約80億の世界人口の内、実に60%近くの人間が都市部に集中して暮らしている。都市部を浄化し、ウィルスどもを滅菌すれば、より多くの人々を救えるのではないか?
緯線に沿って、不動明王は都市から都市へと飛び続けた。大通りから路地裏まで、全身から発する炎のオーラで大気中のウィルスを焼き付くす。
聖なる焔で不浄なるものたちを無へと還す、不動明王の面目躍如といったところか。
「杉花粉、PM2.5だけではありません。新型ウィルスさえもなんと、99.9%の除菌率を実現。不動明王の驚異の実力を、ぜひ皆様のご家庭で実感して下さい。ご注文は、フリーダイアル……」
孔雀の奴なら、これくらい言いそうだ。不動明王の顔に、微かな笑みが浮かぶ。
南北アメリカ大陸を縦断し、太平洋を横断し、不動明王は最初の地「東京」へと戻ってきた。ウィルスと闘いながら、地球一周をやってのけたわけだ。
人ならざる身とはいえ、身体への負荷と疲労感は凄まじいものがあった。自分が想像していた以上に、この仕事は大変なようだ。
「決して無理をしてはいけませんよ」
師の言葉が脳裏をよぎる。
「お許し下さい師匠。私は退くわけにはいかんのです」
笑うのを止めようとしない膝と腿を平手で何度か叩いて気合いを入れると、明王は次なる仕事にかかった。
昔、不動は孔雀明王とこんな論議をしたことがあった。人間の子供たちが時折口にする「元気玉」とやらを、実際に神仏が行ったらどうなるのか、と。頭の回転が早い孔雀がザッと試算し、MW(メガワット)級の商用原子炉を1ダース並べてフル回転させた程のエネルギーが得られるという答えが出た。
では、その逆は?世界中の全ての人々に、神仏が、己が生命エネルギーを等しく分け与えたらどうなるか?
悪友は肩をすくめ、生真面目な友人に答えた。「栄養ドリンクを一滴か二滴ずつ配るようなもんだ。手間と効果を考えりゃ、やらない方がマシってもんさ」
なる程、確かにそうかもしれない。お前は、私より遥かに頭がいいしな。
だが、ーーやる。
生命エネルギーを分け与える相手を、世界中の医療関係者に絞る。こうすれば、相手の数も、グッと減り、一人当たりに分け与える量も、一滴二滴とはいわず、コップ半分のエナジードリンク位のエネルギー量になるかもしれない。
丹伝に力を込め、身体中の力を集め、一気に放出する。
全身を針で刺されるような痛みと、目の前の景色がグニャリと歪んで見える程の、酷い目眩を感じた。
効果は……どうだろう?
分からない。一人でも多くの人間が、ほんの一瞬でも疲労と苦痛を忘れることができたのなら、それでいい。
深呼吸を何度か繰り返し、呼吸のリズムを整えると、不動明王はまた飛んだ。