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「俺はこれを見た瞬間に、犯人はおまえだと思っちまった」


やるせなさを含んだ、ちょっとだけ掠れた橋本の声を聞いてから、宮本は視線を落として画面を見てみる。


「んんっ? インプのドアの中央部分に、何かついてる感じですか?」

「そう、運転席側な。大きくしたら、何がついてるかわかるだろ」


橋本の指先がスマホの画面に触れて、それを大きく引き伸ばした。付着物が精液だとわかった途端に、宮本の躰は怒りに満ち震えた。


(俺が誤解させることを、日頃から口にするせいで、陽さんが誤解してしまったのは仕方ない。これは自分のせいだと、反省するとして――)


こんなことをした犯人に、宮本は言い知れぬ怒りを覚え、手にしている橋本のスマホが、徐々に震えていく。


「済まない、雅輝。おまえがこんなことをするはずないのにさ」

「そんなことよりも、どうして陽さんのインプが、こんなふうに汚されたんですか。大事にしてる車なのに、どうして!」


こんな遅くに、橋本が洗車をしに行った理由がわかり、宮本の怒りのボルテージが上がっていく。


「自業自得なんだ、俺のせいなんだよ」


橋本は小刻みに震える宮本の手首を掴んで、自身のスマホを抜き取ると、何事もなかったようにポケットに戻した。


「俺のせいって、陽さんは悪いことなんてしない人でしょ……」


手首を掴んでいた橋本の手が、宮本のてのひらをぎゅっと握りしめ、震えを止めようと試みる。


「何を言い出すかと思ったら。俺はおまえに悪いことをしてる」

「そうでしたっけ?」


突然握りしめられたてのひらから、橋本の熱が伝わってきて、瞬く間に宮本の震えが治まった。それがわかったからか、力を抜いて外そうとした手を、素早く宮本が握りしめる。


「……ホテルで雅輝を襲いかけた」


橋本は握りしめられた手をそのままに、バツの悪そうな感じで口を開いた。


「確かに、そんなことがありましたね」

「おまえは、無防備な俺の頬にキスして終わっているというのにさ。それ以上のことをしていないだろ?」

「もちろんですっ! 嫌われたくないですから」

「だよな、おまえは真面目な男だよ」


小さな笑みを唇に湛えた橋本は、寂しげな影を目に宿し、繋がれている手を眺める。

されるがままでいた橋本のてのひらは、いつの間にか、宮本のてのひらをしっかりと握りしめていた。


(微笑んでいるのに、どうして陽さんは悲しそうな顔をしているんだろう?)


「陽さん……」

「写真を撮って送りつけてきたヤツと、インプに変なものをつけたヤツは同一人物だ。いきなり脅してきやがった」

「脅すって、いったい何を――」


告げられた言葉が信じられず、眉根を寄せて疑問を口にした宮本の視線から逸れるように、橋本は顔を背けた。


「バーで男漁りをしているのを、雅輝に言いつけてやるってさ。このことを知られたくなかったら、言うことを聞けって。俺の本性をおまえは知ってるのに、無駄な労力を使って脅してくるなんて、本当に馬鹿げているよな」


温かい橋本のてのひらが、どんどん冷たくなっていくのを感じた。宮本は反対の手を被せて、橋本の手を温めてみる。


「その脅してきた人とは、面識があるんですか?」

「ああ、一度だけそのバーで逢ってる。20代前半の小柄な男で、感じるように抱いてあげるから、思いきって試してみろと、いきなり誘ってきた」

「……大胆ですね」


(魅力的な陽さんを抱きたいと思うのはわかるけど、面と向かって誘うなんて、俺は絶対にできない!)


「ただの馬鹿だろ。俺がタチだと言って断ってるのに、その後もしつこく誘ってきやがったんだ。その恨みが、今回のことに繋がったというわけさ」


橋本はダッシュボードに放り投げた写真に視線を飛ばしながら、大きなため息をついた。


「断ったことに恨みを持つなんて、信じられない話ですね。これって、まんまストーカー行為じゃないですか」

「それなんだけどさ、狙われているのは俺じゃなく、おまえなんだよ」

「は? 何で俺?」


(モブキャラレベルと称している、見た目の俺が狙われるなんて、寝耳に水としか言えない)


