kn視点
「ん…」
若干の倦怠感が残る中、重い瞼を持ち上げて、
うっすら目を開ける。
あれ、俺なんで寝てんだ…?
そういえばさっきまでバイトで…
「っ!!?」
バイト中だったことを思い出して、慌てて起き上がる。
やばい、仕事しない…と…?
「あれ…?」
起き上がって目に入った光景に首を傾げる。
「どこ、ここ…」
たくさんの本が並べられた本棚。
必要最低限の家具。
俺が起きた場所は見知らぬ部屋のベッドの上だった。
「え、いや、、は、、?」
状況が分からず、頭が混乱する。
さっきまでバ先にいたはず…じゃあここは…?
もしかして攫われた?
いやドラマじゃあるまいし…
「!」
悶々としていると、布団がもぞもぞと動いた。
「え…」
布団に誰かいる…!?
「んん…」
「……は?」
起き上がってきた人物を見て、目を見開く。
「なんだお前、やっと起きたのか。」
「スマイルさん…?」
…起き上がったスマイルさんに事情を聞くと、俺が勤務時間外になっても起きず、家も知らなかったため、仕方なく自分の家に連れてきたらしい。
まさか、バイト中に寝るなんて失態を犯すとは思わず、背中に冷や汗をかく。
「すみません、ほんと…」
ベッドの上で項垂れていると、起き上がったスマイルさんがカーテンを開けた。
どうやら朝になるまで寝てしまったみたいだ。
眩しい光が目に差し込み、顔を顰める。
「別に俺は構わないが、仕事中に寝るくらいだったらバイトに来るな。迷惑になる。」
こちらを見ず、淡々と話すスマイルさんが怒っているのは目に見えてわかった。
(あー、どうしてスマイルさんと一緒のシフトの時に限って…)
「すみません…もう絶対しません。」
俺がそういうと、スマイルさんは大きくため息をついた。
そして少し考えたあと、こちらを見る。
「…朝飯作るけど食うか?」
「え、いいんですか…?」
「…ついでなら。」
スマイルさんに言われ、時計を見る。
時刻は6時半だった。
そういえば、昨日は夜ご飯を食べていない。
(…)
自身のお腹と、スマイルさんの顔を交互に見る。
「…じゃあ、いただきます。」
空腹には勝てなかった。
キッチンで朝食をつくってくれているスマイルさんをソファで待つ。
人の家のソファの座り方の正解が分からず、何度も足を組み直していると、キッチンで作業をしているスマイルさんの影が、目に入った。
まさか、スマイルさんが家まで運んでくれるとは思わなかった。
あの人なら、絶対店に放置しそうなのに…
家まで運んで、朝飯までつくってくれるなんて。
案外暖かいところあるんだな…
ボーッと待っていると、本棚に置かれたたくさんの本が目に入った。
哲学の本だ。
日本人から外国人まで様々な著者の本が並べられてる。
どれも難しそうな本だった。
「できた。」
「!」
部屋を見ていると、スマイルさんが2人分の皿を持ってきた。
ご飯に添えられた、キムチと春雨スープ。
どれも湯気が上がってて美味しそうだった。
「冷めないうちに食え。」
「…いただきます。」
2人で手を合わせて、箸を持つ。
出来たてのそれらは、温かくてどれも美味しかった。
そういえば、ちゃんとご飯食べたの久しぶりな気がする。
「すみません、ご飯までいただいちゃって…」
「別にいい。」
スマイルさんは素っ気なくそういうと、春雨スープに口をつける。
「そういえばお前。」
「?」
「最近シフトよく入ってるが、そんなに金が必要なのか?」
「っ!」
スマイルさんの言葉にビクッと肩が跳ねる。
「いや、まぁ、はい…」
俺が曖昧に答えると、スマイルさんは一瞬怪しげにこちらを見たが、すぐに視線を戻した。
「…そうか。」
「…」
「困ってることがあるならいつでも言え。」
「え?」
「相談にはのる。」
そういったスマイルさんの顔は真面目で、なんだかイメージに似つかなくて少し笑ってしまった。
笑った俺の顔を、スマイルさんが怪訝そうに覗き込む。
「なんだ?」
「ふふ、なんでもないです。」
苦手な先輩なのに、一緒にいるのが苦じゃなかった。むしろ、居心地がいい。
時計の針だけが、響く部屋の中。
猫舌なのか、出来たてのキムチを何度もフーフーしているスマイルさんをじっと見つめる。
『相談にはのる。』
そういったスマイルさんの言葉が脳内に蘇る。
もう、全部言ってしまおう。
そう思えるくらいには、この空間は暖かかった。
箸を置いて、スマイルさんの方を見る。
「あの、」
「?」
「聞いてほしい、話があって…」
Broooockのことを全て話した。
セフレのこと、お金のこと、ぜんぶ。
話していると、客観的に見れば俺は凄く意味の無い恋をしてることに改めて気づいた。
馬鹿だな。やっぱり。
Broooockが俺の事好きになるわけないのに。
ひとしきり話し終え、ゆっくり息をはく。
罵られる、と思った。
それくらい馬鹿で現実味のない恋をしている自覚があったから。
スマイルさんの方を見れずに俯く。
下を見ると、おそらく洗い物のし過ぎでカサカサになったであろう手が目に入った。
