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FORSAKEN。
茨は石壇を締め上げるように絡みつき、紫色のナス科の花が血を吸うような香りを漂わせている。
床にはツータイムが倒れていた。
黒い触手に全身を押さえつけられ、呼吸すらまともにできない。
その少し先。
玉座へ深く腰掛けたスペクターの胸へ身体を預け、アズールは幸福そうに目を閉じていた。
主人の鼓動。
冷たい指先。
甘く香る影。
そのすべてが、自分の世界だった。
「……我が神。」
囁く。
「今日も、あなた様のお役に立てました。」
「もちろんだ。」
スペクターは静かに微笑み、黒い髪を梳く。
「君は私の自慢の子だ。」
その一言だけで、胸の傷跡が熱を帯びる。
幸せだった。
壊れるほど幸福だった。
なのに。
その瞬間だった。
胸の奥で、小さな違和感が弾けた。
まるで乾いた種が殻を割るように。
(……あれ。)
指先が止まる。
息が浅くなる。
「どうした?」
スペクターは優しく問い掛ける。
だがアズールの耳には届かなかった。
鼻先を掠めた。
ハーブの香り。
毒草ではない。
もっと柔らかく、もっと懐かしい。
薬草。
傷薬。
包帯。
誰かの笑い声。
木漏れ日。
灰色のウィザードハット。
(……違う。)
頭が痛い。
「ツータイム……?」
名前が零れた。
床に倒れている青年がゆっくり顔を上げる。
目が合う。
その瞬間。
胸の奥で何かが砕けた。
(私は。)
(この人を。)
(殺したかった……?)
違う。
殺したかったんじゃない。
助けたかった。
笑っていてほしかった。
一緒に花を摘んで。
紅茶を淹れて。
くだらない話をして。
そんな日々が――
「思い出したのかい?」
甘い声だった。
あめ猫@サボり魔
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#見捨てられた
リコりす@アナログタノピイ
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スペクターだった。
アズールはゆっくり振り返る。
その笑顔を見た瞬間。
全身が凍った。
その微笑み。
その優しさ。
その「全部知っている」目。
どこかで見た。
ずっと昔。
もっと前。
カルト。
祭壇。
血。
祈り。
ザ・スポーン。
「……あなた。」
掠れた声が漏れる。
「あなたは……」
スペクターは微笑む。
否定しない。
肯定もしない。
ただ静かに赤いシルクハットの影から見つめている。
「気付いてしまったね。」
その声はあまりにも穏やかだった。
「私の可愛い植物学者。」
アズールの瞳が揺れる。
「ザ・スポーン……」
少し肩を竦める。
「…正確には、違うと言っていい。」
「だが、あの時君たちが信じていた神は、確かに私だよ。」
その瞬間。
カルトの祭壇。
血塗れの教典。
アマラ。
あの短剣。
すべてが一つへ繋がった。
「全部……。」
震える声。
「全部……あなたが。」
スペクターは静かに笑った。
「私は少し道を開けただけだ。」
「暴力を教える本。」
「一振りの短剣。」
「救われたい心。」
口元で、指を一本立てた。
「それだけ。」
アズールは首を振る。
「違う……!」
「なら聞こう。」
スペクターの笑みは変わらない。
「最後に短剣を握ったのは誰?」
「……。」
「君を刺したのは?」
「……。」
「君を見捨てたのは?」
「……。」
「そして。」
静かにアズールの胸へ指を置く。
「私の手を取ったのは?」
言葉が出ない。
全部。
全部。
自分たちが選んだ。
スペクターは一度も腕を掴んでいない。
背中を押しただけ。
だからこそ逃げられない。
「…なんで……」
ツータイムは血を吐きながら顔を上げる。
「どうして……僕たちを……」
「君たちはね」
スペクターは茨に咲くナイトシェードを手繰り寄せた。
