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返事に困ってるくせに、頭の中は冷静なもう一人の自分が現状を語っていて、宮本の脳の処理がどんどん追いつけないレベルに達しようとしていた。
顎に触れている橋本の指先の一部が敏感な首にも触れているため、時折くすぐったさを感じ、変な声が出そうになるたびに歯を食いしばる。
「雅輝の好みは、どっちなんだ?」
「そんなことを、言われて、もっ! 陽さんに抱きっ、抱きしめられることには変わりない、ので、どっちも選べません、です!」
宮本は変な声を出さないように、慎重に喋った。まるで小さな子どもの話し言葉みたいな状態になってしまい、あまりの恥ずかしさに顔が熱くなる。
「やっぱり、おまえの考えは読めねぇのな」
プッと吹き出した、間近にある橋本の笑顔――目じりに小さな皺を作る笑みは、すごく可愛いと思わせるものだった。それをいつまでも眺めていたくて、宮本は食い入るように見つめてしまう。
「おまえ、さっきも言ったろ。そんな目で俺を見るなよ」
「陽さんの笑顔が可愛くて、どうしても見惚れずにはいられません」
「またその言葉か。いい加減にしろ」
文句を言ったというのに橋本は笑みをキープしたまま、顎に添えていた手をするりと後頭部に移動させ、宮本の目の前に迫るものを受け止めるように固定した。
「ぅん、んっ!?」
突然の出来事に反応できず、宮本は両目を見開いた状態で、橋本からのキスを受け続けるしかない。
いきなり抱きしめられた、さっきよりも衝撃的で濃厚な行為に、ただでさえぶっ飛びかけていた宮本の思考回路が、あっさりと機能停止した。心と躰を蕩けさせるような橋本からの口づけに、すべての力が抜け落ちる。
しなだれかかるように宮本が橋本に体重をかけると、座席から軋む音が鳴った。
「ぁ、あっ……んっ」
もっと感じろというような舌の動きで、堪らず声が漏れ出る。腰から下がじんじんと火照り、熱くてどうにかなりそうだった。
宮本の全体重を受けたままでいた橋本が唇を外しかけたのを見て、慌てて顔の角度を変えて、逃げないように自分の唇を押しつけた。
「まさっ、きぃ、っ!」
体重をかけて動きを封じた宮本は、橋本からの苦情を奪う口づけをし、襲われた橋本も必死の抵抗を試みた。後頭部を掴んでいる手と背中を掴んでいる手を使って、宮本の躰を引っ張ってみたが、まったくびくともしない。
宮本としても、キスを阻止しようと髪の毛を引っ張る橋本の行為はかなり痛かったが、それでもスイッチの入った動きは止まらなかった。むしろ阻止されることで余計に意固地になって、ぐちゅぐちゅと音を立てるような、卑猥なものへと変化させる。
「やっ……やめっ」
「嫌だ。俺に火をつけた陽さんが悪い」
橋本のセリフに反論する言葉を、宮本は吐き捨てるように告げるなり、ふたたびキスをした。
「ンン、くっ!」
舌が侵入しないように、ぐっと歯を食いしばった橋本の小さな抵抗で、宮本は腰に回していた片手を、下半身にさりげなく移動させる。それをすぐに察知した橋本は、宮本の手首を素早く掴みとる。
「雅輝、これ以上は駄目だぞ……」
首を左右に力強く振って、重ねられていた唇から上手いこと逃げた橋本が、息も絶えだえ訴えるように告げた。ダメと言われても、宮本の燃え上がった気持ちと躰の熱は、簡単に収まらない。
「――陽さんが好き。陽さんが欲しい……」
「済まなかった。おまえの気持ちを知っているのに、煽るようなことをしちまって」
掴んでいた宮本の手を解放して、橋本は小さく頭を下げた。
「謝らないでください。そんなことをされたら……」
宮本は自ら躰を起こして助手席に戻り、両手をぎゅっと握りしめながら顔を俯かせ、今の現状についてやっと言葉を口にした。
好きな人に抱きしめられただけじゃなく、あんなキスをされたら嬉しくて、天にも昇りそうな気分だった。そんな想いを引きずったままだったからこそ、自分からもキスしてしまった。
(陽さんひとりが悪いわけじゃない――)
『そういう関係を、巷では何て言うか知ってるか? 都合のいい関係って言うんだ。飽きられたらポイされちまうけどな!』
江藤が苦々しい表情で告げたものが、不意に頭の中に流れる。
キョウスケが好きな橋本と深い関係になれば、江藤が口にした『都合のいい関係』になる。宮本が望んでいる、相思相愛の恋人ではない。
危なかったと宮本が心底反省していたら、膝に置いてる右手を橋本がそっと握りしめた。触れられた右手を眺めながら、橋本の存在を温もりで噛みしめる。
「安易にキスしちまった俺が言うのもなんだけどさ、雅輝を大切にしたいと考えてるんだ」
「たいせ、つ?」
この人の一番になりたい――。
「ああ。大切にしたいから、すぐにそういう関係になりたいとは考えていない」
どうすれば、この人が好きになってくれるような存在になれるんだろう?
