーヴェと言ったのは何だったんだと、ウーヴェが頬を赤くして声を大きくすると、リオンがあわあわと訳の分からない言葉を口の中で転がして大きく手を振る。
「……きみに名前を呼ばれないから付き合ってみたものの別れたいと思っているのかと考えてしまったじゃないか」
リオンが慌てふためく前ではウーヴェも実は密かに慌てていたようで、眼鏡のフレームを指で撫でながらぶつぶつと小声で文句を呟くが、その大半がリオンの耳に流れ込んでいて、今何と言ったと顔を寄せられてしまって己の心の呟きが垂れ流されていたことを知る。
「う、うるさいっ!」
「うるさくても良いからさぁ……。今何て言ったんだよ、ウーヴェ?」
「――!」
なあ、教えてくれと大人の顔で子どものように強請ってきた為に今度はウーヴェが慌てふためいてしまい、ベッドの上ではどこにも逃げる事が出来ず、背後の二重窓に掛かるブラインドに背中をぶつけて音を響かせてしまう。
「なあ、ウーヴェ。教えてくれよ」
「……っ……な、何でもないっ!」
さっきとは立場が逆転したように顔を寄せて先を強請るリオンから逃れるように顔を背けたウーヴェは、リオンの口調が微妙に変化をしていることに気付いて目元を和らげる。
人とのコミュニケーションを取る際、丁寧に語りかけるかざっくばらんに語りかけるかはその当人同士の了解の元行われることだったが、恋人達が丁寧に話すなど聞いた事はなく、またリオンがドクと呼ぶ度に自分の名前を呼ばれない寂しさと不安が密かにウーヴェには芽生えていたのだが、今夜思い切って事情を聞き出して良かったと胸を撫で下ろす。
「……ウーヴェ」
「……何だ」
そっとそっと何かを確かめるように名前を呼ばれることなど滅多になかったウーヴェは、聞き慣れた己の名前がまるで初めて聞く響きを持っているかのような新鮮さを感じ、小さく呼気を吐き出した後で口調は少しぶっきらぼうでも、眼鏡の下の瞳には綺麗な笑みを浮かべてリオンを見つめると、見られた蒼い瞳にも笑みが浮かび、それが顔中にじわじわと広がっていく。
そのスローモーションで広がる笑みがあまりにもリオンに相応しいものだった為、頬に手を宛がいながら吐息で名前を呼ぶ。
「リオン」
「……う、ん……ごめんな、ウーヴェ」
気恥ずかしいとか照れくさいとか訳の分からないことでウーヴェに不安を与えていたことを反省して許してくれと告げたリオンは、その返事の代わり唇にそっと触れるだけのキスをされて軽く驚くが、もう一度キスをして欲しいことを伝えるように目を閉じる。
「ウーヴェ。やっぱり俺はウーヴェが好きだ」
「…………ああ」
もう一度重なった唇がゆっくりと離れると二人の間に満足の吐息がこぼれ落ちるが、それを追いかけるようにリオンが照れくささを押し隠しながらウーヴェに告白をする。
それを受けた方も羞恥を最高潮に感じていたが、短く返事をしてその思いをしっかりと受け止め、これからは自分も名前を呼ぶからちゃんと呼んでくれと囁き、いくつかのピアスが填っている耳にキスをしてくすんだ金髪を抱き寄せるとそのまま腰を抱かれてベッドに押し倒される。
見上げる蒼い瞳に浮かぶ色にどきりと鼓動を跳ね上げるが、額を重ね合わせられて触れる温もりとくすぐったさに肩を竦めると、リオンの口からも楽しげな吐息がこぼれ落ちる。
「リオン」
「うん……ウーヴェ、ウーヴェ」
「……二人きりの時には……ドクと呼ばないでくれ、リオン」
愉快な仲間達がいる時や誰かがいる時はガマン出来るがこうして二人でいる時にまでドクと呼ばれるとどうして良いか分からないほど哀しくなるから名前を呼んでくれと告げてもう一度謝罪を受けたウーヴェは、何度も何度も吐息だけや吐息混じりの声で名前を呼ばれてその度に返事をしていたが、呼び疲れたらしいリオンがウーヴェの顔の傍に頭を下げた為、もう一度くすんだ金髪に手を回して柔らかな髪の質感を堪能する。
