仕事にやり甲斐を感じたことはない。学生時代から特にやりたいことはなかった。飛び抜けた才能があった訳でも、目標とか夢とか、何かに向かって努力する根気や情熱があった訳でもなかった。嫌なことや面倒くさいことからは逃げてきた。大学に行かなかったのも、ただ勉強をするのが嫌だったからだ。
高校時代の友人からの誘いを受けて行った大学の学園祭で、ユイくんと出会った。綺麗な二重の目に、大きな口が印象的だった。明るい髪色のせいか大学生っぽいというか、浮ついてそうだというか、あまり最初の印象は良くなかったのだけれど。声をかけられ、連絡先を交換したのをきっかけに、最初は日常の退屈を緩和させるために何度か遊びに行った。
仲良くなって、そこから恋人という関係になるまで、そんなに時間はかからなかった。
自分にとってユイくんの存在は大きかったと、今でも思っている。起きて仕事に行って寝るだけの憂鬱な5日間と、日頃の疲れがどんと押し寄せるだけの2日間を淡々と繰り返すだけの日常の中に、ユイくんは幸せという感情をくれた。周りの環境も、周りの人間も、今まで過ごしてきた時間や経験してきたことも違う他人と、好きという感情だけで親密になれる幸福感が堪らなかった。
「ユウナちゃんの部屋に入りたい。」
恋人になってからしばらくした頃に、そう言われた時のことをしっかりと覚えている。認められた気がして、私とユイくんの間に他人という境界線が無くなった気がして、嬉しかった。左手首に埋め込まれたスイッチを押し、ユイくんの左手首にかざした。緊張で震える私の手を握ってくれたユイくんの手のひらは温かくて、しっとりとしていて、冬の冷えた空気の中でそれは、あまりにも心地良すぎた。