「雅輝に昨日告白されたけど、俺としては驚きの感情が先にあった。あとからよく考えてみたら、おまえはアクションらしきことを結構していたのに、俺は全然気がついてなかった」
「だって、それはしょうがないと思います。俺のことをそういう対象に見ていなかったわけですし、陽さんが好きなキョウスケさん以外、周りに目がいかないから」
(好きになればなるだけ、自分の貪欲さを嫌というほど痛感させられる。前は告白されてはじめて、その人を意識してきた。自分から人を好きになったことがなかったせいなのかな。こんな気持ちになることを、改めて思い知った)
触れていた橋本の手が宮本の手から頭へと移動し、威勢よく頭を撫でる。
「雅輝、そんな暗い顔すんなって。おまえは充分に魅力的な男だ。じゃなきゃキスなんてしないし」
「それって本当ですか?」
子どもを宥めるように橋本に頭を撫でられているので、宮本は訝しさをそのまま言葉にした。
「俺みたいなヤツを好きになってくれる、貴重なおまえを手放したら、ずっと立ち止まったままになっても困るだろ」
宮本の質問を煙に巻くようなことを告げた橋本を、ぶーたれたままの面持ちで助手席から見つめた。
「おまえ、どうしてふてくされているんだ?」
撫でていた手の動きを止めて宮本の視線に合わせた橋本は、不思議そうな表情をありありと浮かべる。
「陽さん、何だか嘘っぽい」
「嘘じゃないって。なんつーか今回のことは正直言って、棚からぼたもちみたいな感じになるかなと考えたら、申し訳なく思っちゃってさ」
「申し訳ない?」
「そう。絶対叶わない片想いをしている俺の近くに、たまたまおまえがいて、偶然にもこんな俺を好きになってくれただろ」
「インプに乗っていただけでも、必然的に思えますけどね」
「なんだそりゃ?」
素っ頓狂な声をあげた橋本に向かって、宮本はレクチャーするように人差し指を立ててみせる。
「俺の憧れの車だったんです」
意気揚々と答えた宮本に、橋本はあからさまに顔を歪ませた。
宮本としては、運命的な出逢いの象徴になることをアピールしたかったのに、思いっきり外してしまったらしい橋本の態度で、心にちょっとだけ影を落とした。
そんな気落ちした同乗者を気遣いつつ、橋本は話を続ける。
「それはさておき。中途半端に立ち止まっていた俺を好きになってくれた雅輝の気持ちに、そのまま乗っかることに躊躇いがあるっていうか」
「遠慮なく、乗っかっちゃえばいいのに」
やや投げやり気味に口走った宮本に、首を勢いよく左右に振った橋本。
「それじゃあ俺の気が済まないんだ。おまえが想う気持ちが100あるのなら、同じくらいの気持ちで想ってやりたいだろ」
「まだ、キョウスケさんに未練があるから?」
「違うって。アイツへの気持ちは、もうないに等しい。おまえに傾きはじめてる。その証拠に、さっきキスしちまっただろ」
(傾きはじめてるって、それはもしかして――)
「陽さん、俺のことを意識して……」
「ああ。近すぎて見えていなかったところもあったから、改めて意識したらさ。たとえば、インプのハンドルを楽しそうに握りしめながら運転してるところがカッコイイとか、好きなもんについて喋るときも、キラキラしてるところがあったなとか」
橋本目線から語られる自分のことについて、はじめはまるで他人の話を聞いている感覚だった。大好きな人からカッコイイと言われるなんて、思いもしなかったから――。