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注意
羽ゲンです。
2人とも死にます。
雪山です。
羽京がぶっ壊れています。
それでも良い方のみ、次はあたたかいといいな。をお読みください。
白い雪が積もる中、2人は歩いていた。
足先はもう凍ったように冷たくて、歩くたびに漠然とした体の重さがかかる。それだけ。
腹立たしいほど空は青く、忌々しいほど明るい太陽は2人を照らす。
その暖かさは届かないのに。
遠くを見れば景色が小さくて、白く淡い煙がぽつりぽつりと漂っている。
科学王国は今日も生きている。
それに比べたら2人の息は頼りないほど小さくて、それが何だか惨めだった。
「ねえ、羽京ちゃん」
絹のように滑らかで、当たり前かのように耳の奥に滑る音。
少しだけ掠れていて、息を吸う音がやけに大きく聞こえる。
「戻れないところまで来ちゃったね、俺たち」
異常なまでの明るさと、それ以上の柔らかさを含んだ声。
彼は最後まで弱みを見せまいとするのは、心を読む立場としての矜持だろうか。
「うん。……本当に。」
黒白の男とは裏腹に、真っ白な髪の男は冷たかった。
誰よりも人が死ぬことを嫌がった彼が、誰よりも命を大切にしている彼が。
黒白の男の手を引いて、歩いていく。
雪が深く積もれば先導し、滑るのならば支え、その優しさが、その優しさだけが、前の彼の面影だった。
黒白の男は芝居がかった動きで両腕を広げ、平然と話し始める。
「俺さあ、最初本当にびっくりしちゃったのよ?」
「朝早くから肩揺さぶられて、起こされて…『心中してくれないか』なーんて」
変わらない。何も変わらない。
どれほど聴力に秀でた男でも、彼の言葉だけはわからない。
でも、そのわからなさが救いだった。深く考えるだけ無駄ならば、考えずに聞けばいいと。
「あはは…それは本当に、ごめんね。」
「でも。いいかなって、もう」
諦めたような乾いた笑いを浮かべる。昨日までならば彼は目を合わせていた。
炭を塗ったかのような真っ黒な瞳を、真っ直ぐに。
だが、昨日は過ぎた。彼は振り返らない。
「……ほんとに、気づけなかった。メンタリストなのにさぁ、羽京ちゃんがこんなズタボロになってたとかさ」
「ジーマーで、いつから計画してたのー?」
それとなく探りを入れてみる。
もう意味がないとしても、職業病は治療法がないらしい。
3700年前に職は失ったというのに。
それでも振り返らない。たった数時間、それだけでも彼の翡翠色の目が愛おしかった。
「わからない」
「……え?」
わからない、ときた。
彼ほど聴力は良くないが、声色で嫌でもわかった。わかってしまった。
「本当にわからないんだ」
と。
だとしたら、もう止められない。わからないものを教えることは何よりも難しい。
そして、何よりも厄介だったのが、ついてきてしまった己自身だった。
断れば良かった、怒れば良かった、引き留めれば良かった。
色々な選択肢がある中で、自分はついていってしまった。
なぜ?
わからない。
彼もきっと同じだった。わからないものはわからない、相手もなぜかわからない、
だからその選択肢を選ぶしかない。他の選択肢がなくなったのだから。
最善の選択を常に選んできたつもりだった。
でも、選択肢は最初から一つしかなかった。
死ぬなら一緒がいいと思ってしまった。
好きだったから。
でも。
「冷たいなぁ」
無意識に声が出た。
足元に無限に広がる雪なのか、目の前に進み続ける雪のように白い彼のことなのか。
わからなくなっていた。
もうすでに寒さで頭が壊れてきたのかもしれない。
それももうわからなかった。違和感すら持たなかった。
会話は途切れる。足は動く。
空気は薄く、空が近くなっていく。
空はこんなに綺麗だったか。
雪山はこんなにも熱かったのか。
「…あ、なんか、あっついかも」
呟いてから思わず笑いが溢れた。
冷たいと言った直後に熱いか。
だったらさっきの冷たさが何によるものかわかるじゃないか。
わかりたくなかったのに。
ふと、彼の方を見る。
彼は、少しだけ顔をこちらに向けた。
目が合った。
彼は帽子を目深に被り直した。
「あはは。何だかたまにあるよね。冷たいものを触った後、触れた場所が熱く感じること。」
会話に乗ってきた。彼も感じていたのかもしれない。この熱さを。
こんな状況でも心は跳ねる。声と同じように。
「だよね?俺、あの変な感覚地味に好きかも♪生きてるって感じ〜?」
自分でもわからない。ただ、ここで会話を途切れさせたくなかった。
「何それ」
くすくすと笑う。本当におかしそうで、少しだけ幼く感じる、鈴の転がったような笑い声。
正直、油断した。話し方は何も変わらない。
ただ中身が空っぽになっただけだから。
体が熱い、心も熱い。思わず頬が緩んだ。
「でも」と彼が言葉を続けた。
「僕たちはこれから死ぬよね」
頭を強く殴られたような感覚がした。
潰れたような、掠れたような。声の方にもならないただの音が出た。
そうだ。
知っていた。
でも、
彼から言われると。
「…何?どうしたの、ゲン?」
