彼は俺のコップになみなみ一杯の焼酎を注ぎ、「集まり散じて~ 人は変われど~ 仰ぐは同じき~ 理想の光」と、校歌を歌いはじめた。その隣で俺は、鳴りだした時計台の鐘の音を聞きながら、学生時代、ここで英治と弘子の3人で飲んだ日を思い出した。あのときも、この鐘の音を聴いてたっけ。
そういえば、あの日も焼酎だったっけ。しかも、今日と同じ紙パックの。
そういえば、カップもこんな、ぺらぺらのプラスチック製だった。
ああ、そういうことだったのか。
気づいてしまった。
コンビニで買い物をするのも、
バーではなくこの場所で飲むのも、
高級ワインではなく焼酎なのも、
しっかりしたコップではなく、わざわざこの薄っぺらいプラスチックカップなのも、
つまみが柿ピーやおでんではなく、わざわざさきいかなのも、
きっと弘子が羽田氏に伝えたに違いない。
考え方、生き方は違っても地位は違っても同じ母校の魂を分かち持つものとして。羽田さんは、俺にそんな感情を持っているような気がしてきた。
羽田さんは、一人で歌い続けている。校歌のあとは、第二校歌。
さきいかを食べる。
よくかむ。
ちょっと待てよ。
なんかヘンだと思ってたんだ。
数週間前のいつだったか忘れたが、真夜中の掃除バイト中に奈保子が突然店に現れたことがあった。「たまたま通りがかったら健太さんがいたの」などと言って、俺の休みの日を聞いてきたな、そうなると、卓がわざわざ今日を指定してきたのも、あつかましくも、今日はタダでいいけど次回はおごれと言ってきたのも、忙しいはずの羽田さんがこうして、新聞紙の上に座って焼酎とさきいかで歌っているのも、明日を前にする俺の気分をなごませる、心憎いまでの演出なのか。焼酎を飲む。まてよ。となると、マスターに明日のことを知らせたのは奈保子だ。サークル幹事長なら、無口なマスターと話す機会だって持てる。
みんな、俺のことを見捨てたわけじゃなかったのか?
「いやいやロレロレ結構廻ってきたな。ああそうそう、話はかわるが、若い頃の社長は、君と似て自己中な男だった」と羽田氏は言った。失礼な、と思ったが「俺も、少しは変わりましたよ」と答えるだけで精一杯だ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!