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ハンクとの会談の数日後ソーマが医師を連れて私の元にやってきた。自ら探すつもりで動こうとしていた時、ソーマからハンクの信用できる医師を用意すると言われたのだ。秘密が漏れないためにはハンクも納得する医師が必要だった。これにはありがたいと思いお願いした。
シャルマイノス王国の中でも指折りの医師だとソーマから紹介されたのはライアン・アルノ様だった。あの騒動のおり私を助けてくれたアルノ騎士団長の弟だという。私は少し気まずい思いをしながらも彼に挨拶をした。
「はじめまして、キャスリン・ゾルダークです。閣下からお話は聞きまして?」
対面のソファへと座るように勧め、ライアンの隣にはソーマが座る。
ライアン・アルノは騎士団長とは全く似ていない容貌をしている。兄のドウェイン・アルノより背はかなり低く顔も幼い、これで20代後半なのかと驚いた。
「はじめまして、ライアン・アルノです。先に閣下と会いました、その時に話は聞いています。大雑把にですが…」
多分、息子の嫁と子供を作ることにしたから良い日を算出せよ。なんて言ったのではないかと推察する。いきなりそんなこと言われても困るわよね…補足しておこうかと悩んでいたところソーマがこちらを見ていることに気付き、首を傾げ、何かしら?と合図を送る。
「キャスリン様、ライアン様には何でも相談するようにと閣下から言われております。何も漏れることはないから安心せよ、と」
それを聞いて私は首肯する。
「ライアン様、私はゾルダークへ嫁ぎ一月も経っておりませんが、カイランから閨を拒否されております。けれど私は子が欲しい。本音を言えば何人でも。なので医師として助言をいただけると助かりますの」
私は本音を吐き出した。口には出していないが心で思っていた本音。子は何人でも欲しい。ハンクやソーマは一人で十分と思っていたかもしれないが許されるなら何人か産みたかった。ソーマはやはり目を見開き固まっていた。ソーマはどう思ったか…ハンクには伝えるのか…
「わかりました、キャスリン様。医師として貴女の体を守り助けになれればと思います。早速問診をしてもよろしいでしょうか」
ライアン様は驚くこともなく淡々と問診をした。月の物の周期や痛み、いつ頃から始まったのかなど事細かに質問する。そうして月の物の終わりから子を儲けやすい日を算出してくれた。これは毎月かわるのでこれからも月に一度こちらに往診してくれると言う。
「ライアン様、月に一度も健康な女性が医師にかかることに何か疑問を持たれないでしょうか…」
例えばゾルダークで働く人達、出入りの商人、そしてカイランから。私の不安を感じ取ったのかライアンは優しく話し出す。
「それは安心してください。これからは閣下の元にも月に一度往診をしますから、僕がここに来る理由の筆頭が閣下です。そして、お茶を出してくれるのがキャスリン様なので不自然ではないかと思いますよ」
私はソーマの方を見た。ソーマは頷く。ハンクがそのように手配をしたのだろう。良かった。一度で授かれなければ何度も往診してもらう可能性もあるのだ。授かったらそれでも医師は必要になる。ハンクが病気になってくれたと知り自然と笑顔になる。嬉しくてソーマに頷いて感謝を述べた。
「では、今月は十日後から二日ほど体が辛くなければ続けて子種をいただいてください」
ライアン様からそう聞くとキャスリンに感慨深い思いが宿る。怖くないとは言わない。私には未知の世界だもの。でも、願いに近づいている感覚が胸を熱くする。私はソーマに問う。
「ソーマ、閣下はその日は空いていて?」
「キャスリン様、閣下は領地の管理を大幅にカイラン様へ任せることに決めております。キャスリン様と子を作るために」
私はこの時まるでジュノにするようにソーマに抱きついてしまいそうになった。それほど嬉しかったのだ。空色の瞳に嬉し涙が溜まる。涙をこぼさないよう我慢する顔はきっと子供みたいだろうけど。
「ありがとうソーマ。閣下にもお礼を伝えて、本当は直接お伝えしたいのだけれどお忙しいでしょう?カイランにお仕事を任せる準備もしなくてはならないものね」
私が泣き笑顔で感謝を告げるとソーマも笑顔で答えてくれる。
「はい。あと五日ほどは指示系統や書類の精査などを教え込まねばなりません。五日で終われば良いですが…それから閣下も準備を始めますので…」
ソーマは嬉しそうなキャスリンを見て微笑ましくなり余計な一言を付け足してしまったことに気付いて目をそらす。
「閣下の準備?男性でも必要なものなの?母から聞いた閨の作法はあてにならないのかしら…私も何かするべきかしら」
ソーマは慌ててキャスリンを止めた。
「キャスリン様は何も!いつものように過ごしていただければと…」
ソーマの声は小さくなっていくがキャスリンはソーマがそう言うならと納得した。
少しの沈黙の後、ライアン様がこれで今日の診察はおしまいだと告げた。
「では、次の往診は月の物が終わり次第、僕の所へ連絡を下さい。もちろん予定より月の物が来ない場合も連絡を。ソーマさんに伝えていただければ大丈夫ですよ」
ソーマとライアン様が共に退室するのを見送り私はソファに座り込んだ。
十日後にハンクと閨を共にする。先程まではハンクの心遣いに感動して現れてはこなかった不安が私の心に顔を出す。カイランに拒絶されたあの時の哀しみを思い出してしまった。やはり無理だとハンクにまで拒絶されたら、立ち直れないかもしれない。
十日後の前に一度少しの時間でもいいからハンクに会って約束は守られると安心したい。ハンクは領地の仕事をカイランに割り当て私の願いのために時間をつくり医師の往診のために自ら病気になってくれた。ここまでしてくれているのだから拒絶することはないだろうとわかってはいるけど不安は消えない。私が思案していると珍しくジュノから言葉が出てきた。
「公爵閣下の往診とは何を理由にするのでしょうか」
それを聞いて私もハンクはどんな病気になった事にしたのか疑問がわいてきた。医師の往診が定期的に必要であり、カイランに仕事を押し付ける病気とはなんだろうか…
「そうよね、どんな病気になるのかしら…あんな健康そうなお体をしているのに。でも五日経ったら閣下にお会いできるように頼んでみるわ、その時に聞いてみましょう」
私の言葉を聞いてジュノが頷く。そして気になったのだろう、先程のソーマとライアン様に告げた私の願い。
「お嬢様はお子を何人も欲しかったのですか?」
「一人でもかまわないわ。でも必要だと思うの。健康で生まれても育つにつれ病気や事故に遭うかもしれないから。閣下が前向きに働いてくれてるから我が儘を言ってしまったわね。ソーマは驚いていた。閣下のお年を考えてくれって思っても仕方ないわ。このことはとりあえず子を宿してからの話だし、かなり先のことよ。ただ私の願いを口にしただけなの」
ジュノは座る私の前に跪いて手を握ってきた。
「お嬢様の願いが叶うよう、私も精一杯勤めます」
「ありがとうジュノ。あなたを連れてきてよかった。一人ではゾルダークで立っていられなかったわ」
ゾルダークでカイランと心を通わせられなかった私は、ジュノに話し甘えることが増えてしまった。知り合いのいないゾルダークは居心地が悪いだろうに、カイランと閨を共にしてないことは大きな声で言わなくても皆が知っているはず。そのことでジュノが嫌な思いをしないといいけれど、ハンクの子を宿したらゾルダークは混乱するからその時も何を言われるか。でもジュノは手放せない、私一人では潰れてしまう。