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どうしてそう思う事がいけないのか甚だ私には分からなかった。誰にも迷惑被っていないと言うのに。論理的には歪かもしれないが感覚、私の感覚的には全くして整った意見なのだ。私らしくもない。いや、私なんて最初から、いなかった。しかし私はこんな事は予想していなかった。自分が無知である事など知っていたつもりだったけれど、こんな事が起きてしまうと寛容に認める事はできない。こんな事が理解できても寛容とはいえない気もする。何故ならあまりに非科学的すぎる存在をこの目で目の当たりにしたから。信じていなかったものが存在すると言うのだから、ただ眺め、期待する他ない。私みたいな事を考えない人はこの場合未知に対して恐怖心を抱くのだろうけど、その未知が他でもない私だと言うのだから、いや、そうすると未知からはかけ離れてくる存在になる。だから期待する他ない。私の夢を叶えてくれる。
「八幡、闘うってどう言う事だよ」
「そのままの意味だよ、升沢ねりと、未来の升沢ねりで闘ってもらう」
蕪木くんは、とても達観したような喋り方をする、長身長髪のとても愉快に笑う人と喋っている。私はこの人のことを知らないが、前に中華料理屋の前で蕪木くんに話しかけていた、客観的に見て怪しい人と風貌がどことなく重なるので蕪木くんを心配してしまう。当の蕪木くんは私のことを心配している。
「あれに___勝てるのかよ」
「さあね、それは升沢ねり次第だよ、升沢ねりに生きる、勝つ気があると言うならね」
物言いたげに私を見る、物はもう言っているけれど。
「生きる気って、あるに決まってるだろ、何を言って」
そう言って蕪木くんは私を見る。私は目を合わせられなかった。しかし私は弁明する。
「自殺なんて考えた事ないですよ」
本当の事だった。
「そうみたいだね、でも今の状況だと、それは半分正解半分違うと言った所だろう」
どういう意味だろう。考える、なんて言うけれど、答えは出ていた。
「升沢、お前が考えてる事、教えてくれないか」
蕪木くんはそう言う。触れそうにない雲を掴もうとしている。私は無意識に後退りをしていた。それまではなかった、いやないのではなく見えなかった溝が今おもむろに私と蕪木くんの間に現れた。蕪木くんは地に目線を落とし、更には空を見上げて、苦しそうに笑った。そしてこう言った。
「僕がお前にしてあげられる事はこれくらいだ、升沢みたいに頭が良くないから」
突然の事だった。全く支離滅裂だった。蕪木くんは、意思を固めたような、そんな顔をして踵を返した。突如として、池の方向に走った。八幡という人もこれには驚いたようだ。しかし止めようとはしない。先程水素爆発を起こした、池の方へ走っていく。蕪木くんの、表情が見えなかった、それが私の不安を煽っている。先程蕪木くんと八幡さんが空が暗いと言っていたけれど、私には何を言っているのか理解出来なかった。けど今は、夕焼けで赤かった空が、暗く見えている。
「かぶらぎちづる」
そう叫んでいた。無意識じゃなかった。私らしくもなく、私らしく行動していた。その行動は私たらしめていた。蕪木くんは右足を俯角30度ほどの位置左足を曲げ、石造りの地面と摩擦を起こし、摩擦熱で火が起こるや否やの所で動きを無理矢理に止めた。
「他人の命を危ぶんでくれるじゃないか、それなのに、自分の命はいいとか、虫が良すぎると、僕は思うよ」
額にかいた汗が地面に零れ落ちる。地面が波紋を起こす。
「ずるい、ずるいよ蕪木くんは」
心にしまっておこうと思っていたその言葉は、私の口の言葉の漏斗から、普段では篩い落とされないはずの言葉が漏れていた。その漏斗には珍しく、大きな穴が空いていた。物理的な距離は遠くなったかもしれないが、蕪木くんは広がった溝を無理矢理にも飛び越えて、近づいてきたのだ。
「私は、別に誰かに迷惑をかけようとしているわけじゃない、私は願っていただけなのに。地獄から救われたかった、それなのにどうして邪魔をするの。蕪木くんはそんな悪者みたいな事をしないでしょ」
「そんな人だよ、僕は。誰かが楽になろうとしようものなら、進んで邪魔をする悪者だ。地獄の空より手繰り寄せられた糸なんて、問答無用で切る、噛み切ってやる」
蕪木くんは笑顔にもならない、歪な笑顔を私に見せる。
「だから、死んで楽になろうなんて、思わない方がいい。いくらやっても死ねないと、絶望するだけだぜ。升沢、人生なんて元々地獄みたいなものだって、僕は思うよ。だから、話してくれよ、お前のことを。僕の体験してきた、地獄も話してやる」
蕪木くんは、顔を歪めた。
私の親は、私の事を自分の子供だと思っていない。いや、これは私の主観的な意見なのだけれど、親だから当然子供を大事にするなんて保証は何処にも無いのだと今の私はそう思う。私の家族は家族で写真を撮ったことが無い。本当の意味で思い出などなかった。何処かへ一緒に外出などしたことが無い。家族で食卓を囲ったり、談笑したりなど、本などに載るフィクション、偽り、空想、の類だと思っている。顔を合わせることも珍しいことだ。私が起床する頃には、家を出ていて、私が就寝してから帰ってくる。私だけがそうなのでは無い。母親も父親も全員そうなのである。惰性だけで繋がれた、ほつれきっているが切れない糸のようなものだった。漠然とした不安とストレスだけが積もっていった。今になってよく理解できた。家族だからどうだというのは私の、小さな少女の我儘だった。去年の十月私は委員会で、図書室で新刊の整理をしていた時だった。
