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八幡という人は私に鮮紅色の羽を渡した。
「必ず役に立つから、持っておいて」
少し訝しんだが、今は信じる。何故なら私は闘う、向き合わなきゃいけないのだから。
そして蕪木くんと八幡さんと八幡神社に向かう。九十九階段(つくも)と地元では言われているその階段の前にある鳥井は、いるだけで門番の役割を果たしている。とても近づき難い雰囲気を、佇まいを醸し出す。八幡さんは私が、怖気付いた事に気づいたのかこう言った。
「今の君は通る事ができる、安心しなよ」
蕪木くんも頷いていた。重苦しい私の足を踏み出す。地面がぬかるんでいるわけでもなければ、雪が積もっているわけでもないが、私の足跡を、軌跡をはっきりと認識する。階段の数が少ない、そう感じた。境内はいやに閑静だった。
気のせいだろうか、境内に入ってから八幡さんの顔が強張っている気がする。お社を一心に見つめるその眼球は私の視線を捕まえた。すかさず私はこう言う。
「あの、あれを、いや私を、未来の私を呼び出すにはどうしたら」
「ああ、言ってなかったね、やる事はたった一つだよ。君が一番すべき事を念じるだけだ。」
蕪木くんは極端に懐疑的態度を示す。八幡さんは無言でただ立ち尽くす。私はその言葉の意味を汲み取ろうと試みる。念じる、私がすべき事を。すべき事、向き合う。自分と。私はそう念じ、目を瞑った。日が沈んでゆくなか、湿った風が首筋を通ってゆく。私は目を開けた。しかし何も起きない。私は訴えるように八幡さんを見る。八幡さんは言う。
「念じている事が違うのだろう」
「違うって、でも」
「具体的にすべき事を念じる、後もう一つ、君は躊躇っているんじゃないか、本当の自分を見られる事を」
蕪木くんは言った。
「僕は捌けておこうか」
「駄目だよ蕪木くん。それも含め必要事項なんだ」
八幡さんは食い気味にそう言った。
自分を持ち、曝け出す(さらけ)。人には言っておいて、自分はできていなかった。ふと思い出される記憶。私は小学生の頃いじめに遭っていた。女子からの陰湿ないじめに。いやな思い出が蘇る。しかしもっと嫌だったのは、その苦しい胸の内を誰にも話さず胸の内に閉ざしておこうとした自分だった。両親に助けてと言えなかった自分が嫌いだった。私は一番に私の事が嫌いだ。でもそれって無関心とは程遠い程に自分が自分を気にかけているということに他ならない。
私が泣いている。
それを聞き取る事が出来るのは私だけだ。だから、私が一番に私を愛してあげなければ。蛙の声も鳥の声も聞こえないその境内で私は泣き叫ぶ。
「愛します」
気付けば、私と背中合わせになっている何かがいることに気付く。
「やあ、私。見上げた根性だ、私にしては」
未来の私そのひと、人ではないが、そのものだった。いつの間にか背後にいた。
「いつの間にかではない、いつもと言うべきかな」
私は振り向いた。瞬間喉にあの鋭い二重に重なった大鎌が冷たく突き立てられた。しかし私は言った。
「さっきぶりですね」
「そのようだ、お望み通り、長年の願いを叶えに来たよ」
「私を殺しても、あなたは妖怪だから、存在し続けるのでしょう。けど、あなたは私を殺した後自分も殺すと思うわ」
未来の私は、鎌を持つ手を、少し後ろに下げた。
「命乞いか、くだらない。私を呼び出してする事がそれか。我ながら失望したよ」
「命乞いじゃない、私を殺せば必ず起こり得る事よ」
「もういい、自分自身にこう言う事を言うのもおかしな事だけれど、悪い方向に変わったようだね、潔く死ね」
「悪いけどそれはできない、あなたは知らないでしょう私の今の望みを、だってあなたは、今の私の感情ではできていない」
「ははっ、愚かだな、愚かだ。そんな少しの間で人間が大きく変わるとでも思っているの」
