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無機質な照明ではなく、いわゆる温かい照明と呼ばれる明かりの下で雑誌を読んでいたウーヴェは、己の腿の上から聞こえる微かな寝息に気付き、雑誌と身体の隙間から音の発生源を見下ろす。
音の発生源は当然と言えば当然のリオンだったが、腹の上で手を重ね、立てた膝に足を重ねるように組んでカウチソファで寝そべっているが、その頭はウーヴェの足の上に遠慮することなく載せられていた。
二人がいるのはリビングなのだが、夜はまだ冷え込むことが多い為に暖炉には薪がくべられて時折思い出した様に炎が爆ぜていた。
その音と雑誌を捲る音に紛れ込む寝息は穏やかなもので、読むことを諦めたウーヴェが雑誌を閉じて腿の上で眠るリオンの顔を見下ろし、呆れた様な吐息を零すが次いで堪えきれないと言うように微かに肩を揺らし、拳を作って口元を覆い隠す。
今日も一日頑張って働いたと胸を張るリオンをいつものように労い、食事でも労ったウーヴェだが、食後のデザートを平らげたリオンがリビングに移動すると同時に膝枕をしてくれと宣った。
膝枕をすれば後で足が痺れてしまって立てなくなるから断固拒否するとウーヴェが目を細めるが、寝言は寝てから言えと言い放たれて絶句している間にソファに座らされたかと思うと、あっという間にリオンが寝転がってウーヴェの足に頭を乗せてにやりと笑ったのだ。
誰が寝言を言ってるんだとさすがに不機嫌さを前面に押し出した顔でリオンを睨み付けたウーヴェだが、お前と断言されてもう一度絶句してしまい、こうなれば何を言っても無駄だと気付いている為に溜息一つで諦め、ソファに置きっぱなしにしていた雑誌を開いたのだ。
それから30分足らずの間にすっかりと寝入ってしまったリオンに相変わらず寝付きが良いと感心するが、それほどまで疲れているのだろうかとも不安になり、額に流れる前髪を軽く掻き上げてやり、姿を見せたそこを指の腹で撫でてやれば微かに瞼が震え、眠気に茫洋とした蒼い瞳が姿を見せる。
「……起こしてしまったか?」
「……んー……ん? オーヴェ……?」
苦笑しつつ己の行為を詫びたウーヴェにリオンが眠気に沈んだ声で呼びかけた為にどうしたとウーヴェが首を傾げるが、眠そうに瞬きを繰り返したかと思うと軽い掛け声を発して反動を付けて起き上がり、勢いよく振り返って満面の笑みを浮かべる。
「うん、寝心地、最高だった」
ダンケ、オーヴェと子供顔負けの笑顔で言われ、実は密かに望んでいる笑顔を至近距離で見られた事に息を飲んだウーヴェだが、その様を見せる事など当然出来る筈もなく、足が痺れたと意地悪くリオンを睨めば手を取られてそのまま口を寄せられる。
「それはそれは申し訳ございません、陛下。どうぞお許し下さい」
「考えておこうか」
「まーた意地の悪いことを言う」
リオンの言葉を掌で受け止めていたウーヴェがしかつめらしい顔で言い放ち、リオンが上目遣いで意地悪陛下と舌を出した為、意地悪というのなら許してやらないと顎を上げて尊大な顔を見せるとさすがにリオンが目を瞬かせて驚愕の色を滲ませる。
「陛下の意地悪っ」
「暴君に言われたくないっ」
ソファで向かい合って腰を下ろして意地悪だの暴君だのと言い合っていると、合いの手を入れるように暖炉の炎が一際大きく爆ぜ、その音に一方は明らかに驚いた為に飛び上がり、もう一方は辛うじてそれを堪えた証に肩を揺らす。
二人同時に暖炉を見つめ、バカなことばかり言うから怒られたと片目を閉じたリオンについウーヴェが吹き出してしまい、拳を口元に宛がって肩を揺らす。
