テラーノベル
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猫咲に追われながら、3人は何とかゴール地点の崖下まで到着した。
ここからはそれぞれ自分の力で登って行くしかない。
皇后崎がそう伝えれば、”命令すんな!”と相変わらずの反応を見せる矢颪。
そんな様子に小さくため息をつくと、皇后崎は表情を変えて後ろを振り返る。
「鳴海、お前先に登れ。俺が下から行く。」
「え、でも俺登るの遅いかもよ?」
「んなこと気にすんな。…お前に何かあった時すぐに対応したいっていう…俺のワガママ、だから。」
「じゃあお言葉に甘えて。ありがとね迅ちゃん」
「おぅ。焦んなくていいから、上だけ見てろ。必ず守ってやる。」
「うん!」
安心したように笑顔を見せる鳴海の頭をポンと撫でると、皇后崎は満足そうに口元を緩める。
上から一ノ瀬の援護を受けながら、3人は最後の力を振り絞って登り始めた。
登っている3人に何か仕掛けようにも、少しでも動けばすぐに銃弾が飛んでくる。
そんな状況ではまともな攻撃はできず…
先頭で登っていた鳴海が、10分もかからず頂上に手をかけた。
「鳴海!!」
「四季ちゃん…!ありがとう!」
今か今かと待ち構えていた一ノ瀬が、鳴海の手を握り一気に引き上げる。
寒さで赤く染まった頬に笑みを浮かべた彼を見て、一ノ瀬は思わずその体をギュっと抱き締めた。
「体すっげー冷えてる。平気?」
「ずっと歩いてたからね。でも大丈夫!あんまりくっついてると四季ちゃんまで冷えちゃうよ?」
「鳴海があったまるなら、俺の熱なんて全部奪っていい。」
「カッコつけんのはいいけど風邪ひいたら元も子もないでしょうに」
「……好きな子が寒がってんのに、ほっとける男なんかいねぇから。」
「?」
「(今ので伝わるか?俺の気持ち…お願い、伝わって…!)」
あの墓地での一件以来、自分の想いがどうしたら伝わるかを日々考えている一ノ瀬。
必死に脳内の引き出しを探して、たどり着いたのがさっきの言葉だった。
この状況でも、また冗談で言ってると思われたら…
そんな不安を抱きながら、初めての距離にいる想い人の顔を覗き込む。
だが、悲しいかな。そこには全く意味の分かってない鳴海の姿があった。
「わ〜、温かい」
「! 」
「…四季ちゃんって体温高いね。子ども体温ってやつ〜?」
「そ、そう?」
「うん…何か、安心する。」
「(ヤバイ、めちゃくちゃ嬉しい。もう一回ギュッてしたい…!)」
顔を覗き込んだ際に離した体を、今一度抱き寄せようと動こうとした瞬間…
鳴海の後ろから登っていた皇后崎が頂上に到達した。
着いて早々、彼は一ノ瀬に鋭い視線を向ける。
「いつまでくっついてんだよ、変態。」
「だ、誰が変態だ!」
「あ、迅ちゃん!無事に着いて良かった。ありがとね。」
「あぁ。」
アワアワする一ノ瀬を軽くスルーして、皇后崎は鳴海に微笑みかけた。
これで残るは矢颪のみ。
一ノ瀬が崖下から顔を出せば、すぐそこに彼の姿があった。
「矢颪、掴まれ!」
「もう少しだよ、碇ちゃん!」
こちらに手を伸ばす一ノ瀬と、その隣で笑顔を見せる鳴海。
2人を見つめる矢颪の表情は、一瞬だけ憂いを帯びる。
が、すぐにそれをいつもの厳しい顔に戻すと、同期の手を借りず登り切るのだった。
「8時間48分で全員ゴール。予想よりわずかに早かったな。ご苦労。」
一列に並ぶ生徒たちを前に、無陀野は淡々と話し出す。
今日の修行を振り返るように、担任からの言葉は続く。
「この修行で成長した者もいれば、自分の役割を理解する者、状況を整理し統率をとる者、協力し動く者、仲間のために体を張る者…それぞれ実戦における全体・個人の動き方をわずかにも感じられた。そして矢颪…お前はよくやったよ。チームにおいて “己しか考えず動く者がいた場合” ということをやってくれた。今回ずっと空回りしていたが、そういう意味ではある種功績だ。」
「テメェ…喧嘩売ってんのか?全員でゴールってのが最初から気に食わねぇんだよ!個人の強さが欲しいんだ!それよりなんだ!? “仲良く一丸に” の方が大事か!?」
「そうだ。」
「…は?」
「大事な仲間を作る。この羅刹学園の1つの意義でもある。」
そうして無陀野は、鬼が強くなるとはどういうことかを生徒たちに伝え始める。
鬼の血は心と強く結びついている。
つまり強くなるためには、心の成長が必要不可欠なのだ。
そして心を育てるために欠かせないのが”仲間”の存在なのだと、無陀野は話を締めくくる。
「仲間を作りともに闘う。この羅刹学園は心を育む場所でもある。今回の修行はそういう意味も込められている。」