何事もなかったかのように、相手が狂っているかのように。自分は正しいかのように。
怪訝そうな声で、彼は問う。
彼はここに来る前から死んでいたのかもしれない。体が今から追いつくだけで。
目の奥が熱くなった。
熱いのは脚だけだったはずなのに。
目を逸らす。ふと、あとどれくらいで頂上かを見る。
まだまだ遠い。でも、山の麓の方が遠かった。
「……羽京ちゃんは、死ぬのが怖くないの?」
声が掠れた。そういえば、朝から水を飲んでいない。
喉が乾燥しているだけだ、そう思い込むしかできなかった。
「怖くないよ。」
そう言い切った彼の声は、今の自分とは別の渇き方をしていた。
「じゃあ、熱い?」
「うん。とても。」
「…そっか。」
正しい感覚だけがあるのが嫌だった。
その感覚より先に、失ってはいけないものを失ったのだから。
自分はとうに足の感覚を失っている。
彼と失うものは真逆だった。
そこからは何も言えなかった。
何かを言ったら溢れ出しそうだから。
ただ俯くしかできなかった。
今までだったら冗談を言い合って、遠い遠い空に笑い声が響いていたはずだ。
今はとても近い空に届くこともなく、微かに生じる音も、周りの雪に吸われて行くだけだったが。
「あ」
彼が声を漏らした。
「ついたよ」
自分も顔を上げた。
山頂に着いた。
見渡す限りの白い世界。自分の服と、彼の服と。遠くに交わる空と海。
存在する色はそれだけで、終わりをどことなく感じさせる。
彼の隣に並ぶ。彼の顔を見る。
彼は笑っていた。
初雪に喜ぶ子供のように、無邪気に、明るく、眩しく。
「…ここで、終わりなのね?俺ら」
彼は頷く。
「うん。ここでさいご。」
彼と同じ方角を見る。足が疲れて、その場に座る。
冷たい。直に触れるのは、やっぱりまだ冷たかった。
彼もその場に座る。冷たさに少しだけ顔を顰めた。
最後くらい、笑って終わりたい。最後くらい、何も考えずに話そうか。
本心から、好きな人と向き合う男として。
少しだけ考えた後に、ポツリと呟いた。
「ねえ、羽京ちゃん」
「なに?ゲン」
「さいごだし、お話ししない?」
彼の方に向き直る。
「いいよ。でも…何について?」
顎に手を当てて考えるジェスチャーの後、少し悪そうな笑みを浮かべて。
「んー、何だろ。じゃあ、俺が何で着いてきたかとか?」
「確かに、何にも聞いてないかも。なんで?」
食いついてきた。やっと、最後に想いを伝えられる。
思わず作った笑顔が解け、自分らしくない、純粋な嬉しさから来るニヤけ顔になってしまった。
咳払いをする。1秒、2秒、3秒。少しの空白。
その後、覚悟を決めたように。
「…好きだったから」
言えた。言ってしまった。言えてしまった。
「…え?」
彼は目を丸くした。まさかここでの愛の告白とは思っていなかったのだろう。
思わず早口になる。
「ああ、えっとね?好きだったから一緒に死ぬ、って感じ。意味わかんないよね、ホント」
「あはは、確かに。普通は止めるね」
予想外だった。彼はまた笑った。もう壊れ切っていた。
それが悲しくも嬉しくもあった。
それがバレないように言葉を紡ぐ。
「ま、フツーじゃないからねー。普通の子はそもそも石化を解くことすらさせられないでしょ」
「確かに。」
最後の最後でもよく回る自分の舌に感謝をしつつ、自分が一番恐れていたことを聞く。
「てか、羽京ちゃんツッコむとこそこ?普通は同性愛とかに驚かない?」
「うーん、正直あんまりかな。だって。」
「僕、もうそういうのわからないから、恋とか、愛とか」
「…そっか」
「でも。最後に一緒にいたいと感じたのはゲンだったよ」
嬉しかった。苦しかった。もうわからなかった。
笑顔を作ろうとして、少しだけ歪になった。
後ろに倒れ込む。彼も少しだけ迷った後、並ぶようにして寝転がる。
自然と手がつながった。
「…羽京ちゃん」
「どうしたの、ゲン」
「寒いね」
「うん。でも、熱いね」
近くなった空に笑い声が溶けていく。
もし、来世があるのならば
もし、次も出会えるのなら
季節が、世界が、体温が、彼の心が
次は、あたたかいといいな。
あとがき
お久しぶりです。どれほどの時間が経ったのでしょうか。
私のことを覚えてくれていた方はいるのでしょうか。
羽ゲンはやっぱり素晴らしいですね。
というか何故ショーさんは夏に冬の小説を投稿してるのでしょうか。
コメント
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お疲れさまです、第7話、読み終えました。 いや、もう、冒頭の注意書きから「来るぞ」とは思ってたけど、ここまで綺麗に心抉られるとは思ってなかった……。 特に良かったのが「わからない」の反復です。羽京が「わからない」って言った瞬間、あれでゲンの探りが完全に空転したのが伝わってきて。能力が通じない相手と心中する、その絶望と諦念が凄く刺さりました。そして「好きだったから」過去形で言わせた構成がもう、本当にずるい。 「冷たい」「でも熱い」の感覚の逆転も、凍傷と感情が混ざってる描写で秀逸。ラスト一文でタイトル回収するセンス、大好きです。お疲れさま、本当に良い話でした。