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「決めました。わたくし家を出ます」
「お嬢様、外出なされるのですね」
「ちっがーう!家出よ、い・え・で!」
「左様で。いってらっしゃいませ」
「はぁ!?何送り出してんのよ!」
「……家出されるのですよね?」
「そうだけど!そこは引き止めるなり『私もついていきます…(キリッ)』なりしなさいよ!」
「すみませんお嬢様、私、これから銀磨きしなければいけないので」
「お嬢の家出より銀磨きが大事なの!?」
「通常業務優先という契約なので」
「きーっ!もういいわ、この大馬鹿者!わたくし、わたくし……本当に家出してやるー!」
「あっお嬢様」
「えっ?な、何?」
「昼食の後、お父上がお呼びです」
「どーでもいいわ!昼食食べないし!その頃にはわたくしもう家に居ないし!!」
「左様でしたか。それではいってらっしゃいませ」
「いってきてやるわよー!!」
……なんて押し問答したのが大体2ヶ月前。
現在わたくし、全てのしがらみを捨てて全力で自由を謳歌しておりますわ!
分刻みのレッスン、顔を合わせれば嫌味ばかりの婚約者、息もできないコルセット……あぁ、本当に家出して正解でした!そりゃあ朝は早いし、お風呂に湯船は無いし、何でも自分でやらなきゃいけないけれど……そんなの屁でもありませんわ。平民生活が性にジャストフィット。最早天啓!
今更泣きつかれても、もう家には戻りませんことよ!おーっほっほっほ!
おほほ…ほ…………
……いや、なんで2ヶ月もわたくし見つからないの?
別に髪染めたとか、男装してるとかそういう訳じゃ無いんですけど?見る人が見れば一発ですのよ?というかそもそも、捜索願みたいなのさえちっとも見かけません。まさかわたくし、探されてないなんてことありませんわよね……?
はぁ〜…今頃わたくしヴィジョンではわたくしを必死で家に戻そうとする父様や兄様を一蹴して高笑いしていたはずですのに………一回家にそれとなく戻ろうかしら。でもでも、それはなんか負けた気がしますわ……!
となると、結局ここから動けませんわ!まさかわたくし今、自由に見せかけた不自由!?
……………。
「全部が全部、そう上手くはいかないのかしらね…」
「あぁ、こちらにいらしたのですね」
「ぎゃぁっ!?……って、お、お前はあの時の…… 超☆無☆礼な執事!?」
「闇遊戯やってそうですね」
「なんでさっきまで全スルーだったのに今回だけツッコむのよ!」
うわーうわー最悪ですわ……よりによってコイツに見つかるとは……。
見なさいこの男を。わたくしの専属の癖に主に対する敬意ってもんが一切無い。あぁ、そもそも今まで一度だってそんなもの感じたこと無かったわね。イカれてんのかコイツ。
……まぁ父様じゃないだけマシかしら。練習台だと思って、わたくし得意の皮肉でこっぴどく詰って追い返してしまいましょう。わたくしこの後鶏の解体の予定が入っておりますもの。
………こほん。
「あ〜らごめんあそばせ。しばらく会っていなかったものだから、貴方にどう言葉を贈ればいいのか分からなかったのですわ」
「…………」
「それで、2ヶ月もわたくしのことを放っておいて今更何の御用かしら?」
「……まずはお嬢様、捜索が遅れてしまったこと、誠に申し訳御座いません」
お、珍しく殊勝な態度ね。ふふふ、やはりわたくしはこうでなくては!
「いいこと?わたくし家には絶対戻りません。さっさと帰って父様にもそうお伝えなさい!」
「左様ですか。ではこちらにお乗り下さい」
「へ???」
……今わたくし帰らないって言ったわよね?コイツ、なんで馬車に乗せようとしてくるの?聞いてなかったの?
「……い、言ったはずよ帰らないと。わたくしもう嫌なの……あんな生活は嫌!」
「そうですよね。それでは、さぁ」
「同意しながら乗せようとすんな!!」
押すな押すな!主の背を押すなや!っていうか今「面倒ですね」って言ったのバッチリ聞こえてますからね!?本当になんなのコイツ……怖い!
「止めて、押さないでっ……ちょ…、担ぐな!」
「はいはいここに座ってくださいね。あ、乗りましたので出発お願いします」
わたくしの意見全無視のまま、ぱしんっと鞭の良い音がして馬車が滑り出しましたわ。わーい泣きそう。
ま、まぁいいわ。何度連れ戻されようと、何度だって家出してやるもの。次はもっと遠くまで……いっそ海を渡るのもいいわね。今回は父様と兄様の吠え面が見たいあまりに無茶をしすぎましたわ。反省反省。
「……お嬢様、そろそろ御座りになられては」
「そうね、寝そべってると頬が痛いわ。車輪の振動がダイレクトアタックしてくるの 」
「はぁ、左様で」
「そもそもお前が無理矢理押し込むからこんな体勢なんだけれど、わたくしに一言無いの?」
おいなんだその柔らかな笑みは。きちんと言葉で返しなさいな言葉で!本当にもうコイツったら変人というか何というか………って、あら?
「ちょっと、道違うわよ。今の路地は左。お前はまだ家までの道も覚えられていないの?」
「いえ、こちらで合っていますよ。あの家には戻りませんから」
「は?それってどういう……」
…………また。その、曖昧な笑顔。
なんなの、見たことのない顔をしないで……いつもの通り胡散臭い作り笑いでいなさいよ。そうじゃないと……怖いわ。
「……ね、ねぇお前……名はなんだったかしら」
「おや、お忘れですか」
「え、えぇ。もう随分前のことでしょう?悪いけど、良い機会だから教えてくださる?」
「畏まりました。では今一度。…私の名は……」
……その名前は、というかその苗字は、この国には一つしか無くて………そう、学校の成績では常に底辺を彷徨っていた流石のわたくしも、王家の冠するその名を知らない訳が無く。
「お、おま……いや、貴方は……っえ?な、なんで?だってずっと、わたくしの専属………」
「やっと気付いて下さりましたねお嬢様。貴女に惚れて十数年……機会を伺い続けた甲斐があったというものです」
「いや、なんで王子が執事……それって許可は……いや、と、父様は知って………?」
「貴女の居ぬ間に婚約の手筈を整えたんです。父上……陛下も喜んで認めてくださって………あぁ、あの家にはもう本当に帰れないんですよ。没落させたので」
「させた?させたって言いました今?」
「ははっ。さぁお嬢様、一緒に私の……私たちの家に帰りましょう?」
「ヒェ」
そんなこんなで『信頼していた(棒読)』執事に半ば誘拐され婚約させられたわたくし。
総括すると、平民時代よりは不自由だけれど次期王妃というのに令嬢時代よりは自由、という感じ。……一応わたくしが辛くならないよう、アイツがちょっとだけスケジュールを緩めてくれているのですって。べべ別に、これくらいで絆されたりしませんけど!?
……ですけど、あーあ。軽い家出がこんなことになるなんて信じがたいですわ。わたくし意外に不運なのかしら。アイツに捕まったのが運の尽きってか。やかましいわ。
まぁ、 家出計画が成功なのか失敗なのか、数年後のわたくしが判断してくれるのを待とうかしらね。