「あ、やっと笑った」
どんな顔のお前も好きだがやはり笑ってるオーヴェが一番好き、と、全く他意のない声と顔で告白されてしまい、瞬時に覚えた羞恥から眼鏡の下でターコイズを左右に揺らすと、お前はどうだと小首を傾げて問われてしまう。
もちろん怒っている顔や沈み込んだ顔よりも笑顔の方が好きに決まっていて、今ここで素直にそれを教えるのも何だか癪に障ってしまうが、暖炉の炎が再び音高く爆ぜる事で素直になれと言われているように感じ、背後で大人しく座っているテディベアをリオンと己の間に引っ張り込んでその背中に額を預ける。
「オーヴェ?」
何をレオナルドに張り付いてるんだよと訝る恋人に溜息を零し、そっと巨体の陰から目元だけを覗かせると、意味が分からないと眉を寄せるリオンがいて、こみ上げてくる何かを何とか押し殺してしかつめらしい貌を作ってみるが、首を傾げて眉を寄せるその顔には笑みを堪えることが出来なくなってしまう。
「……もちろん、好きだぞ?」
「あー、何か信じられねぇっ! 今の絶対本心じゃねぇだろ、オーヴェ!?」
くすくすと笑み混じりのそれにリオンが盛大にがなり立て、ああうるさいと耳を押さえてウーヴェが呟けば、うるさいって何だよと更に声を大きくしてしまう。
「レオナルド、邪魔だっ!!」
「!!」
吼えるリオンが怒りの矛先をテディベアに向けたようで、ウーヴェが驚きに目を瞠る前でリオンと同じ髪の色のテディベアが宙に浮いたかと思うと、そのままぽいっと背後に投げ捨てられてしまうが、運が良い事にカウチ部分に座り込んでしまう。
「可哀想だろう?」
「うるさいって言われてる俺の方が可哀想だ!」
だからレオの心配なんかしなくてもいいと胸を張るリオンに呆気に取られて何も言えなくなるが、その顔が余りにも自信満々だった為、再び小さく吹き出して肩を揺らしてしまう。
「なぁにを笑ってるんだよ、オーヴェ?」
「うん? ――リーオ」
声に混じる若干の不機嫌さに気付いて目を細めて名を呼べば、機嫌を直そうかどうしようか思案している気配が滲み出すが、感情の振り子が左右に揺れた事を示すように青い虹彩が大きく左右に動いた後、心裡を余すことなく伝えようとするのか、真正面でぴたりと動きを止めて破顔一笑。
「うん」
その短い一言に対してお前が好きだという思いに嘘偽りは無いと目を伏せ、不満を現すように握られていた拳に手を重ねれば、もう一方の手で挟み込まれてしまう。
「捕まえた」
「こらっ」
悪戯っ子の一言の後、包まれた手の甲に濡れた感触が伝わり、くすぐったさに目を細めつつも羞恥から窘める言葉を告げれば、片目を閉じたリオンが恭しい手付きで捧げ持つともう一度ウーヴェにはっきりと見えるように手の甲に口付ける。
「膝枕、気持ちよかった。またやって欲しいな」
いつもならば気が向けばやってやると心とは裏腹な言葉を告げるだろうが、まるで貴人に接しているような手の甲へのキスがくすぐったくて、そのくすぐったさに負けたんだと言い訳をしつつ短く返事をすれば、素直なそれが意外だったらしく、ウーヴェの手を両手で持ったままリオンがぽかんと口を開けて見つめ、その視線が羞恥を彷彿とさせ、照れ隠しに青い眼を睨み付ける。
「……何だっ!」
「へ? や、オーヴェがそんな素直になるなんてなぁ……」
驚きと感激が入り混じって不可思議な-と言うよりははっきり言っておかしな顔になったリオンに我慢できずに吹き出したウーヴェは、みるみるうちに表情が変化する事に気付くと掌を立てて済まないと涙目で謝ってみる。