「期間は関係ない、重要なのはキッカケよ。私とあなたには決定的な違いがあるみたい。自分を持っているかいないか」
突如空気の動きが二つの大きな刃によって切り裂かれた。木々が騒めく。私の肌に刃がかすめる。切れた瞬間を認識できないくらい速かった。鋭くさす痛みはもはや、気にする必要のない事だった。私は続けた。
「あなたは綺麗事が嫌いって言ってたね。確かに私も、綺麗事を聞いて良い気分はしない。けれど、一番駄目なのは綺麗事を並べる事じゃなくて、それに向かって立ち上がろうとしない事だと思う」
「知ったような口を。私はお前の未来の姿だぞ。私の方がお前、升沢ねりを知っている」
気付けば未来の私は言葉を選ぶことなど考えていない。
「そうかもしれないけど、あなたはまだ生まれて間もない。知識はあっても経験はないようね」
未来の私は両腕で大鎌を振り上げる、腰を構えた。伝わる、全身の毛穴を刺すような殺気を。
けれど私は目を瞑らなかった。しっかりと見ていた。悲しみと苦しさを抱え、何処かに吐き出してしまおうとする、私を。鎌が私の眼球目掛けて振り下ろされる。振り子のように、一寸の誤差も迷いもなく。いや迷いは少し混じっていた。心臓を剥き出しにして、立ち向かう気概で私はこう言った。
「だけど、私は無かった事にはしない、過去を。あなたを。あなたは今の私の構成要素の大事な一つ。過去のあなたがいなければ今の私もいない。だから、あなたのこと、嫌いだけど、
愛します」
死に際の頭の回転の速さが私に言葉を募らせた。蕪木くんが飛び込もうとしたところを八幡さんが抑える。私はここで死ぬ、そう悟った。鎌は私に刺さった。刺さって砕ける。二枚の刃は崩れ去る。未来の私は言った。
「笑わせる。私を愛するなどと、そんなものは言わずとも、当たり前のように感じることだ。自分が嫌いってのは、少なくとも無関心よりは好きに近いってことだ。嫌いはその時の気持ち次第で変わるほど不安定なものさ、永遠に自分を嫌いになれる奴はいない」
「君は自分の力で、自分という妖に勝ったというわけだ。というよりは受け入れたという方がいいか」
八幡さんは私を見てそう言う。しかし私を見ているようでその眼球は私を捕らえていなかった。
「さあ、蕪木くん君の出番が回ってきたみたいだ」
「僕の出番」
「そうだ。君は僕と一緒にこれから時亀の所に行く」
私は歩み寄った。しかし八幡さんは言った。
「ここからは危険だ、升沢は僕たちと一緒にいてもらうにはもらうが、亀が出て来ても手出しは厳禁だ」
「ええまぁ、だって私には何も」
「念の為だよ、相手はただの妖怪じゃない。時亀はね、強いんだよ」
何か含みのある言い方をするので、私は汲み取ろうと努力する。
「この神社に呼びたいが僕にそれはできない」
「じゃあ、どうする」
蕪木くんは尋ねた。八幡さんは頬を歪め怪しげに笑う。
「君がいなかったら、かなり面倒がくさくなっていた、蕪木くん、君に時亀を呼んでもらう」
「何言ってるんだ」
開いた口を塞げないでいる。
「百聞は一見に如かずだよ、今から言う事を騙されたと思って、、やってみてほしい」
蕪木くんは反対周りする時計を眺めたように怪訝そうだった。
「こう唱えてくれ、ツイを為せ、ってね」
蕪木くんは少し考えていた、きっと一気に羅列された知らない単語達をひとまず自分の記憶の書庫で探しているのだろう。頭を抑えていた。数滴の汗で額を濡らし、こう言う。
「ツイを為せ」
静かな境内にしつこいくらい赤く輝く隕石が降って来た。しかしそれは星屑ではなく亀だ。私の未来の時のように、いかにも怪しげな存在として、黒い靄から這い出るような感じ、それは脚色をしすぎたけれど、そのような感じではなくまるで自分の存在を誇示するかのように、顕れた。しかし、現状一番に驚天動地に感じているのは蕪木くんだった。蕪木くんは八幡さんに問いただした。
「どういうことだ」