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~シェルドハーフェン某所~
薄暗い広間には上質な家財が並び、普及し始めた電球によって淡く照らされていた。そして、中心には紅い絨毯が敷かれてその上には上質なテーブルが置かれ、椅子が並べられていた。その内二つには女性が腰かけていた。
一人は腰まで伸ばしたピンクの髪を持ち、大胆な服装をした気の強そうな女性。すなわち、『オータムリゾート』総支配人リースリット。
もう一人は紫のローブと三角帽子を被り、気だるそうな雰囲気を纏った魔女。『海狼の牙』代表サリアである。二人は静かな広間思い思いに過ごしていた。具体的にリースリットはテーブルに座り退屈そうにしており、サリアは大きな魔導書を読んでいた。
「おいおい、今回も誰も来ねぇじゃねぇか!」
退屈すぎて叫ぶリースリット相手に、サリアは視線だけを向けて苦笑いする。
「まあ、『会合』の定例会なんてこんなものよ。むしろ毎回律儀に参加してる私達が異常なのよ?」
「そりゃそうだけどよぉ。町が安定してるから稼げるんだぜ?」
「それが分かってるような人は少ないってことよ。『会合』なんて名前があるけれど、実際には大勢力の集まりでしかないわ」
「分かんねぇなぁ、安定してこその商売だろうに」
「良いじゃない、他所の事は。景気はどうかしら?」
「おう、順調だよ。十六番街からようやく収入が出てな。まだまだ赤字だけど、その内逆転するつもり。そっちは?」
「貴女が隣接してる十六番街を抑えてくれたから、交易の数が増えたわ。つまり、利用料を取ってるうちもぼろ儲けよ」
「そりゃなによりだな。このまま協定は維持ってことで良いよな?」
「貴女がシャーリィを見限らない限りね」
「安心しろよ。それはあり得ねぇ話だからさ」
「それなら仲良くやれそうね。これからも……あら?」
その時、広間に足音が響き暗闇からビジネススーツを纏った男性が現れた。
「ほほぉ?こいつぁ」
「珍しい人が来たわね。貴方が参加するなんて何年ぶりかしら?セダール?」
現れたのは、黒い短髪にメガネを掛けて神経質そうな表情を浮かべた紳士であった。
彼の名はセダール=インブロシア。『会合』に属する巨大組織『カイザーバンク』の総取締役であり、『金融王』と呼ばれる男である。
「やはり今回も参加していましたか。時間の無駄にならず幸いです」
二人には応えずテーブルに近寄る。
「無視かよ。それで、いつも忙しそうなアンタがどんな風の吹き回しだ?」
リースリットがテーブルに腰かけたまま問い掛ける。
「相変わらず品性の欠片もない態度ですね。淑女らしさとは程遠い」
「あ?なんだ、喧嘩するか?」
「止めなさい、リースリット。それで、セダール。貴方何か用事があるんでしょう?」
「話が早くて助かります。貴公らは『暁』と交友関係があると聞き及んでおります」
「なんだよ、『暁』が気になるのか?」
「如何にも、『エルダス・ファミリー』を打ち倒した手腕は評価に値します。それに、最近はギルドへの配慮を無くして大々的な商売を開始した。投資先として魅力的に写りますのでね」
「耳が早いわね。あそこに投資すれば羊皮紙ギルドがうるさいわよ?」
「あの植物紙の有用性を鑑みれば、どちらが有益か論を待ちません。我々としても植物紙を大々的に取り入れたいと考えていますので」
「それで?口利きをして欲しいのか?」
「口利きは必要ありません。情報を提供して欲しいだけです」
「なんだよ、それなら……」
「リースリット、ダメよ」
話そうとしたリースリットをサリアが止める。
「何だよ?サリア」
「この男、いや『カイザーバンク』は『血塗られた戦旗』に融資してるわ。それもかなりの額を」
「何だって?」
リースリットの視線が険しくなるが、セダールは涼しげにそれを躱す。
「流石は『海狼の牙』、耳が早いですな」
「白々しい、港湾で取引をしてるくせに」
ここで始めてサリアの視線に敵意が帯びる。
「それは失礼。『海狼の牙』のお膝元。これ程安全な取引場所は存在しません。対価はお支払した筈ですが?」
「取引そのものは良いのよ。港を荒らさなくてうちの邪魔をしないならね。問題は、それを知っててリースリットに話を持ち掛けたことよ」
「騙すつもりだったのか!?」
「騙すとは人聞きの悪い。私は新しいビジネスについての話をしているだけですよ」
「ビジネスですって?」
「先の抗争で、『血塗られた戦旗』は裏で動きながら何の旨味も得ること出来ませんでした。まあこれは『暁』の予想外の粘りと『オータムリゾート』の参戦、なにより彼らの立ち回りが下手だったことが要因ですが」
セダールは言う。獲物を取り逃がした『血塗られた戦旗』はまだ勢力拡大を諦めていないと。
「なんだぁ?十六番街に手ぇ出すなら潰すまでだ」
「彼等も其処まで愚かではないと信じたいですね。狙いは『暁』、正確には彼等が支配する『黄昏』の町ですよ」
「まるでハイエナね。でもそれだと『エルダス・ファミリー』の二の舞よ」
「ええ。ですがこの三年で『暁』が台頭したのは最新兵器を惜しみ無く導入していることに因るもの。だから資金を提供したのです」
「あの傭兵上がりにシャーリィと張り合える頭があるとは思えねぇけどな」
「ごもっとも。私も彼等の抱える『殺し屋二人組』に期待しているに過ぎません」
「あちこちで惨殺してるって二人組ね。そんな情報を私達に教えて良いのかしら?」
「シャーリィに教えちまうぞ?」
「構いません。我々としては騒ぎが起きることを望んでいるのですから。どちらが勝利しても、投資した分を回収するだけです。担保としてね」
「……貴方まさか、十五番街を奪うつもり?」
サリアの囁きに、リースリットが目を見開く。
「なっ!?そんなのありかよ!?」
「あくまでも投資、いえ融資に過ぎません。返済の当てがないなら、担保を回収するだけです」
「その事、『血塗られた戦旗』は知ってるのかしら?」
「彼等に契約書を隅々まで読む知恵があるならば、ね。もうサインは頂いたので、契約は成立しています。後から変更はできないと明記されています」
「……屑だな、てめえ」
「心外ですね。私はこの町でも良心的のつもりですよ。少なくとも、いきなり暴力に訴えるような野蛮な振る舞いはしませんから」
「『暁』と『血塗られた戦旗』を争わせて、美味しいところだけをごっそり掠め取るつもりの貴方の方がよっぽど野蛮だと思うけど」
「文化的だと思いますがね。それで、『暁』に関する情報を提供して頂けますか?もちろん対価は用意しますが」
「断るっ!『暁』に手ぇ出すならうちも黙って無ぇって『血塗られた戦旗』の馬鹿に伝えとけ!」
「私も断らせて貰うわ。シャーリィに死なれたら困るし、貴方の思惑に乗っかる義理もない」
「それは残念です。それでは、次回の定例会でお会いしましょう」
セダールは踵を返して振り向くこと無く広間を出ていく。
「陰湿な野郎だ」
「厄介ではあるけれど、喜びましょう?『カイザーバンク』が目を付けるくらい『暁』が大きくなったってね」
「おう。早速レイミに教えるわ」
「こっちも準備をしておく。シャーリィには乗り越えて貰わないと困るもの」
シェルドハーフェンの巨大組織の連合体『会合』。彼等も暗躍を開始する。