「この野郎っ!」
「……っ!!」
一声吼えたリオンがウーヴェをソファへと押し倒し獰猛な獣の顔でウーヴェの細い腰に跨り、覚悟は出来ているかと目を細めたため、何の覚悟だとリオンと似通った光を双眸に湛えて恋人を見上げれば、問答無用で眼鏡を奪われて目を瞠る。
「お仕置きの時間にしようか?」
「――冗談じゃない」
眼鏡を返せと目を細めてみても全く堪えた様子はなく、逆に嬉々とした表情で眼鏡をテーブルに投げ捨てたかと思うと、驚きに瞠られている目尻とほくろの間に口を寄せる。
「こらっ!」
「はいはい」
「はいはい、じゃない!」
リオンの足の下で身動ごうと悪戦苦闘し始めたウーヴェの足に柔らかな何かが触れ、それが何であるかを思い出して爪先を振り上げてみる。
「何してんだ、オーヴェ?」
「重いから降りろっ!」
「んー、い・や?」
そんな悪戯半分真剣半分の声にウーヴェが目を細め、再度爪先で感触を確認すると、身動きがあまり取れない不自由な中で可能な限り足を振り上げ、己の爪先に引っかかっている柔らかなものを蹴り上げる。
その柔らかなものの正体をウーヴェは見ずとも理解しており、どうか悪ふざけが過ぎる恋人を痛い目に遭わせてくれと密かに願いつつもう一度足を上げると、ふわりとそれが浮き上がる感触が伝わってくる。
その直後、己の腰に跨がって自信満々な笑みを浮かべて見下ろしてくるリオンの顔が驚愕に歪み、次いで身体が前方へと傾ぎながら悲鳴が上がる。
「ぐぇっ!!」
リオンが悲鳴を上げる隙を突いて身体を抜いたウーヴェは、一人掛けのソファへと素早く移動し、後頭部を押さえて蹲るリオンの次の言葉をじっと待つが、聞こえてきたのは地を這うような唸り声と、今から誰かを呪い殺すのかと言いたくなるような不吉極まりない笑い声だった。
「……そぉんなにお仕置きされたいんだな、オーヴェ?」
そういうことならばご期待に応えようと凄まれ、ソファの背もたれに片腕を引っかけて仰け反るが、その前にお仕置きをする相手がいると獰猛な笑みを浮かべたかと思うと、後ろ手で柔らかな毛並みを鷲掴みにし、頭突きを食らわせてきた犯人を自分とウーヴェの間に引きずり出す。
「クマの分際で良い度胸だ! これからはライバル決定だな!!」
現役のクリポにケンカを売れば侮辱罪でお泊まり保育決定だぞと凄み、あろう事か異様な大きさを誇るテディベアのレオナルドに対してレスリングの技をかけ始めたリオンに呆気に取られたウーヴェだったが、ドタバタとソファの上で暴れ倒した結果、レオナルドごとソファからリオンが転がり落ちると、今度はレオナルドの巨体がリオンの背中に転がり落ちて座り込んでしまう。
「んぎゃ!」
「……バカたれ」
テディベアにケンカを売って負かされるなど信じられないと呆れた様に溜息を零して額を押さえたウーヴェの言葉にリオンが口を尖らせて頬杖をつき、どうせ俺はバカですよーだとまるっきり拗ねた子供の顔で告げてそっぽを向いた為、苦笑一つ零してリオンの傍に胡座を掻いて座り込んでくすんだ金髪をそっと抱え上げて先程の望み通り腿に優しく下ろして髪を撫で付ける。
「レオナルドはライバルなのか?」
「んー、さっきまではライバルだったけど、今は仲良しのお友達だな」
「何だそれは」
「だってさ、もしもオーヴェに何かあればこいつが助けてくれるだろ? だからライバルでもあるし友達でもある」
くすくすと笑いながら問いかけるウーヴェにリオンが片目を閉じて仰向けに寝返りを打てば、額に濡れた感触が芽生えて顔をくしゃくしゃにしつつ見下ろしてくる顔の左右に流れる白い髪に手を差し入れて引き寄せる。