「俺と関係を持ちたいと言ってるのに、変なタイミングでおまえの話が出てくるんだ。その違和感の原因は雅輝だと考えたら、辻褄が合うんだって」

「ありえないですよ、深く考えすぎです。格好いい陽さんが狙われるのなら、わかりますけど」

「俺はフェイクだ、間違いない」


変なところに強情で、聞く耳を持たない橋本にこれ以上の反論ができず、宮本は口をつぐむしかなかった。

妙な沈黙が流れることがいたたまれなくなり、口を開きかけたら、橋本のてのひらが宮本のてのひらを強く握りしめた。

次の瞬間には橋本に腕を引っ張られ、その勢いで前のめりになった無防備な宮本の上半身は、気がついたら、大きなものに包まれていた。


「ヒッ、うはあぁっ!」


目に映るのは、見覚えのあるネクタイとワイシャツ、ブレザーの襟が少し。そして橋本の鼓動が直接伝わってきて、宮本の頭の中は一気にパニックに陥った。


(これって、陽さんに抱きしめられている状態だったりするのか!? 何で? どうしていきなりこんなことを? 汗臭かったらどうしよう。興奮のあまり、両鼻から鼻血が出ちゃったらどうしよう!?)


「雅輝、いいか。落ち着いて聞いてくれ」

「おお、おっ、落ち着いて聞く!」


そんなの無理だと、もうひとりの自分が言ってるのに、宮本は上ずりっぱなしの声で、反射的に答えてしまった。


「明日の夜、脅してきた男に逢って、きっちり話をつけてくる」

「そっ、そんなの危ないですよ。警察に相談してみるなんていうのは」

「男友達が男にレイプされそうなんです、助けてくださいってか?」

「無理です、すみませんでした……」


胸の中でしゅんとした宮本を宥めるように、橋本の手が背中を擦った。


「俺が男と話をつけるまでの明日の一日、おまえは身の周りに注意しろ。いいな」

「……陽さんそれって、何かが起こるかもしれない前提で、話をしていますか?」

「当然だろ。話をつける前に、雅輝に手を出してくる可能性があるしな」


自分の心配ばかりする橋本の躰に、宮本は恐るおそる両腕を回した。宮本の行動に背中を擦っていた橋本の手が一瞬だけ止まったが、今度は子どもをあやすように優しく叩きはじめる。


「陽さんは大丈夫なんですか? ひとりで話し合いをするなんて、どう考えても危ないですよ」


橋本から目に見える形でかけられる親切心を、宮本は恋心として勘違いしたかった。こうして抱きしめられていても、ドキドキしているのは自分だけなのが、耳に聞こえてくる橋本の鼓動でわかり、心の中で切なさをぎゅっと噛みしめる。


「ハハッ、俺は大丈夫だ。男子校でやんちゃしていた関係で、喧嘩慣れしてるしさ。何なら外に出て、取っ組み合いでもしてみるか?」


心配を滲ませた宮本の言葉を聞き、橋本は小さく笑いながら明るく答える。


「陽さんの長い足から繰り出される、ハイキックを頭に受けたら、気絶間違いなしですけど……」

「そうか」


明るく振る舞う橋本に合わせようと、宮本はいつものように思ったことを喋ってみたものの、語尾に向かうにつれて、なぜだか暗くなってしまった。


「それでも心配です」


橋本を抱きしめている宮本の腕に、自然と力が入る。密着している部分が増えたのを温もりで感じたら、耳に聞こえる橋本の鼓動が少しだけ早くなった。


「大丈夫だって。内容が内容だから、人目のあるところでの話し合いはしないが、叫べば声は響くし、もしものことがあったら警備員が飛んでくる、非常用ボタンを押せばいい」

「叫べば声が響くところ? もしかして地下にある駐車場ですか?」

「正解。住んでるマンションの地下駐車場を、向こうが指定してきた。時間は俺が仕事が終わってから」


告げられた声に導かれるように、宮本が顔を上げたら、見惚れそうになる橋本の格好いい顔が傍にあり、その衝撃で痛いくらいに宮本の心臓が高鳴った。


「バカ……。物欲しそうな顔で俺を見るな」

「だって、陽さんが俺を抱きしめたりするせいですよ」


もう少しだけ顔を近づければ、キスが可能な距離なのに、眉根を寄せた迷惑げな橋本の態度が、宮本の動きを止める。


「おまえを守りたいと思ったら、抱きしめていた」

「はあ」

「それとも欲望の赴くままに、抱きしめられたかったのか?」


背中を叩いていた手が、躰のラインをなぞるように触れながら、宮本の顎へと移動し、顔をぐいっと上向かせた。

車内灯ではっきりと見てとれる橋本の表情は、何を考えているのかさっぱりわからないような顔つきで、宮本は何を答えればいいのか困ってしまった。


(こここ、これは噂の顎クイってやつだよな。してみたいって憧れていたのに、される側になるとは、夢にも思ってなかった! そして猛烈に恥ずかしい。絶対に変な顔になってると思われる)

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