テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……おい。誰だお前」
待ち合わせ場所に現れた男を、理人は思わず二度見した。 そこにいたのは、いつもの派手なメイクもウィッグも、身体のラインを強調するタイトな服も脱ぎ捨てた、見知らぬ「美男子」だった。
仕立てのいいダークネイビーのスーツを完璧に着こなし、短く整えられた地毛の黒髪を無造作にセットしている。
「失礼ね。ナオミよ……と言いたいけれど、同窓会は毎回『ケンジ』として出席するって決めてるのよ」
低く、けれど聞き馴染みのある艶やかな声。理人は毒気を抜かれたように、咥えていた煙草の灰を落としそうになった。
「……お前、黙ってりゃ相当なイケメンなのに、本当にもったいないことしてるよな」
「あら、最高の褒め言葉として受け取っておくわ。でも、これじゃあ肩が凝って仕方ないのよねぇ」
ケンジはそう言って窮屈そうにネクタイの結び目を緩めたが、その仕草ひとつ取っても、そこらのモデルより様になっているのが余計に癪に障る。
「それにしても理人。アンタ、目の下に大きなクマなんか作っちゃって。昨夜はダーリンが寝かせてくれなかったの?」
「んなわけねぇだろ、頭沸いてんのか。……あいつの話はすんな」
理人は心底うんざりした様子で吐き捨てると、再び煙草を深く吸い込んだ。 瀬名にメッセージを送ろうとしては消し、書き直しては閉じ……。結局、正解を見つけられぬまま一睡もできずに朝を迎えてしまった。
「なぁに? せっかくお膳立てしてあげたのに、上手くいかなかったの? あんまり意地を張ってると、誰かに取られちゃうかもよ?」
「……チッ、うっせーな。わかってるんだよ、そんなことは」
理人は苦虫を噛み潰したような表情で紫煙を吐き出した。 関係が決定的に拗れてしまった原因が、自分自身の臆病さと身勝手な言葉にあることは、誰よりも理解している。このままではいけないと分かっていても、昨夜の瀬名の絶望した顔を思い出すと、どうしても身体が竦んでしまう。
「はーあ。これだから恋愛初心者が拗らせると面倒くさいのよねぇ」
ケンジは呆れたような口調で肩をすくめると、大きな、男らしい手で理人の肩をポンと叩いた。
「とりあえず、辛いことは一旦忘れて今日は楽しみましょ。瀬名くんのことは後からゆっくり考えればいいわよ。時間が解決してくれることだってあるんだから」
「……お前、普段はふざけた格好してるくせに、たまに良いこと言うよな」
「ひっどーい! たまにじゃなくて、いつもよ。それに、今日のアタシはエスコート役なんだから。大人しくついてきなさいな」
「……はぁ、そうかよ」
理人は気の無い返事をしながら、最後の一吸いを深く肺に溜めた。ゆっくりと白煙を吐き出し、携帯灰皿に吸い殻を押し込む。
瀬名のことは、痛いほど胸に突き刺さったままだ。だが、今はケンジの言う通り、余計な思考を遮断すべきなのかもしれない。
「あんまり気乗りしねぇが……楽しまないと損、か」
「そうそう。積もる話もあるだろうし、みんな、なかなか来ないアンタに会いたがってるんだから」
ケンジは「男」の顔でニカッと悪戯っぽく笑ってみせると、自信に満ちた足取りで歩き出した。
普段の「ナオミ」とは違う、どこか頼もしささえ感じる親友の背中を、理人は複雑な心境で見つめながら、重い腰を上げた。
同窓会の会場となっているホテルに辿り着くと、ロビーは多くの人々で賑わっていた。 同じ時間帯に結婚披露宴が入っているらしく、受付では招待状を確認する係員たちが忙しなく動き回っている。
エレベーターへ向かう途中、打ち合わせを終えたばかりであろう新郎新婦のカップルとすれ違った。純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁は眩しいほどに綺麗で、慈しむような微笑みを浮かべている。