「格別なんだよ。」
花の香りを嗅ぐ。
その瞬間、花弁が黒く色づき、まるで誰かの悲鳴を吸い込むように震えた。
「私は恐怖を食べる。」
静かな告白。
「絶望を味わう。」
さらに一輪。
花が萎れる。
「人が希望を失う、その瞬間ほど甘美なものはない。」
スペクターは目を細める。
まるで極上の酒を味わうように。
「裏切られた恋人。」
「救えなかった後悔。」
「届かない願い。」
「報われない愛。」
その言葉に合わせるように、空間を漂っていた黒い霧がゆっくりとスペクターの周囲へ集まっていく。
霧の中には、無数の泣き声が混じっていた。
サバイバーたち。
キラーたち。
積み重なった絶望の残響。
スペクターはそれを深く吸い込み、小さく息を吐く。
「……実に香り高い。」
その一言だけで、アズールは背筋を凍らせた。
館を満たしていた霧。
領域を覆う絶望。
それらは自然に存在していたのではない。
スペクター自身が餌として集め、味わい続けていたものだった。
ツータイムの拳が震える。
アズールは声も出ない。
二人の人生。
愛。
悲劇。
すべてが、怪物の食卓へ並べられた一皿に過ぎなかった。
「君たちの絶望は素晴らしい。」
スペクターは優しく髪を撫でる。
「何度でも味わいたい。」
その一言で。
アズールは嫌な予感を覚えた。
「だから私は。」
微笑む。
「定期的に植え直す。」
「……え。」
「愛も。」
「憎しみも。」
「罪悪感も。」
「依存も。」
「全部。」
指を鳴らす。
乾いた音が響いた。
「最初から。」
世界が止まった。
霧が逆流する。
花が枯れる。
空が割れる。
ツータイムの悲鳴が遠ざかる。
スペクターの腕の温もりが消える。
「いやだ……。」
アズールは帽子を押さえた。
「待って…!」
「まだ。」
手を伸ばす。
「私は……」
最後まで言葉にならない。
目を開ける。
眩しい。
木漏れ日だった。
鳥が鳴いている。
森の匂い。
「……あれ。」
黒い触手はない。
漆黒の肌もない。
手にはハーブが入った籠。
植物学者だった。
「僕は……」
帽子に触れる。
ウィザードハット。
いつから被っていたか思い出せない。
どうして胸が痛いのだろう。
どうして泣きそうなのだろう。
ガサリ、と草が揺れる。
振り向く。
黒髪の少年が立っていた。
籠を抱えた自分を見つめている。
初対面。
そのはずだった。
「……あ。」
ツータイムの目から涙が零れた。
理由は分からない。
名前も知らない。
それなのに。
胸が張り裂けそうだった。
アズールは困ったように笑う。
「どうしたの?」
ゆっくり近付く。
指先で涙を拭う。
「僕は、ただの植物学者だよ。」
ツータイムは震えながら頷く。
「……ごめん。」
「なんだか。」
「君に、もう二度と会えない気がして。」
その言葉に。
アズールの胸がまた痛んだ。
理由は分からない。
でも。
この人を放っておけない。
そんな気がした。
遠く。
霧の向こう。
誰にも見えない場所で。
真紅のシルクハットが静かに揺れる。
欄干へ肘をついたスペクターは、新しく芽吹いた二人を眺め、目を細めた。
「幸せな時間を過ごすといい。」
穏やかな声だった。
だが、その笑みの奥では飢えが静かに疼いている。
「幸せは熟すほど、壊れた時の絶望が深くなる。」
帽子の影で、怪物は静かに微笑む。
「その時が来たら――また、美味しくいただこう。」
そして輪廻は終わらない。
誰かが恋に落ちるたび。
誰かが裏切るたび。
誰かが絶望するたび。
その収穫は、恐怖と絶望を糧とする怪物の終わらない晩餐へと運ばれていくのだった。
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コメント
7件
スペクターがスポーンだと!?....この設定を考えられる事が羨ましいです...!!もう一度同じ結末になるのを繰り返す内にハッピーエンドになる....かも?