そしてリオンが頭を擡げてウーヴェを真正面から見つめると、今度はウーヴェが望んでいる事を察して目を閉じ、微かに震える唇が重なった後で広い背中に腕を回して抱きしめるのだった。
パチパチと暖炉で薪が爆ぜる音が響き、あの夜と同じようにウーヴェをカウチソファに押し倒し、その身体に覆い被さるように寝そべっていたリオンは、ウーヴェの手がゆっくりとまるで傷を労るように髪を撫で続けてくれていることに気付いてお礼の代わりにウーヴェの耳朶にキスをする。
そうしてキスの後にあの夜勇気を出して呼ぶ事が出来た名前を囁きかけると、己の身体の下でウーヴェの痩躯が微かに震える。
「……ウーヴェ」
「……ああ。どうした、リオン」
「うん……なあ、ドク」
ウーヴェの問いかけに少しのイタズラっ気を混ぜてドクと呼ぶと、さっきまで際限なく己を甘やかしてくれるような手が一気に拒絶する冷たさを帯びた為、前言撤回を慌てながら告げてターコイズを見下ろすと、優しさと強さが入り交じった光を湛えた綺麗な瞳に睨まれる。
「何か言ったかね、リオン・フーベルト?」
「ナンデモアリマセン」
じろりと睨まれて肩を竦め、ごめんオーヴェと情けない顔で謝ると溜息が吹きかけられるが、頭から肩と肩胛骨辺りに移動していた手は優しくその場に留まっていて、あの夜本当に勇気を出した為、今こうして一緒にいられるのだと改めて気付いたリオンは、ウーヴェの頬に己の頬を擦り寄せるように顔を寄せ、初めてウーヴェの名を呼び続けた時のようにその名を呼ぶ。
「オーヴェ、オーヴェ……ウーヴェ」
「……リーオ……俺はここにいる」
耳に囁かれる声に潜む悲哀に気付いてウーヴェが優しくとも強い声でリオンを呼び、寝返りを打ってリオンを見下ろすと、絶対の信頼感を瞳に浮かべて見上げるリオンがいて、その信頼に応えられる人であり続けたいとウーヴェが胸で呟きながらリオンの薄く開いた唇にキスをする。
「リーオ」
「……うん」
ウーヴェの言葉や表情から強さを感じ取って自らのものにしようと目を閉じたリオンは、再度寝返りを打ってウーヴェを見下ろすと、ハロウィンパーティはしないが明日の午後ホームに顔を出すことを教えられてグッと唇を噛み締めるがそれも一瞬だけで、恋人の心遣いが本当に嬉しいと目を細める。
「ダンケ、オーヴェ。……愛してる」
「ああ」
付き合いだしてから感情を互いに見せ合って絆を確かめるような出来事を経験してきたが、それでも手を離さずに背中を抱きあえる互いの存在が本当に大切であることを改めて確かめ、その思いを言葉に乗せて閉じ込めるようにキスをする。
「ハロウィンだからさ、お菓子をくれなきゃイタズラするぞーって言った方が良いか?」
「……お菓子を渡さなくてもイタズラをするんだろう?」
「あ、分かった?」
「当たり前だ」
身体を起こしてカウチソファに二人で並んで腰を下ろし、コーヒーテーブルに置いたままのジャック・オー・ランタンのクッキーを手に取ると、ウーヴェの手にあるものにリオンが齧り付く。
「……やっぱりリアはお菓子作りが上手だよなぁ」
「美味しいか?」
「うん、すげー美味い。カボチャの味もしっかりするし、甘すぎないし」
クッキーを咀嚼しつつその味を誉めたリオンは、ウーヴェの手に残った半分にも齧り付いて総てを平らげると、食べられたのに何故か満足そうにコーヒーを飲んでいるウーヴェの頬にキスをし、美味しいクッキーを食べさせてくれてありがとうと告げて暖炉の上のジャック・オー・ランタンへと顔を向ける。
ハロウィンは特に盛り上がることもないが、こうしてクッキーやジャック・オー・ランタンでその雰囲気を味わえるだけでも満足だと笑ってウーヴェに同意を貰ったリオンは、残っていたクッキーを食べ、テレビの中でハロウィンの仮装で盛り上がっている人達の映像に肩を竦めるのだった。
あの夜にどちらも勇気を出して互いの心をさらけ出して互いの名前を呼び合った結果、こうして二人で肩を並べてともにいられる幸福に感謝をする夜が更けていくのだった。