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荒れ果てた地表の一角、通信機器がまともに機能しないと云われる“沈黙地帯”を、カイたちのヴァルチャーが静かに進んでいた。傾きかけた陽が空を淡く染め始め、長く伸びた影が地面を這う。吹き抜ける風の中には、砂塵と、微かに焼けたような機械油の匂いが混じっていた。「……またか」
カイが無線機に手を伸ばし、チューニングを調整する。スピーカーからは、ザザッというノイズに混じって、かすれた女の声が一瞬だけ聞こえた。
「……たすけ……は……ち……」
「……聞こえたか?」
「今の……誰の声?」
レナがわずかに顔を引きつらせる。カイは無言で、すぐに録音スイッチを押した。
「このあたりじゃ、何度も偵察部隊が行方不明になってる。その通信記録が、いまだに解析中らしい」
「じゃあ、今の声は――」
「それが本物なら、俺たちは“幽霊の無線”を聞いてることになるな」
ボリスがわざとらしく首をすくめた。
「マジかよ……俺、こういうのマジで無理なんだけど」
カイは黙って運転に集中していたが、ふと、わずかに笑みを漏らしながら聞き返す。
「なんだ、怖いのか?」
「……いやさ」
ボリスは空を見ながら肩をすくめた。
「ホラー映画ってのはな、“怖く見る方法”ってのがあんだよ」
「へえ、なんだそれ」
「全裸で見るんだよ。照明全部消して、真っ暗な中、素っ裸でな」
「……」
「今の俺の状況だってそんなもんだぜ。防御力ゼロだし、なんか来ても逃げられねぇしよ」
カイは目を逸らさずに前を見ながら淡々と言った。
「お前が全裸で電気消してホラー映画見てる状況が一番ホラーだよ」
レナが小さく吹き出した。
だがその直後、また通信機がザッと混線し、ノイズ混じりに声が走る。
「……うごい……で……こっち……見て……」
三人の動きが止まった。
空気が、一瞬で冷えたような錯覚すら覚える。
カイが無線機を握り、声を潜めて言った。
「……何かが“応答”してる。無差別なノイズじゃない」
レナの指が、無意識に荷電粒子砲のスコープに触れる。
そのとき、遠方の廃墟の影が、かすかに動いたように見えた。
カイたちが探索を続けるうち、荒野の一角にぽつんと佇む朽ち果てた車両を見つけた。ボディは砂に埋もれ、フレームは骨だけになったように錆びている。
「……化石みたいね」
レナがその廃車に近づき、慎重に触れる。
「これは……少なくとも百年は前の型だな」
カイがぼそりと呟いた。
「旧式の内燃機関車。軍用じゃない。民間の乗用車か……記録にはない型だ。車名は……Ce…li…ca……」
カイが言い終える前に、カラン……と、物陰の何かが自然に転がる音がした。
「……っ!」
レナが荷電粒子砲を即座に構える。
その時だった。
スウッと、白い“何か”が車の陰から現れた。
長い髪、ぼやけた輪郭、無言のまま、ふわりと浮かぶ“女性の幽霊”。
「ぎゃあああああああ!!!」
「見えてる! 完全に見えてる!!」
レナとカイが一斉に後退、武器を向ける。
「……え、何? 何に騒いで――って、誰もいねぇじゃん?」
ボリスは屋根の上からきょとんと周囲を見渡す。
「目の前にいるだろ!! 髪の長いのが! 女が! 女があああ!!」
「うわああああああっ!!! 撃つわよ!? 撃つからね!?」
レナが半ばパニック状態で荷電粒子砲を発射――
しかし、閃光はすり抜けた。
幽霊の女は無言のまま、ゆるやかにボリスの周囲を回って漂っている。
ボリスはその気配をまったく感じないまま、耳をかいていた。
「何の騒ぎだよ。こっちは電波もノイズも来ねーし、むしろ暇してんだけど」
「なんでお前は見えないんだよ!!」
その時だった。遠くから、砂煙を巻き上げながら近づく1台の車両。
「次はなんだよ……!」
カイが振り向いた先、埃を巻き上げて現れたのは、かつて彼と死闘を繰り広げた双子の傭兵だった。
「ひと目でわかったぞ、カイ・レノックス……!」
乾いたタイヤの軋み音とともに、砂丘の向こうから現れたのは、装甲車に乗った二人組――“ブラッドボーン兄弟”。
狙撃手のザルドが、震える手でカイを指差す。
「“モーラン渓谷強襲戦”――あの地獄の一夜……てめえの顔、今でも夢に出てくるんだよ!」
「俺たちはな、あの夜、命は拾ったが積み上げた名誉を全部地に落とされた!」
ドライバーのグレイが叫ぶ。
「“一矢も報えずに逃げ延びた腰抜け兄弟”――そう呼ばれて部隊を追い出されたんだ!」
「部隊のエンブレムも剥がされた……! 俺たちのプライドは、あの日の土にまだ埋まってる……! だが今度こそ!」
ふたりは全速力でこちらへ向かって前進し、怒りに満ちた視線をカイに向けた――
その時だった。
「……ん? なんだあれ」
グレイがふと、ヴァルチャーの背後を見て眉をひそめた。
ふわり……と宙を舞う白い影。すーっと音もなく、漂うように。
ザルドもグレイの目線の先を追った――
「……」
二人とも、1秒ほど目を合わせて沈黙した。
「お、おいグレイ……あいつの後ろ、女が浮いてなかったか?」
「え、ああ、お前も見えたか……気のせい……いや、いやいや、もう一回見るぞ……!」
再び見たその先に――
幽霊はいた。
しかも微笑んでいる。無言で、ひたすらに、ヴァルチャーの周囲をくるくると回っている。
「……ちょ、ちょっと待て……なんだあれ、マジでなんなんだああああああああ!?」
「お前らあああああ憑りつかれてるぞおおおぉお!?」
轟音とともに装甲車は砂煙を巻き上げ急転回し、二人は叫びながら全力で逃げ去っていった。
カイは呆れたようにため息をつき、レナは荷電粒子砲を下ろしたままぽかんと見送っていた。
その沈黙も束の間――
ジャキ、ジャキ、ジャキ……と不穏な音が響いた。地面を這う影――建物の隙間から巨大な金属の脚が現れる。
六本の脚、クモのような下半身。その上半身はかつての人間の姿を残し、鋼鉄の義肢で補強されている。
「久しぶりね、レナ・クラウス……」
響いた声は低く、擦れたような女の声だった。現れたのは、重戦闘義体“ヴァイラ・モルバン”。
「ネメシス鉱山防衛戦――私の部隊アイアンローズ第3機甲分隊が、あんたの遠距離砲撃で全滅したの、覚えてるでしょう? 私はあの地獄で半身が焼けたけど、あんたへの憎しみを糧にこうして生き返ったのよ。今度は、あんたを這いずり回らせてやる番……!」
レナをにらみつけようとしたヴァイラの眼が、ふと背後に漂う幽霊と目を合わせた瞬間――
「……ま、待って……あれ……なに?」
「まさか……あれって……うそ、やだ、こっち来ないで来ないで来ないでぇぇぇぇーーー!!」
ドガガガガガッッッ!!!
ものすごいスピードで六脚が動き、ヴァイラは後方へ飛び退いて逃げていった。
………ボリスがしばし沈黙のあと、呟いた。
「何が起きてるのかわからんが…今日は負ける気がしねえな…」
レナは溜息混じりに頷いた。
白い幽霊はまだ、何も言わず、ただ静かに空に浮かんでいた。