カチッ。
その瞬間、なんてことないはずの秒針の音がいつになく特別なものに感じたのは、目の前にいる彼のせいだろう。
「……亮平くん、誕生日おめでとう!」
『ありがとう、〇〇。今年は〇〇が一番乗りだね』
0時になった瞬間、私がお祝いの言葉を送ると、彼は心底嬉しそうに相好を崩した。
みんなから愛されている彼だから、毎年誕生日になると0時ちょうどにメンバーさんを含めたたくさんの人からメッセージがくる。
今回は付き合って初めての彼の誕生日だから、どうしても一番におめでとうを言いたくて、こうして彼の家にお邪魔しているのだ。
こんなに嬉しそうにしてくれるなら睡魔と戦いながら一生懸命起きていた甲斐もあるなぁ、なんて思いつつ、私は恐る恐る質問を投げかけた。
「でも、本当に誕生日プレゼントはあれでいいの?
そりゃものすごく高いものはあげられないけど、一年に一回の特別な日のプレゼントなんだから、何でも言ってくれていいのに……」
そう。到底サプライズなどできる自信のない私は、事前に何がほしいかを本人にリサーチしたのだけれど、彼から返ってきた言葉は思いもよらないものだったのだ。
『じゃあ、〇〇の一日を俺にちょうだい?』
だなんて。
「亮平くんと一日中一緒にいられるのは私としても嬉しいけど……本当にそんな簡単なことでいいのかなって」
『いいの。いつも会えないことも多い分、誕生日の一日くらいは最初から最後まで〇〇のこと独り占めしたいんだ』
「独り占め……」
まっすぐな瞳と真剣な声でそんなことを言われて、思わずきゅんとしてしまう。
『俺はむしろ、毎日忙しいのに、丸一日俺のために空けてほしいなんてものすごいワガママを二つ返事でオーケーしてくれた〇〇に驚いてるんだけど笑』
「こんなのワガママのうちに入らないよ笑
言ったでしょ?亮平くんと一緒にいられるのは私にとっても嬉しいことなんだから、オーケーするのは当然だよ」
『……ありがとう。俺は本当に幸せ者だね。
こんなに幸せな気持ちになれるなら、これから誕生日にはいつも同じお願いしようかなぁ笑』
亮平くんの言葉はとても嬉しいもののはずなのに、なぜか私の心には影が差した。
……この先、私はあと何回、こうして亮平くんの傍で誕生日を祝わせてもらえるんだろう?
亮平くんは芸能人だ。そもそも本来なら私のような一般人と交わることはない人で、私など足元にも及ばないほど綺麗で教養のある女性と出会う機会もたくさんあるだろう。
そういう女性たちと私、どちらが本当に亮平くんに相応しいかなんて明白だ。
亮平くんは誠実で優しい人だ。もし他の女性に気持ちが移ることがあったとしても、私を裏切れる人ではないことはわかりきっている。
もしそうなった時、私は亮平くんの幸せの足枷になってしまうんじゃないだろうか……
『……〇〇?どうかした?』
「え?んーん、何でもないよ!」
名前を呼ばれて我に返ると、亮平くんが心配そうに私の顔を覗き込んでいて、私は慌てて笑顔を作った。
こんな暗い感情、亮平くんには見せちゃいけない。こんな重い女みたいなこと言ったら、それこそ嫌われてしまう。
「それより明日、いやもう今日か、デート楽しみだなぁ〜。亮平くんどこ行きたいの?お楽しみって言われてたけどさ、もう今日のことだしちょっとくらいはネタバレしてくれてもいいんじゃないかなって……んむぅ、」
不安を隠そうとして弾丸のように言葉を連射していたら、亮平くんに優しく両頬を摘んで止められた。
『こら、何もなかったことにしないの。
〇〇の口数が極端に多い時は必ず何か隠してるんだってこと、俺もう気づいてるよ?』
「うっ……よくお分かりで……」
『どうしたの?
絶対引いたり嫌ったりしないから、よかったら話してくれない?』
亮平くんは、もしかして私の心が読めるんじゃないだろうか。
「……私はこれからも、こうやって亮平くんの隣で誕生日を祝ってて本当にいいのかな、って考えてた。
亮平くんはお仕事で、綺麗で頭のいい女の人にだってたくさん出会うでしょ?果たして私は、そういう人たちよりも亮平くんを幸せにしてあげられるのかなって……ごめん、めちゃくちゃ重いよね、」
『……話してくれてありがとう。
ねえ、ちょっとこっち来てくれる?』
不思議に思いながら、素直に亮平くんの隣にまわって座り直すと、ぎゅっと抱きしめられる。
私を腕の中に閉じ込めたまま、亮平くんは話し始めた。
『……確かに、俺は仕事でたくさんの人と出会うし、その中には女性もいるよ。
でも俺は〇〇と一緒にいたいの。 俺を一番幸せにしてくれるのも、俺が一番幸せにしたいって思うのも、どっちも〇〇なんだよ?
だから俺は、これから毎年、誕生日には〇〇に一番におめでとうって言ってほしいし、〇〇の誕生日には俺が一番におめでとうって言いたい。
だからこれからも、ずっと俺の傍にいてくれる?』
「……うんっ。
私も、ずっと亮平くんの傍にいたい……!」
私の頬を伝う嬉し涙が指で拭われて、唇にはキスが降ってきて。
亮平くんが私に触れる動作全てがあまりに優しくて、安心した私の元には、一旦遠ざかっていた睡魔がまたやってきていた。
『ふふ、すっごい眠そうな顔してて可愛い笑
元々めちゃくちゃ頑張って起きてくれてたもんね笑』
「うん……さすがにもう眠いかも……」
『じゃあ、早速誕生日のお願いその1ね?
今夜は、俺と一緒に寝てください。
俺が一緒に寝たいっていうのもそうなんだけど……〇〇が悲しい夢を見ないように、俺が守ってあげたくて。いい?』
「……!うん……!もちろん!」
亮平くんの隣で見る夢は、きっと幸せなものに違いない。
亮平くんにとってもそうだったらいいな、なんて思いながら、私は満ち足りた気持ちで眠りに就いたのだった。
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