「その本は、歴史というよりは生物の棚なんじゃないか、確かにどちらか判断しかねるけど、生物の史実っていう限定された歴史を辿ろうとするのは生物好きくらいじゃないか」
そう言って私が手にしていた生物史の本を指差していたのは蕪木くんだった。私にはその体験が新鮮だった。家族とは必要最低限の会話、学校の人には頼み事をされるだけだった。そんな時、何気ない話題を投げかけてくれたのは、蕪木くんだった。
「そうだね、どうもありがとう」
素っ気無いかなとも思った。その時蕪木くんが手にしていた小説、確か推理小説だった、いや確かに推理小説だった。その作家が私の知っている作家だったからか私は話しかけた。
「その作家」
「ああ、知ってるの。この先生面白いよね。序盤に張られた伏線が中盤に何気なく出てきたり、程よく残された、謎とか」
そんな感じで話は花が咲いたとまではいかないものの、浜辺で聴こえる波の音のように、のどかで心地のよいものだった。それからはときどき本の話をするようになった。それまでは、本当の意味での友好関係など築いたことがなかった。私自身それを避けてきたことも一つの要因でもある。蕪木くんに背中を押されたのが大きかったと思う。私は自分から人に、話しかけたのだ。なんとなくだったけれど、その人とは気が合う気がするなんて思っていた。それに何より私は、その人の姿勢に憧れていた。我を通すその生き方に憧れていた。その人とは、高音萩さのれのこと。
「あの、ご飯を一緒に食べてもいいかな」 「良いけれど、揶揄う(からかう)つもりなら、よしといた方がいい。私、結構根に持つタイプだから」
「全然そんなんじゃないよ。ただ一緒にご飯を食べたいだけ」
「目的があるなら、先に言いなさい。だいたい私に話しかけるなんて事は何かなきゃ無い事でしょう」
「ないよ、目的なんか」
「あら、そう」
こんな会話から始まった。印象的だったからよく覚えている。その日は私が話しかけても素っ気ない言葉しか帰ってこなかったけれど、私は高音萩さんが登校してくるたびに、五月頃の蝿のように煩わしくしつこかったかもしれない、何度も話しかけた。そうしていたら、いつのまにかくだらない談笑を交わす仲になっていた。気付かずいつの間にか打ち解けていた。きっとあの時言われた、目的ありきで話しかけてきたと誤解された事で私も意地になっていたこともあっただろう。しかしながら、張っておくべき意地もあったというわけだ。事件は一月十七日水曜日、下校していた時だった。その日は雨だった。私はその日、傘を持ち合わせていなかったので高音萩さんが常に二つは持っているという傘の一つを借りて帰路についていた。私は目撃した、夫婦を。それはまさしく夫婦だった。誰から見ても、将来を誓い合った男女だとそう思うだろう。けれど、私は違った。世界に一人たった一人、この私にはその二人が醜く見えてしょうがなかった。私の父親と母親が、傘をさして隣り合わせで歩いていた。手は繋いでいない。しかし、手を繋がずとも私達は繋がっているのだと主張しているようで憎らしかった。母親は薄黄色のコートを父親は紺色のコートを着て相性の良い色だった。今までの自分達を忘却し、今から家族を再演しようとする、二人がどうしようもなく憎らしかった。私の心は地獄の業火をもって焼き尽くされるようだった。しかしいつまで経っても焼き尽くされない。きっと蕪木くんと出会っていなければ、この胸が熱くて、熱くてしょうがないような気持ちにはならなかったかもしれない。そう思う自分が嫌いだ。高音萩さんが来なくなってから、その気持ちがほんの少し薄れかける。二年生に上がってから蕪木くんとクラスが同じになって、それまでよりも話すようになった。その気持ちは再び私を燃やす。私は私が嫌いだ。家族に対して得も言えない感情を抱くのを蕪木くんや高音萩さんのせいにする私が嫌いで仕方がなかった。自殺をすれば“かぞく”に迷惑がかかるだろう。私は私を呪った。他に誰でもない私を呪った。「死んじゃえばいいのに」
未だ来ない時にそう願った。
蕪木くんは言った。
「そうか」
一呼吸おいてこう言った。
「だがな升沢、お前の話を聞いて僕なりに理解した上で言わせてもらう。お前の感じた思いは、嫉妬だろ。言葉にさせてもらう、しっかりと向き合う為に。それに、その感情を感じるのはお前の場合、当たり前の事だろう。呼吸をするのと同じくらい当たり前だ。それを感じるのが僕らのせいでもあるのは紛れもない事実だ。僕達のせいにすることに後ろめたさなんか感じるなよ。僕も、それにきっと高音萩も憎まれ役を買って出てやる。何せ、お前のしつこい友達なんだから。お前が苦しい思いをしているなら、僕が升沢を放っておかない。だから、あと少しの間せいぜい苦しむといい。きっとそれが苦しみの最期になるからな。」
高音萩さんはきっと憎まれ役は買って出ないでしょう。それでもなんやかんや言って私を助けようとするでしょう。全く嫌な友達達だ。