テラーノベル
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暖炉に焚べた木がパチパチと燃えていく音がよく聞こえる。
トオルとふたりきりになってから沈黙が続いた。
きっと、シエルさんは何か用事があって来たんだろう。
厳しい寒さの中、ここまで歩いてきたというのに、私が邪魔をして怒らせてしまった。
そして、トオルのことも傷つけたと思う。
一生懸命に描いた絵を見たくないと否定されたのだから。
私が黙っていたら、嫌な思いをさせることにはならなかった……。
「ごめんなさい……!」
絵を片付けているトオルに向かって深く頭を下げる。
「どうして謝るんですか?」
「さっき、トオルを傷つけてしまったから。
私のせいでシエルさんが怒って、二度とあの絵を見せるなって……」
「大丈夫ですよ」
トオルは落ち着いた声で言ってから、私の肩をとんとんっと優しく触れた。
ゆっくりと顔を上げてみると、優しい眼差しを向けられていた。そして、そっと髪を撫でられる。
「ボクの絵を嫌いだという意味ではないですから」
「そうだといいんだけど……」
「シエルはこの牧場の絵を見て、思うことがあったんでしょう。
冷たそうに見えますけど、実は優しくて真っ直ぐな男なんですよ」
少しは優しいところがあるのかなと思うけど、シエルさんのことをまだ完全に信じることができない。
ダイヤモンドを荒っぽく渡してきたところ、質問にきちんと答えてくれないところ……。
なぜ私の存在をトオルに伝えていたのかも分からないのだから……――
「とにかく気にしないでください。
傷つけられたとか、怒ってるとか思っていませんから」
「トオル……」
「別の件でそう思うことはありましたけどね」
「何があったの?」
「スノーアッシュ王のことです。
滑稽な人でしてね。ボクが最も手を焼いている相手です」
「自国の王様なのに……?」
「事実ですから。
まともじゃないんですよ。今のスノーアッシュ王は……。
民の心身が壊れても長時間働かせたり、徴兵させる。
それだけではなく、何の罪もない民に手を上げることも多々ありました」
「食料もあって、こんなに文明が発達しているから豊かな国だと思っていたよ」
「そうだとよかったんですがね」
なぜなのか、トオルは悲しそうな瞳をしていた。
そして眉を寄せてから目を閉じて、何かを決めたように口を開く。
「かけらさんには話しておいた方がいいですね」
「なっ、なに……?」
「ボクの計画のことです」
「計画……?」
「今の王は……、残念ながらボクの兄なんです。
前の戦いで父が亡くなって、王の座に就いたんですよ。
自分が楽することばかり考えて、他人を思いやらない。
まあ、食事を与えてはくれますが。それも自分のために働いてもらうためです。
そのせいで、ボクたち王族は肩身が狭い思いをしていまして……。
でも何より不幸なのは、スノーアッシュの民です。
このままでは悲しみが増えていくばかり。
だから、兄から王座を奪って、ボクが国を救いたいと考えているんです」
「トオルがスノーアッシュの王様に……」
「厳しい寒さのなかでも皆が笑っていられるような温かい国。
芸術を楽しむことができるほど豊かな場所を築いていきたいですね」
夢中になって取り組み、完成するまでしっかりと向き合い続ける。
絵を描いていたトオルから王の素質を感じていた。
だから、きっと、その願いも叶えることだろう。
「素敵な国……。トオルならできるよ」
「はい。現実になるのはそう遠くないと思います。
実は、既に動いていますので」
王座を奪うことは、大きな争いになるだろう。
覚悟が決まっているかのようにトオルは真っ直ぐな瞳をしている。
兄と戦う悲しみよりも、その先にある明るい未来を見ているように思えた。
「トオルが王様になれるように応援するね」
「ありがとうございます。
かけらさんに応援されたら、絶対に成功させないといけませんね。
でも、その前に、皆が憧れる場所の絵を完成させたいですね」
王座を奪うための計画。
冷静に話していたし、焦りや恐れを感じない。寧ろ、余裕があるように思える。
きっと、頼もしい協力者もいるんだろう。
トオルは絨毯の上に腰を下ろして、暖炉に視線を向けた。
雪景色以外の絵を描くという課題をやり遂げたからか、満足そうな顔をしている。
その笑みを作る手伝いができてよかった。
隣りに座って同じところを見ていると、トオルが肩をくっつけてくる。
「少しだけ休ませてください。
ここまで頑張ったご褒美ということで」
そう言って、今度は私の膝の上に頭を乗せてきた。
男性に膝枕をするのは初めてで、どうしたらいいのか分からなくなる。
脚は閉じたままでいいだろう。
でも、手はどの位置に持っていけばいいのかな……。
ドキドキしながらトオルの髪に触れてみると、口角を少し上げて、目を細めて見つめられた。
「ずっとこうしていれたらいいのに。
なぜボクは、かけらさんを他の王子のところに戻そうだなんて考えたんでしょうね……」
「私を紅の地に戻してくれるんだよね?
レトとセツナのもとに……」
「裏切りたいところですが、約束は守ります。
次の絵が完成したら、ここでの生活は終わりです」
地下で暮らす生活に慣れてきたところでお別れか……。
限られた空間で、ふたりきりで過ごす時間が多かったから少し寂しく思えてきた。
「ボクが用意したドレスをかけらさんに着てもらえて嬉しかったです。……美しいお姫様」
「嬉しいけど、お姫様なんて私には似合わない言葉だよ」
「ぴったりですよ……。
だって、かけらさんは……、すぅ……」
話をしている途中にトオルは眠ってしまった。
きっと、疲れていたんだろう。
膝枕をするのは恥ずかしいけど、起こさないようにそっとしておこう。
眠っているトオルを見守りながら、温かく静かな時間を過ごした。
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