自分の体調管理も出来なくなるくらいまで働いて、人に迷惑掛けて…
俺、なにしてんだろ。
「…はっきり言うが、」
「!」
「お前のしてるそれは恋愛じゃない。」
「っ…」
放たれた言葉がグサッとささる。
『恋愛じゃない』…。
「金が絡む関係なんて、いいように利用されてるだけだろ。」
「…」
正論を言われ、俯いていると、
スマイルさんがハッとしたように言葉を紡いだ。
「…言いすぎた。」
「いや、大丈夫です…」
膝の上で、拳を握る。
「ずっと、気づかないフリしてただけなんで。」
「…そうか。」
「その…」
「?」
「…俺、今まで自分ばっか夢見てきたせいで、友達にもたくさん迷惑かけちゃって。今日だってスマイルさんにも…」
「…」
「なんで、こんなことしてるだろうなって…」
きりやんやスマイルさん達にたくさん迷惑をかけた。
全部、俺の身勝手な行動のせいで。
「ほんと今更だし、自分勝手なのは理解してます。でも…」
目頭が熱くなって、視界が滲む。
これ以上、周りに迷惑かけて、不快な思いさせるぐらいなら…
「もう、やめたい。」
「…」
「ぜんぶ、終わりにしたいです。」
「…そうか。」
俺の言葉にスマイルさんは、視線を下げる。
俺も、顔を上げることは出来なかった。
「すみません、こんな我儘聞かせちゃって…」
「いい。…むしろそれは、みんなが望んでることなんじゃないか。」
「…はい。」
「安心しろ。お前を責めるやつはいない。」
スマイルさんに言葉をかけられる度、涙がこぼれそうになる。
ふとスマイルさんがリモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。
映ったのは家電量販店のテレビショッピングで、音量は少し大きめだった。
でも泣いているのがバレたくなかった俺には、ちょうどよかった。
鼻をすする音も、泣き声も、すべてテレビの音にかき消され、この空間がひどく落ち着く感覚がした。
「ひとりで帰れるか?」
ひとしきりゆっくりさせてもらった後、
今日も大学の講義があるから家に帰ることにした。
玄関まで見送りしにきたスマイルさんが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「大丈夫です。マップ見るんで。」
「そうか。」
「…今日はありがとうございました。」
「べつに。」
「また今度お礼しますね。」
そう言ってドアを開けようとした時、
「…きんとき。」
背後からスマイルさんの声が聞こえた。
振り返ると、綺麗な紫色の瞳と目が合った。
真っ直ぐ俺を見る瞳に釘付けになる。
やっぱり、顔はびっくりするぐらい綺麗だな…
「…なんですか?」
俺が聞いても、スマイルさんは喋らない。
視線を泳がせて、口をモゴモゴとさせている。
ほんの一瞬だけ、口を開きかけて閉じた。
その様子を不思議に思って首を傾げていると、スマイルさんが意を決したかのようにこちらを見た。
「…俺は、応援する。きんときのこと。」
「え、」
「……じゃあな、気をつけて帰れよ。」
スマイルさんは早口でそう言うと、リビングへと消えていった。
(どういう意味だろ…)
追おうと思ったけど、もうすでに靴を履いてしまっていたから、そのまま部屋を後にした。
スマホでマップを見ながら、最寄りの駅まで歩く。
何気に、Broooockとの関係を話したのはきりやん以外では初めてかもしれない。
まさか、その初めてがスマイルさんになるとは。自分でも思いもしなかった。
歩きながら、今後のことを考える。
今日色々話して、ようやく踏ん切りがついた。
終わらせる時が来たのもしれない。
冷たい朝の空気が肺に入る。
とりあえず家に帰って、きりやんに連絡しよう。
そう決めて、1歩踏み出した時。
「!」
ポケットの中のスマホが振動した。
こんな朝早くから一体誰だろう。
そう思いながら、慌ててポケットの中を探る。
「え、」
スマホの画面に写る名前を見て、目を見開く。
…Broooockだった。
「…も、しもし?」
震える指先で応答ボタンを押して、スマホを耳にあてる。
『あ、もしもし?きんとき?』
機械越しに聞こえるのは、聞きなれた大好きな声。
「…なに。」
動揺してるのを悟られないように声を出すと、こちら側の気持ちを知りもしない軽薄な声が耳に入った。
『明日ヒマ?あ、別に急ぎじゃないんだけどさ〜、会えたら嬉しいなって。』
「っ…」
『あ、もしかしてバイト?』
「いや…空いてる。」
今のままではダメだ。確実に。
『よかった~!じゃあ明日の朝また連絡するね~!』
「うん。」
終わらせるしかない。
Broooockとの関係を。
通話終了ボタンを押して、ゆっくり深呼吸をする。
明日、Broooockと会って話そう。
コメント
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早く、!早く離れちまえ!!って思ってる自分と、依存しろ!って思ってる自分が居る、…😭