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娘を迎えに来たしがない父親のジョン=ケラーだ。僅か10分ばかりで倉庫に辿り着いた私は、そのままドアを蹴破った。些か無作法に過ぎるとは思うが、人様の愛娘を誘拐したような連中だ。礼儀を護る必要はないだろう。
広々とした倉庫には様々な医療器具が所狭しと置かれていた。どう見ても病院とは思えないから、違法な実験などを行うためのものだろう。
その中心に白衣を着た男が4人、そして彼等に囲まれる形で椅子に縛り付けられたカレンが居た。良かった、見た限り怪我はしていないようだ。
「おいおいおい、オッサン!なんだ、ヒーロー気取りかぁ?」
「怪我をしねぇうちに帰れよ、な?」
他にチンピラ風の男が数人。どうやらあの白衣の男達に雇われたようだ。鉄パイプ、バット、ナイフ……それにピストルを持っている奴も居るな。だが、関係無い。
「いくら貰ったか知らんが、今すぐに立ち去れ。怪我をしたくはないだろう」
私としては最大限の譲歩だ。ここで下がるなら、彼等を警察に引き渡すだけで済ませるつもりだ。穏便なやり方でね。
だが私の想いは届かなかったようだ。
「あっ!?ちょっとガタいが良いからって調子に乗るなよ!オッサン!」
一人が私の胸倉を掴んできた。やはり駄目だったか。
私は彼の腕を掴み。
「えっ?はっ……!?」
そのまま少し加減をして壁に放り投げた。彼は壁にめり込み、白目になって静かに崩れ落ちた。うむ、心拍は聞こえる。死んではいない。
「は……?」
周りの男達は唖然としている。
「心配は無用だ、彼は生きているよ」
この力はティナから貰ったものだ。その力で人殺しをすれば、彼女は深く傷付いてしまう。だから最大限の加減を行う。
「ふっ、ふざけんなぁあっ!」
一人が鉄バットを私の頭目掛けてフルスイングした。見事だ、彼は良いバッターになれただろう。
しかし。
「はぁあっ!?」
私の頭に叩きつけた鉄バットは無惨に折れ曲がり、彼は目を点にしていた。
対する私の心は怒りもあるがとても凪いでいる。まるで静かな水面のように。
東洋の明鏡止水の境地とはこんなものなのだろうか?いや、私風情が語るのは傲慢だな。
私は放心している彼の腕を掴み、そのままフルスイングした。目の前に居た鉄パイプを持っていた男に直撃。二人は体を曲げながら床を転がっていった。生きてはいるな。骨は砕けただろうが。
「この化け物がぁあっ!!」
ナイフを持った男が飛び掛かってきた。私は身を屈めて彼をやり過ごし、足を掴んで少し手加減して真上に放り投げた。
彼は天窓を突き破って屋根に落下した。全身打撲だろうが、心音は聞こえる。セーフだ。
「ひっ!?来るな!来るなぁあっ!」
最後の一人がピストルを向けてきた……コイツがメリルを撃ったんだな。
怒りに染まりそうになった心を落ち着ける。間違っても殺してはいかん。ここは法治国家アメリカ、殺人は避けたい。
彼は躊躇無く引き金を弾き、飛び出した銃弾が私に向かう。まるでスローモーションのようにゆっくりと私へ迫る銃弾を躱し、彼に接近する。世界の流れは穏やかに、驚愕に染まる彼の顔を見据えて右手に力を込めた握り拳を作る。
「妹の分だ。済まないが、君にはお返しをさせて貰う!」
握り拳はまるで岩のように固くなった。胴体はいかん、内臓破裂の危険がある。ならば!
「うぉおおおおおーーーーッッッ!!!!!!!」
顔面目掛けて右手の拳を振り抜いた。些か力を入れすぎたか、床を踏み抜いてしまった。
彼は両手を交差して私の拳を受け止めようとしたが、無駄なことだ。彼の腕はまるで枯れ木の枝のようにへし折れてその顔面を私の拳が捉えた。直前で力を抜いたのは正解だったようで、あのまま全力だったから彼の頭に大穴を開けるところだった。
私の拳は彼の顔面にめり込み、勢いよく吹き飛ばした。吹き飛ばされた彼は様々な器具を巻き込みながら床に転がった。少々やりすぎたが、心音は聞こえる。大事な妹を傷付けたのだ。これくらいは許してほしいものだな。
さて、チンピラ達を一掃した私は改めてカレンを囲む白衣の男達へ視線を向けた。
「これ以上の暴力は必要ないだろう。娘を返してくれるなら、君達に危害を加えないと約束しよう。だから、悪足掻きはやめたまえ。人間引き際が大切だ」
まあ、私の研ぎ澄まされた五感にはここに迫る多数の車両の音を捉えている。サイレンからして州警察か。
ミスター朝霧が上手く手配してくれたみたいだな。
「何が……何が起きたんだ……?」
「人間業ではないぞ!?」
「まさか、宇宙人に改造されたのか!?」
「人聞きの悪いことは言わないでほしい。彼女は、ティナは純粋な善人だ。君達が考えるような悪ではないし、こんな手を使わずとも彼女は手を差し伸べてくれる。君達は判断を誤ったのだ」
私も宇宙に携わる人間として未知への好奇心や探求心を否定するつもりはないが、彼等は手段を誤った。こんなことが起きているとティナが知れば、下手をすれば二度と彼女は地球へ来なくなってしまうだろう。
「それで、返答は?」
相手は恐らくマッドサイエンティストの類いだ。此方の要望を完全に無視して予想外の行動をとる可能性がある。用心せねばと身構えていると、彼等はあっさりと手を挙げた。
「待て!待ってくれ!降参だ!降参する!」
「娘さんは返す!だから殴らないでくれ!」
こうも簡単だと拍子抜けだな、まさか罠ではあるまいな?警戒し続けていると、彼等はカレンの拘束を解いた。
「パパぁっ!」
「カレン!」
すかさず抱き付いてきた愛娘を抱きしめ、そして素早く体を確認。罠の類いは無いみたいだ。いや、私はプロではない。まだ分からん!
「では、その場に伏せて貰おうか。娘に万が一があれば、私も冷静ではいられんからな?」
「分かった!分かったから!」
「頼むからやめてくれ!私達が悪かった!」
ううむ、どうやらチンピラ相手の立ち回りは彼等の度肝を抜いてしまったみたいだ。すっかり意気消沈して怯えている彼等を見て私も少し警戒を緩めた。ああ、良かった。この体が無ければカレンを救えなかったかもしれない。
そういう意味では、また私達親子はティナに救われたな。
私は泣きじゃくる愛娘をそっと抱きしめ、無数のサイレンの音が鳴り響く夜の工場で静かに身体から力を抜いた。
過ぎてみれば、僅か一時間の出来事だったよ。
……後始末を考えると胃が痛くなってきた。新しい胃薬を買おう……。