「めちゃくちゃまともじゃん…!」
「仲間を作るには “知る” 必要がある。お前らの目標を言ってみろ。四季、お前の目標は何だ。」
「いきなり俺!?俺は…親父の仇をとる!あと…鬼も普通に笑って過ごせる世界にしてぇな。」
「親父を殺す。」
「もっと…血を使って役に立ちたいです…」
一ノ瀬を皮切りに、順番に自分達の目標を発表していく生徒たち。
屏風ヶ浦の後に漣、手術岾、遊摺部と続き、皆の視線は鳴海へと向けられた。
「次は鳴海だが…お前のはもう皆知ってるかもな。」
「俺が代わりに言う!誰も死なせない、だよな!」
「うん!…1人でも多くの仲間を救えるようにしたいな」
“無人くんのためにも”
鳴海の眼差しからそんな言葉が聞こえてきた気がして、無陀野の表情が少し和らぐ。
彼にだけ分かるよう小さく頷いた無陀野は、サッと表情を切り替えて最後の1人に顔を向けた。
「矢颪、お前は?」
「……うざってェ…俺は!死んだ仲間の数だけ桃太郎を殺す!あいつら以外の仲間を作る気はねぇ…!」
「(やっぱり碇ちゃんには、忘れられない仲間がいるんだ…)」
「仲間を作る?心を育てる?どうでもいい!俺は帰るぜ!」
「あいつ練馬行ってからピリピリしてね?」
捨て台詞を残し、矢颪はまたも皆の輪を外れて一足先に歩き出した。
そんな彼の後ろ姿を心配そうに見つめていた鳴海は、何かを決意した表情で無陀野の元へ向かった。
「無人くん。」
「ん?」
「あの…碇ちゃんのこと、ごめん。」
「何でお前が謝る?」
「碇ちゃんのこと任されたのに、ちゃんと支えてあげられなくて…また1人にさせちゃったから。俺多分今、ちょーダメダメ。だからこんなことお願いするのは気が引けるんだけどね…引き続き、俺に碇ちゃんを見守らせて…!お願い!」
「…相変わらず一方的に喋るな。今の話を聞いて、俺が言いたいことは2つだ。」
「2つ…」
「あぁ。まず1つ目…俺は確かに矢颪のことを任せると言ったが、あいつの言動すべてに責任を持てとは言ってない。お前はリハビリという訂でここに来てる。そのせいで本来背負わなくていいものまで抱え込ませてるんだと思う。それは俺の落ち度だ。すまない。」
「そんな!無人くんは悪くない!俺が勝手に「鳴海。」
「へ?」
「生徒の身の安全と未来に責任を持つのは、大人であり教師である俺の役目だ。だからお前はもっと自由に過ごしていい。」
「…うん。」
「それを踏まえた上で、さっきの申し出はすごくありがたい。」
「えっ!」
「教師という立場上、矢颪に対して俺では踏み込めない部分が絶対にある。見せたくない顔や知られたくない過去を、お前になら見せられるかもしれない。鳴海にはそういう力があると俺は思ってる。」
「俺に、そんなすごい力あるかな…」
「ある。少なくとも俺は、鳴海の前でなら全てをさらけ出せる。…あの日もそうだっただろ?」
不意に耳元で囁かれた言葉に、鳴海の顔はほんのりと赤く染まる。
その様子に少し口元を緩めながら、無陀野はさらに言葉を続けた。
「今までも今も、お前を頼りないと思ったことは一度もない。これから先もそうだ。そう思ってる人間を傍に置かない。」
「無人くん…」
「お前は俺に出来ないことができるし、俺にはない力を持ってる。…いつだって頼りにしてる。これが、俺の言いたかったことの2つ目だ。ただし無茶はしないこと。1つ忘れて欲しくないのは…俺の妻ということ。妻を守るのは夫の役目だろう?」
「! うん!」
自分の言葉に赤い顔で満面の笑みを見せる鳴海を、無陀野は愛おしそうに見つめる。
と、2人のやり取りが終わったタイミングを見計らって、猫咲が声をかけてくる。
吹雪もいよいよ強くなってきて、早々に下山をしないと大変なことになるだろう。
「僕らも下山しますか。」
「あぁ。」
「(さみぃんだよ、早く帰らせろ)」
「波久礼、言いたいことははっきり言え。修行ついでに、スクワット1000回やって降りろ。」
「(殺す殺す殺す殺す…)はい!喜んで!」
「僕も訓練お供しよう!ゲホッ!」
「どっか行け。」
「ついでにマラソンしよーよ!」
「殺す気か?」
「そんなことしないのに…」
目標達成の充実感と無事に終わった安堵感で、一行は和やかに下山を開始する。
引き続き矢颪の教育係を任された鳴海は、1人先を歩く彼とどう接していこうか考えていた。
「(ウザがられるのを覚悟で、やっぱりまずはたくさん会話しないとね!)」
そのための時間はたっぷりあるはずだった。
「(ここにいたって俺は強くなれねぇ…!)」
だが矢颪の心は、既に羅刹学園から離れ始めていた…