自分には縁のない話だ。……だが、瀬名は? もしもあいつが、誰かと式を挙げることになったら。自分は上司として、あるいは年上の男として、笑って祝ってやれるだろうか。 瀬名の隣で、自分以外の誰かが幸せそうに笑い合っている姿。そんなもの――。
「……そんなのは、嫌だ」
思わず漏れた本音は、ホテルの喧騒に紛れて誰の耳にも届かなかった。だが、理人にとっては、それが何よりの救いだった。
「ん? 何か言った?」
「いや。なんでもねぇよ」
理人は首を振って誤魔化すと、先にエレベーターへ乗り込んだケンジの後を追った。扉が閉まる直前、下りのエレベーターから降りてきた人物が、一瞬だけ瀬名に似ていたような気がして、おそるおそる振り返る。だが、そこにはもう誰の姿もなかった。
確かめる術もなく上昇を始めた箱の中で、理人は自嘲気味に口角を上げた。幻覚を見てしまうなんて、未練がましいにも程がある。
確かにホテルに泊まるとは言っていたが、こんな場所に彼がいるはずがないのだ。
(瀬名――)
会ったら何と言えばいい。とりあえず、会って、きちんと謝りたい。けれど、会えばまた傷つけてしまいそうな自分が、何より怖かった。
情けない心地のまま、最上階の会場へ足を踏み入れる。室内には、すでに懐かしい顔ぶれが集まっていた。
「鬼塚くん! 本当に来てくれたんだ」
真っ先に駆け寄ってきたのは、大学時代の友人でもある佐藤真紀だった。昔から世話好きで、学生時代は生徒会役員などを務めていた社交的な女性だ。ムードメーカーではあるが、思い込みが激しい一面があり、理人にとっては少々苦手意識のある相手でもあった。
今回、幹事を引き受けてくれたという真紀は、理人の姿を見つけると嬉しそうに目を輝かせた。
「いっつも来ないから、今回も欠席かと思ってたよ。元気そうでよかった」
真紀の屈託のない言葉に、理人は苦笑を浮かべて挨拶を交わす。
「悪いな。仕事が立て込んでいて、なかなか予定が合わなかったんだ」
そんなに喜ばれては、ケンジに無理やり連れてこられたとは言い出せない。適当な嘘で濁すと、真紀はそれ以上の追及はしてこなかった。
「仕事なら仕方ないわよね。それにしても……鬼塚くん、昔から全然変わらないわね。相変わらずの仏頂面。そんな怖い顔してたら、彼女とかできないんじゃない?」
「うるせぇ、ほっとけ。余計なお世話だ」
理人は眉間に深い皺を刻んで舌打ちしたが、彼女は気にする様子もなく、可笑しそうにクスリと笑った。
「そんなことより、ほら。みんな待ってるから」
ポンと軽く背中を押され、理人は思わずよろめいた。相変わらずガサツな女だと内心で毒づきつつ、真紀が示した先を見る。そこには、懐かしい顔がいくつもあった。
中にはすっかりメタボの中年体型になった者や、頭皮の後退が著しい者までいて、その変貌ぶりに理人は一瞬、唖然としてしまった。
「――お? 鬼塚じゃん、久しぶり! 卒業以来か?」
「マジだ、鬼塚が来た。ヤベー、超レアキャラじゃん」
わらわらと集まってくるかつての同級生たち。自分が珍獣にでもなったような居心地の悪さを感じ、理人は身を固くした。
「……お前ら、随分変わったな。その腹回りは一体なんだ。昔の面影がゼロじゃねぇか」
「うっせ、もう中年なんだから仕方ないだろ! つーか、なんでお前だけそんな若いままなんだよ」
「知るか。俺だって好きでこの見た目なわけじゃねぇ」
理人がげんなりしながら返すと、周囲に笑い声が上がった。
久しぶりに会う友人たちは、外見こそ大きく変わってしまったものの、その中身は記憶にある彼らとほとんど変わっていない。そのことに、理人は少しだけ、胸を撫で下ろしていた。