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文化祭当日。
朝早くから校内は騒がしかった。
「先生おはようございます!」
「緋八先生見てくださいこれ!」
生徒たちの笑い声。
廊下を走る足音。
流れ続ける校内放送。
その中心で、ライとマナはいつも通り教師として立っていた。
「走らない」
「装飾落ちてますよ」
「はい、そこ並んで」
いつも通り。
——のはずだった。
けれど。
「……ねえ」
昼前。
マナが小声でライを呼ぶ。
「ん」
「昨日の子」
「うん」
「さっきからめっちゃこっち見てる」
ライは視線だけ向けた。
教室の入口。
例の女子生徒が、クラスメイトと話しながらちらちらこちらを見ている。
完全に気付いてる目。
マナは胃が痛かった。
「どうしよ……」
「普通にしてればいい」
「その“普通”が難しいんだけど!?」
ライは小さく笑った。
その時。
「伊波先生!」
女子生徒本人が近付いてきた。
マナの背筋が伸びる。
終わった。
絶対何か言われる。
だが彼女は、思ったよりずっと普通の顔をしていた。
「昨日ありがとうございました」
「……何がですか」
「ケーブル」
「ああ」
ライは平然としている。
女子生徒は少しだけ笑った。
それから。
「先生たちって、仲良いですよね」
ぎく。
マナの顔が引きつる。
ライは数秒沈黙したあと、静かに答えた。
「同僚なので」
「ふーん」
女子生徒は意味深に笑う。
絶対分かってる。
でも。
それ以上は言わなかった。
「文化祭楽しんでくださいね」
そう言って去っていく。
マナはその場で崩れ落ちそうになった。
「……生きた心地しない」
「大袈裟」
「ライ心臓強すぎ!」
「弱いよ」
意外な返答。
マナが目を瞬く。
ライは小さく息を吐いた。
「普通に怖い」
静かな声。
「教師だし」
「立場あるし」
「お前巻き込みたくないし」
ぽつぽつ零れる本音。
マナは黙って聞いていた。
「……でも」
ライが少し笑う。
「隠してる時点で、もうかなり必死」
その言葉に。
マナの胸がぎゅっとなる。
◇
文化祭終了後。
片付けも終わり、校内は静かになっていた。
夕焼けが廊下を赤く染める。
「つっかれた〜……」
マナが廊下の壁へ寄りかかる。
ライも隣へ立った。
久しぶりの静けさ。
「今年平和だったな」
「どこが!?」
「バレてないし」
「ギリギリだったでしょ!」
マナが抗議すると、ライは小さく笑う。
その横顔を見て。
マナはふと口を開いた。
「……ライ」
「ん」
「もしさ」
「うん」
「ほんとにバレたらどうする?」
ライは少し考えた。
窓の外。
夕焼け。
グラウンド。
静かな時間。
「……その時は」
ライがマナを見る。
真っ直ぐな目。
「ちゃんと話す」
「え」
「隠すのやめるかもしれない」
マナが目を見開く。
ライは少し困ったように笑った。
「最近思うんだよ」
「?」
「隠すの、しんどい」
小さい声。
「学校でお前見ても普通にしなきゃいけないし」
「触れないし」
「好きって言えないし」
マナの胸が熱くなる。
「……ライ」
「もちろん教師としては隠した方がいい」
「でも」
ライは少し目を細めた。
「お前といる時間、全部大事だから」
その瞬間。
マナの目頭が熱くなる。
「なに泣きそうになってんの」
「だってぇ……」
「まだ何も終わってない」
ライが笑う。
柔らかい声。
家でしか聞けない声。
マナは少し笑ってから、小さく呟いた。
「……俺も、隠すの苦手」
「知ってる」
「ライ好きすぎて顔に出る」
「それも知ってる」
「でも」
マナはライを見る。
「学校でライといる時間、好きだった」
朝の職員室。
小さい会話。
視線。
無意識に漏れる優しさ。
全部。
秘密だったからこそ、特別だった。
ライは数秒黙ってから、そっとマナの頭を撫でた。
「……俺も」
優しい手。
マナは目を閉じる。
その時だった。
「……やっぱり」
声。
二人が振り返る。
そこにいたのは——あの女子生徒だった。
「うわっ!?」
マナが飛び退く。
女子生徒は苦笑していた。
「ごめんなさい、盗み聞きするつもりじゃなくて」
沈黙。
逃げ場がない。
完全に聞かれた。
マナの顔が青くなる。
けれど。
ライは静かだった。
女子生徒は少しだけ困ったように笑う。
「……やっぱり付き合ってたんですね」
否定できない。
もう無理だ。
長い沈黙のあと。
ライは小さく息を吐いた。
「……内緒にしてもらえますか」
真っ直ぐな声。
教師として。
一人の大人として。
女子生徒は少し目を丸くした。
それから。
ふっと笑う。
「別に言いませんよ」
「え……?」
「だって」
彼女は少し照れくさそうに笑った。
「二人とも、ちゃんと先生だったし」
マナが目を見開く。
女子生徒は続けた。
「授業も好きだったし」
「文化祭も楽しかったし」
「だから、秘密くらい守れます」
その言葉に。
マナの目頭がまた熱くなる。
「……ありがとう」
女子生徒は首を振った。
「でも」
にやっと笑う。
「伊波先生、緋八先生のこと好きすぎですよね」
「っ」
マナが吹き出す。
ライは無言。
……耳だけ赤い。
「図星だ」
「うるさい」
女子生徒が笑う。
「お幸せに〜」
軽い声。
それだけ残して去っていく。
廊下に静けさが戻る。
数秒後。
マナは耐えきれず笑い出した。
「ふはっ、ライ耳赤い!」
「……見んな」
「照れてる〜!」
「うるさい」
けれど。
ライも少し笑っていた。
そのまま、マナの手を軽く引く。
「帰るぞ」
「ん」
「今日はもう仕事終わり」
夕焼けの廊下。
並んで歩く。
教師としてじゃない。
恋人として。
「……ねえライ」
「ん?」
「これからも隠す?」
ライは少し考えてから。
「まあ、ほどほどに」
「なにそれ」
「バレない努力はする」
「うん」
「でも」
ライが小さく笑う。
「お前好きなのは、多分もう隠せない」
マナは数秒止まって。
それから顔を覆った。
「むり、好き」
「知ってる」
「ライずるい!」
笑い声が廊下に響く。
秘密だった恋。
隠し続けた毎日。
でも。
その全部が、二人にとって大切な時間だった。
職員室では秘密。
けれど。
誰よりも確かな恋だった
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