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放課後の帰り道、いつもと同じ駅に向かって歩いていたはずなのに、気づけば見知らぬライブハウスの前に立っていた。
「本日限定公演」
そう書かれた小さな看板に、不思議と胸が高鳴る。引き寄せられるように扉を開けると、中は柔らかな光と心地よいざわめきに包まれていた。
ステージに現れたのは、どこかで見たことのある三人組。
軽やかなピアノの音が鳴り響き、ボーカルがマイクを握る。
――その瞬間、空気が変わった。
透き通るような歌声が、まっすぐ心に届く。
気づけば私は最前列にいて、彼らの音に全身を委ねていた。
曲の合間、ボーカルがふっとこちらを見て微笑む。
「君、初めてだよね?」
驚いて言葉を失う私に、ギターの彼が軽く手を振り、ドラムの彼はリズムを刻みながら楽しそうに笑っている。
「大丈夫、音楽は誰でも歓迎するから」
そう言って始まった次の曲は、まるで私のために歌われているようだった。
不安も、迷いも、全部包み込んでくれるようなメロディ。
涙がこぼれそうになるのをこらえながら、私はただ立ち尽くしていた。
演奏が終わると、会場は静まり返る。
そしてボーカルがもう一度、優しく言った。
「また来てね。現実でも、夢でも」
その言葉と同時に、視界がふっと白くなる。
――次に目を開けたとき、私はいつもの駅のホームに立っていた。
さっきまでの出来事が夢だったのか、それとも…。
ポケットの中に、見覚えのないライブチケットが一枚。
そこには小さくこう書かれていた。
「また会おう」
胸がじんわりと温かくなる。
きっとあれは夢なんかじゃない。
そう思いながら、私は静かに笑った。
ポケットの中のチケットを、何度も確かめるように握りしめたまま、私は電車に揺られていた。
あの夜――いや、“夢”だったはずの出来事が、どうしても現実のように思えて仕方がない。
チケットに書かれている日付は、今日。
場所は見たことのないライブハウスの名前。
半信半疑のまま、その場所へ向かうことにした。
———
たどり着いたのは、やっぱりあの場所だった。
昨夜と同じ、少し古びた外観。でも確かにそこに存在している。
恐る恐る扉を開けると、昨日と同じ音と光が広がっていた。
そしてステージには――
Mrs. GREEN APPLE。
思わず息を呑む。
夢じゃなかったんだ。
その瞬間、ボーカルの大森元貴がこちらに気づいたように微笑んだ。
「来てくれたね」
まるで約束していたみたいに、自然な声。
藤澤涼架は軽く手を振り、若井滉斗はギターを鳴らしながら楽しそうにこちらを見ている。
「今日はね、ちょっと特別な日なんだ」
そう言って始まった曲は、昨日とは違う、でもどこか懐かしい旋律だった。
歌詞のひとつひとつが胸に刺さる。
まるで、自分のこれまでやこれからを全部見透かされているみたいに。
気づけばまた涙がこぼれていた。
演奏が終わると、今度は彼らがステージから降りてくる。
観客はいるはずなのに、不思議とこの空間には私と彼らしかいないような感覚。
「ねえ」
大森がすぐ目の前で立ち止まる。
「現実、ちょっと怖い?」
突然の問いに、私は言葉を失う。
でも、図星だった。
将来のこと、人間関係、自分のこと。
全部が曖昧で、不安で。
小さく頷くと、彼は優しく笑った。
「大丈夫。音楽は逃げ場じゃなくて、進むためのものだから」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
藤澤がそっと言う。
「また迷ったら来ればいいよ」
若井も続ける。
「その代わり、現実でもちゃんと生きること」
少し厳しいけど、優しい声。
私は涙を拭いて、今度はしっかり頷いた。
「……うん」
すると大森が、ポケットから小さなピックを取り出して手渡してくる。
「これは現実に持っていけるやつ」
いたずらっぽく笑う。
「チケットと一緒。証拠」
その瞬間、また視界が白くなっていく。
———
目を覚ますと、自分の部屋のベッドの上だった。
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
夢…?
そう思いながら手を開くと、そこには――
小さなギターピック。
そして机の上には、あのチケット。
思わず笑ってしまう。
怖かった現実が、少しだけ違って見える。
きっとまた迷うこともある。
でもその時は――
ポケットの中の小さな証拠を握りしめればいい。
そう思いながら、私は静かに立ち上がった。
それから数日後。
私は以前よりも少しだけ前向きに、日常を過ごせるようになっていた。相変わらず不安は消えないし、うまくいかないこともある。でも、あの夜の言葉がふとした瞬間に背中を押してくれる。
ポケットの中には、あのピック。
机の上には、あのチケット。
どちらも、夢だったとは思えないほど確かにそこにあった。
———
ある日の帰り道。
イヤホンを耳に差し込んで再生したのは、Mrs. GREEN APPLEの曲。
不思議と、あのライブハウスで聴いた音に少し似ている気がした。
(また会えるのかな…)
そんなことを考えながら歩いていると、ふいにイヤホンの音が途切れた。
ノイズが一瞬走る。
そして——
「ねえ」
聞き覚えのある声。
思わず立ち止まる。
周りを見渡しても、誰もいない。
でも確かに、今——
「ちゃんと進んでる?」
イヤホンの奥から、あの声が響いた。
驚きと同時に、胸が熱くなる。
「……うん」
小さく呟くと、まるでそれを聞いていたかのように、ふっと音が戻る。
再び流れ出したメロディは、さっきまでと同じはずなのに、どこか違って聴こえた。
———
その週末。
私は思い切って、ひとりでライブに行くことにした。
現実の、ちゃんとした会場。
チケットを握る手は少し震えていたけど、あの時言われた言葉を思い出す。
「現実でもちゃんと生きること」
会場に入ると、たくさんの人の熱気に包まれる。
夢の中みたいに静かじゃない。
ざわめきも、期待も、全部リアル。
そしてステージに現れたのは——
Mrs. GREEN APPLE。
歓声が一斉に上がる。
その中で、私はただじっと彼らを見つめていた。
夢と同じ人たち。
でも、確かに“現実”の彼ら。
音が鳴った瞬間、全身に鳥肌が立つ。
(ああ、同じだ)
あの時感じたものと、同じ。
いや、それ以上に強い。
曲の途中。
ふと、大森元貴が客席の方を見渡す。
ほんの一瞬、目が合った気がした。
気のせいかもしれない。
でも——
彼は、ほんの少しだけ笑った。
あの夜と同じ、優しい笑顔で。
涙がこぼれる。
でも今度は、不安じゃない。
ちゃんとここに立っている自分が嬉しくて。
演奏が終わりに近づく頃、私はポケットの中のピックをそっと握った。
(ありがとう)
声には出さない。
でも確かに伝えた。
すると、最後の曲のラストで——
ステージの照明がふっとこちらを照らした気がした。
ほんの一瞬。
でも確かに。
———
ライブが終わり、外に出ると夜風が心地よかった。
空を見上げる。
もう、あの不思議なライブハウスは見当たらない。
きっともう、あそこに行く必要はないんだと思う。
代わりに、ちゃんとこの世界で進んでいく。
ポケットの中のピックを、もう一度握る。
そのとき、ふと気づく。
ピックの裏に、小さな文字が刻まれていた。
「またどこかで」
思わず笑ってしまう。
「うん、またね」
そう呟いて、私は歩き出した。
今度は迷わずに。
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