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ひしゃげて曲がった高架下、私がナナとはぐれて2ヶ月が経とうとしている。
「あれって…」
━━生体反応を確認、人類です。
胡坐を組んでいるその男は、木製の板を太ももに乗せ、紙に何かを書いている様子だった。
「珍しい、話しかけてみようかな」
━━攻撃武器の探知はありません。安全です。
「こんにちは」と声を掛けると、その男はこちらをそうっと振り向き、驚きの表情を浮かべた。
「おや、これはどうも、アンドロイドですか?」
正体を隠していた訳ではないが、アンドロイドということが見透かされて戸惑ってしまう
「あぁ突然すみませんね、妻がアンドロイドだったもんで、一目見れば分かるようになってしまったんです。」
「そういう事でしたか、奥さんは今どこへ?」
「今頃、天国で仲間と楽しくやってると思います。」
突然の打ち明けられた真実に、驚きと、話しづらい事について聞いてしまったことを申し訳なく思う、謝罪の言葉を発そうとすると、その人はなんの迷いもなく続きについて話し始めた。
「名前は『ハル』です。元は一緒に安全な集落で過ごしていたんですが、ある時突然『少し外へ出てくる』と言って、数日経っても出てこない事から『何かあったんじゃないか』と思い、準備をして、集落と外の繋がるトンネルをくぐり抜けたんです。」
男の話す唇がピタッと止まる
「辛いお話でしょうから無理して伝えなくても良いんですよ」
「いえ、すみません、この話は誰かに聞いてもらいたくて。」
「出た先には、無数に転がったセフトの死体と、左胸に槍の刺さった妻の亡骸でした」
なんとなく想像出来ていた。アンドロイドはどんな状況下であっても、半径2km以内にいるセフトには気づけるように設計されている、男の妻も、それに反応して、集落の人々を守るために戦ったのだ。
「これが私の妻に起こった出来事です。長話すみません」
「いえ、こちらこそすみません。」
「聞いてくださったお礼として、旅の邪魔になってしまったら申し訳ないのですが、私が昔に書いた小説です。ほんのお気持ちとして、宜しければ受け取ってください。」
415ページもあるその小説、題名は「晴れ」
「小説家だったのですね。」
「小説家なんてそんな、私からしたら小説を書くという行為は、昔から精神安定剤のような役割を果たしているのです。私が今小説を書いているのも妻が亡くなってしまったストレスで書いているもの、おじさんの心の拠り所なんです。」
そう話し、笑みを浮かべる男、しかしその笑みも415ページ以上の不安な気持ちから成る物、彼はもう、小説に取り憑かれている。
「榊原さん…ですか。どうぞこれからもお元気で」
「ありがとうございます。アンドロイドさんも長生きしてください。」
そう言い残し、その場を後にする。
「この本は旅の合間に読むとしようか。」
『可能ならば、ナナと一緒に。』