とにかく、我慢我慢。
私みたいに思ってる女子社員が他にいないことを願う。
「失礼します」
私は、席に戻って仕事の続きをした。
あまり深く考えないようにしよう。本気で誘われたわけじゃないんだから。
でも、もし次に何か言われたら……さすがに柊君に話そうと思う。
私は、チラッと社長室を見た。
ガラス張りの部屋の中で、兄弟2人が会話してる。その光景は、ドキッとするくらい絵になってて、私の心を鷲掴みにした。
嘘みたいに眩し過ぎる2人を数秒間見つめ、誰にもわからないよう呼吸を整えてから、私はデスクの上の資料整理を始めた。
これが済んだら会議に出る。プロジェクトの成功のため、できる限り尽力したいと思ってる。
確かに、柊君の仕事ぶりに比べたら、私なんて会社への貢献度は微々たるものだけど…
でも、採用面接の時に言った言葉に責任を持たないと……って、ずっとそう自分に言い聞かせて頑張ってる。
やりがいのある仕事に携わって、たくさんの人の役に立てるよう成長したいって、偉そうに言ってしまったから――
今はまだまだ力もない私だけど、成長したいって本気で思ってる。だから、結婚してもしばらくは仕事を続けていくつもりだ。
「柚葉、お疲れ様。今日も頑張ってたね」
がむしゃらに仕事と向き合ってたら、1日が慌ただしくあっという間に過ぎてゆく。
柊君の優しい励ましの言葉と笑顔があれば、1日の疲れなんて一瞬で吹き飛ぶ。
栄養ドリンクなんて必要ない。
「柊君もお疲れ様でした。今日は、ずっと樹さんと部屋にこもってたね」
「ああ。樹、本当に吸収が早いから助かるよ。何を言ってもすぐ理解するし、僕よりも良いアイデアを持ってる時もあって。ますますやる気が出てきたよ。負けられないって」
兄弟で切磋琢磨してて、すごい。
私も……2人には到底及ばないけど、色々見習って頑張りたい。
「ねえ、柚葉。次の日曜日、久しぶりにデートしない?」
突然の誘いに驚いた。
「本当? いいの? すごく嬉しい」
デートって響き、何だか照れる。
柊君とは忙しい合間を縫って、たまにデートはしてるけど、いつまで経っても毎回ドキドキする。
「ほら、僕の部屋のカーテンとか替えようって言ってたし、一緒に暮らすのに他に揃えたい物もあるしね」
「うん、そうだね。小物とかも買い物したい」
一緒に暮らす――
そのワードにキュンして、嬉しくなった。
大好きな柊君と、これから毎日ずっと一緒にいられるんだ。
「あと、映画も観ようよ。観たいのがあるんだ。その後は、食事して……。そうだな、久しぶりに夜景でも見ようか」
映画に、食事に、夜景なんて、今からすごく楽しみだ。
「嬉しい。連れてってほしいな。前に見た夜景、すごく良かったから」
「そうだね。寒いから暖かくして見よう。今の季節、空気が澄み切って、きっとすごく綺麗だと思うよ。晴れたらいいね」
柊君と2人だけの時間が、私の1番好きな時間。
今から日曜日が待ち遠しい。
私は自然にこぼれる笑みを堪えながら、会社を出て、マンションに戻った。
部屋に入ると、すぐに夕食とお風呂を済ませ、ソファに座って読みかけの恋愛小説を開いた。ちょうどイケメン社長がヒロインの女子社員と会話してるシーンだ。何気ないやり取りに頬が緩んでしまう。
読み進めていたら、何だか急に柊君の声が聞きたくなった。
今日1日大変だった柊君に悪いと思いながらも、話したい衝動が抑えられない。あの優しい笑顔が頭に浮かんで消えてくれない。
我慢できずに、私はとうとうスマートフォンの画面に柊君の名前を表示させた。
「どうしたの? 柚葉、大丈夫?」
柊君はすぐに出てくれて、快く私に付き合って、優しい声で話をしてくれた。
「疲れてるのにごめんね」
「そんなこと気にしないで。大丈夫だよ」
柊君の声……すごく癒される。
私達は、夜中を回る頃までいろんなことを話した。
そして、「おやすみ」とささやき合って会話を終え、私はベットに入った。
しばらくは、幸せ過ぎて夢見心地だった。
そのうち、温かい羽毛布団は、仕事で疲れた私の体を包み込み、気持ち良い眠りを誘った。
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