「――ん……」
「……さすがにレオにこれは出来ないもんなぁ」
唇を重ねて手始めに心の餓えを満たすようなキスへと変化させ、続きを予想させるそれへと変貌させた二人はどちらからともなく離れると小さく吹き出し、リオンの身体の傍で鎮座しているレオナルドは自発的にキスもハグも出来ないからなぁと呟くが、二人がほぼ同時に手を伸ばしてレオナルドを引き寄せる。
「ライバルでもあるし、でも大切な友人でもあるよなあ」
「レオナルドはどう思っているんだろうな」
「えー、友達だって思ってるって」
「お前は友達を投げ飛ばすのか?」
「ん? 時と場合によるかな。でもさっきは友達ってよりもライバルだったから!」
ウーヴェの問いにリオンが戯けたように答えながら寝心地は悪いが頭の下だけは最高に心地よかった床から起き上がってレオナルドの肩に腕を回して抱き寄せれば、まるで嫌がるようにレオナルドの巨体がウーヴェへと寄りかかろうとする。
「あ! 何をオーヴェにもたれ掛かろうとしてんだよっ!!」
縫いぐるみ相手に本気で憤慨する恋人がおかしいやら呆れるやらでただ深く溜息を零したウーヴェは、レオナルドの片腕を肩に回し、驚くリオンの腕を掴んで反対側の肩に回させると、意図を察したリオンが嬉しそうに目を細めて顔を首筋に埋めるように寄せてくる。
「お前が間にいればライバルだけど、いなけりゃ友達だな。な、レオ」
恋人を間に置けば異種族間のライバルにもなるし友人にもなれる不思議なテディベアに不敵な笑みを見せつけたリオンは、顔の傍で聞こえてきた呆れた様な溜息に片目を閉じる。
「確か前にキリギリスと友人になったと言っていたな」
「あれ? そんな事あったっけ?」
覚えていないなぁとすっとぼける恋人を横目で睨み、ハリーとグレッグという毛皮を持つ友人もいた筈だったなと目を細めれば、彼方此方に友人がいて大変なんだとからりと笑われて絶句してしまうが、リオンが立ち上がってウーヴェに手を差し出した為、胡散臭そうに見つめつつもその手に手を重ねれば、信じられないような強さで腕を引かれて立ち上がると同時にリオンの胸にもたれ掛かってしまう。
「友人も大切だけどさ、それよりも大切なのはお前だから」
冗談の中にも本気が混ざる声に鼓動が跳ねるのを感じ、不意に覚えた息苦しさに呼気の固まりを吐き出したウーヴェは、付き合いだして様々な事象を乗り越えた今でもやはり真摯な告白には息が止まりそうになってしまう己に気付き、今度は自嘲の吐息を零してしまう。
「そろそろ寝ようぜ、オーヴェ」
「……ああ」
お前の膝枕も最高だけど二人同じベッドで朝を迎えようと笑われて微苦笑混じりに同意をすると、床に置いてけぼりにされていたレオナルドを思い出して少しだけ乱暴な手付きでソファへと引き上げる。
「お休み、レオ」
縫いぐるみも人のように同等に扱うリオンに最早何も言えずただその腰に腕を回して身を寄せたウーヴェは、暖炉の火も熾火程度になっている事を確認すると、もしも可能ならばレオナルドにも伴侶を探してやろうとぼんやりと思案しつつリオンと並んでリビングを出て行くのだった。
その後、ベッドルームでは最小の明るさに絞ったサイドテーブルの明かりが、二人分の熱の籠もった吐息が舞い上がっては絨毯やシーツに吸い込まれていくのを仄かに照らしているが、明かりの消えたリビングのソファでは、まるで何事も無かったかのようにリオンのライバルであり友人でもあるレオナルドが定位置に座り、二人の共通項である同じ色合いの毛並みが窓から入る月明かりに仄かに照らし出されて光っているのだった。