今まで三人で共にしていた夕食がライアン様の往診からはとれなくなっていた。ハンクがカイランに仕事を任せるための準備に忙しいようだ。私がテラスでお茶をしているときにカイランが現れて説明をしてくれた。久しぶりにちゃんと会話をしたように思う。
「キャスリン、少しいいかな…」
自室の扉が叩かれジュノが向かうとカイランがトニーと現れた。
いきなりのカイランの登場に心臓がとまるかと思ったが、笑顔で迎え先程までいたテラスに案内する。
「ジュノ、カイランにもお茶をお願い」
椅子へ案内し座ってもらう。カイランの後ろには一歩下がってトニーが侍る。私は先程まで座っていた椅子に座り紅茶を飲んで心を落ち着かせる。ジュノがカイランの前に紅茶を置くとカイランが用件を口にした。
「突然すまなかったね。実は父が医師にかかってね。体の調子が悪いようなんだ。だから僕が父の仕事をすることになってね。とても忙しくて夕食は当分共にできないんだ」
申し訳なさそうに言うカイラン。私ははじめて知ったかのように問う。
「閣下はどこが悪いの?深刻?」
私の困惑している様子に、カイランは安心させるように大丈夫だよと答えた。
「なんだか、体が疲れやすいと言い出してね。医師に診てもらったそうなんだ。そうしたら血圧が高めだと言われたらしくて。僕は医学のことは詳しくないからよくわからないけど、最近は執務室での仕事ばかりで体の血流がとか言ってるんだよ。腰も痛いとか。深刻ではないんだが、ただ少し静養が必要だと医師から言われたんだそうだ」
そういうことにしたのかと、次に会うときハンクから聞きたかったことをカイランが教えてくれた。
「静養すれば閣下は元気になるのね、よかったわ」
私の笑みに頷くカイラン。夕食を共にできないから私が文句でも言うと思っていたのか、また謝ってくる。
「父のかわりに領地管理の仕事が増えてね。だから一度ゾルダーク領へ行って管理人と話をした方がいいらしいんだ。馬車で二日ほどかかるけどハインスの夜会には間に合うように帰ってくる。準備は君に任せてしまうけどいいかな」
カイランが領地へ行く。馬車で二日となると帰ってくる時はちょうどハンクとの閨の日になるのかしら、それだと少し慌ただしい。私は閨の日以降に帰ってきて欲しかった。ゾルダーク領ではどのくらい過ごすのか、そこが気になってしまう。私の思案顔をみて離れてしまうことを寂しがってると勘違いしたのか、カイランがおかしなことを言ってくる。
「夕食も共にできず、明日から僕は領地へ行ってしまう。君に寂しい思いをさせるのは心苦しいが我慢してくれるね?領地から帰ったら落ち着くと思うんだ」
カイランの言葉を聞いて本当に心苦しいのかと問いたくなった。寂しい、そんな感情、貴方に持ってないわ、と言いたくなるのをぐっとこらえる。またそんな顔がつらそうに見えたのかもしれない。カイランはそっと私の手に触れてきた。
「大丈夫かい?なれない邸で不安かもしれないけれど…」
カイランに触れられた手を引っ込めたい衝動を我慢する。奥歯を噛みしめ心を落ち着かせ言葉を吐く。
「大丈夫よ、大丈夫。夜会の準備もあるし私も忙しいもの。この邸の人達もいい人が多いわ。でもそろそろ護衛騎士を用意していいかしら?公爵家の騎士でももちろんいいのだけどディーターで側にいてくれた騎士がいるのよ。こちらにも落ち着いたし買い物に外へ行きたいの」
私は貴方が離れて寂しいわと伝わるように、彼が元々ある罪悪感をもっと大きくするため触れられていた手を握り返す。カイランの瞳をみつめ涙を溜めて手を震わす。もう触れていたくないのに触れなくてはと奮起しての震えがカイランには効いたらしい。自分の妻の横に侍る男性を公爵家から出そうとしていたカイランだったが、キャスリンを哀れに思ったか首を縦に振る。
「ああ、気心の知れた相手のほうが君も生活しやすいだろう。確かディーターで君についていたのはダントルという男だったね。一応父の許可を貰ってからになるだろうけど僕から勧めておくよ」
私は微笑みカイランに礼を述べた。いつかダントルを公爵家にと考えていたが、婚約者時代カイランが護衛騎士は公爵家の騎士の中から選んでくれと言われ諦めていたままだった。でも私は長年側にいてくれた信頼できる人がよかった。ゾルダークで絶対的な味方がジュノだけなのは少し不安があった。あと一人くらい近くにいて欲しかったから、子が授かったらハンクにお願いしようと思っていた。でも今言ってみて承諾を貰えたならそれは僥倖。ダントルも近くにいてくれたら安心する。こんな状態になったのだから。私はそっと手を離して膝の上に置いた。はしたないことだけれど手のひらをしわにならないようドレスで拭う。カイランは温くなった紅茶を口に含み優雅に楽しんでいる。彼を見つめながら自身の変化を感じていた。婚約者時代、ダンスやエスコートでカイランに触れられても平気だった。今は不快感をぬぐえない。困ったわ、ハンクに触れられてもこんな風に感じてしまったらハンクに失礼だし、閨ではもっと触れられるはずなのにあれぐらいで震えていたら子を作ることができない。私は混乱と不安な気持ちを押し留めカイランを見送った。
カイランの出ていった部屋でジュノに不安を打ち明けようと手を握る。ジュノの手はもちろん嫌な気持ちにならない。
「ジュノ、私怖いわ。カイランに触れられてひどく嫌だったの。こんなことで手が震えたのよ。閣下相手に閨を共にできるのかしら…閣下はカイランに似ているし…」
こんなことで心が乱れていては子など作れない。だけど怖がってなどいられない。嫌でも子を作らなければ私がゾルダークへ嫁いだ意味がなくなってしまう。カイランのせいでこんなに弱くなるなんて、自分が不甲斐ないわ。やはり閨の前に一度だけでもハンクに会わなければ、ハンクに触れられても耐えられるか確認したい。私はすぐにハンクに会いたいとソーマに頼んだ。
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