「左の方が感じる?」
朱莉を寄り掛からせるように自分の足の間に座らせながら、後ろから両手で一つずつ、胸のふくらみを弄る吉野が聞く。
下からそれを少し持ち上げるように支えつつ、中指の先で突起を転がす。
「な…んで?」
(同期で、しかも四つも年下の男なんかに、喘いで溜まるか)
できるだけ自然な声を出しながら朱莉は吉野を振り返った。
「刺激した時に首が折れる方向の胸の方が感じてるんだって」
(なんだそりゃ)
「誰が言ったの、そんなん」
「もう辞めちゃったけど、時崎さん」
思考を巡らせる。
「ああ、総務に一瞬いた、胡散臭い笑顔のやつね」
「ひでー」
笑いながらも、吉野の指は、カリカリと胸を刺激し続ける。
(う。足がつりそう)
どうしても力が入ってしまうつま先に連動して、脹脛がピクピクと痛む。
と、ずっと優しく弄んでいた指に力が入り軽くつねられる。
思わず吐息交じりの声が出る。
「ほら、やっぱり左に折れた」
吉野が笑いながら右のうなじにキスをした。
どうやら左手に敗北を期した右手は、胸から撤退した。
左右に開かれた甚平が、吉野の手で右側だけ戻される。
特にお腹の部分はちゃんと布が宛がわれ、その上からポンポンと叩かれる。
ふっと笑うと、
「ぽんぽん冷やすと下すからな」
吉野も笑った。
しかしその右手はそのままフリーサイズで緩い甚平の中にするりと入ってくる。
「……何か、意外」
慌てて世間話を始める。
「何が?」
「時崎さんと下ネタ話すほど仲良かったんだ?」
言うと、吉野はそのままショーツの上から撫で始めた。
「仲良くなくても下ネタなんか言うでしょ、男なんて」
「そーなの?」
「言うよ。男が二人以上集まったら、下ネタ以外に話すことないから」
「柳原課長でも?」
無表情のまま煙草を口に咥える課長の顔を思い浮かべる。
「もちろん」
温かい手にぐっと力が籠る。
「ここ、すごいことなってんだけど。もしかしてこれって、課長を思い浮かべての反応ではないですよね」
(んなわけないでしょ。あんな鉄仮面)
吹き出しそうになるが、意外と真剣な顔でこちらを覗き込んでいる吉野に意地悪をしたくなった。
「さあ。どうでしょう」
目を細めた顔が近づいてくる。
そのままチュッと音が鳴るだけの軽いキスをされる。
「課長、かっこいいしね?」
チュッ。
「優しいし?」
チュッ。
「仕事できるし」
チュッ。
「字も綺麗だしね」
「————字は関係ねーだろ」
言いながら吉野が身体を引き、朱莉を押し倒す。
その身体に跨りながら見下ろす。
「やめて、本気で。シャレになんない」
先ほどのまでの軽すぎるキスが嘘のように深く舌が入ってくる。
(やっぱり“マネージャー”としては、“課長”はライバルなのかな)
どんどん先へ、いや、上へ、上っていく同期を抱きしめながら、その唇に応える。
ま、今はただ、欲情した雄だけど。
一瞬、柳原はどんなふうに雄に変貌するのか、妄想しそうになったが、それはさすがに目の前の雄に失礼な気がして、朱莉はその首に腕を回した。
いつの間にか甚平も、ショーツも脱がされ、朱莉は吉野の体温に包まれていた。
久々の人肌を味わう。
片足を上げられ、指を入れられながら自分の左手の甲を噛む。
「こぐっちゃん」
指の動きを止めた色気のない呼び方で吉野がこちらを見下ろす。
「するの、久しぶりだったりする?」
口調こそいつもと同じだが、吉野の顔は驚くほど色を含んでいて、朱莉はしばしボーっとなった。
「こぐっちゃん?」
(ーーーその呼び方やめろ)
我に返った朱莉は質問を反芻する。
「えっと、かれこれ一年前くらいかな」
「誰と?」
「誰とって。吉野の知らない人だよ」
「どんな人」
「ぐいぐい来るね」
朱莉は笑う。
「元カレ。結婚したばかりだって言って、結婚祝いに一杯奢れっていうから、飲み屋に行って、そのままグズグズのズブズブに」
「————」
「今夜とあんまり変わらないね」
「————」
「成長してないなー。はは」
「———違うだろ」
吉野が足を上げた手に力を咥える。
「ちょっと……!」
「全然違うだろって言ってんの!」
言うと、今まで優しかった指を荒々しく中に突き刺した。
悲鳴に近い喘ぎ声を出すと、吉野はその指を激しく出し入れし始めた。
声が抑えられない。
出したくないのに。
ーーー負けたくないのに。
抗議の意味を込めて、手加減なく動かしてくる男を睨む。
(————あ。)
そこには何でも許してくれる優しい同期はいなかった。
なぜだか怒りを含んだ男の目が、こちらを刺すように見下ろしていた。
思わず両手を脇について腰を引いた朱莉のウエストを、吉野はグッと両手で引き寄せた。
いつの間に装着した避妊具が、ベッド脇にあるプリーツシェードのライトに照らされて、ピカピカ光っている。
ちらりと顔を上げて自分のバッグを見る。
漁られた形跡はない。
(こいつも、“その気”で来たんだ)
その事実に少しばかり喜びつつも。
(何それ、こわい―――)
恐怖の方が勝る。
だって、そんな態度見せなかった。
行きの車の中でも、展示会中も、居酒屋に入った時だって――――。
(ーーーこわ!)
腰を引きよせた手の力は強くて、びくともしない。
足を上げながら、その手をベッドに付くと、もう片方の手は、逃げられないように朱莉の肩と首の間に置かれる。
「よ、吉野……?」
股間から上げた吉野の視線が刺さるように鋭い。
その目に射竦められ、動けなくなった獲物に、吉野は無言でとどめの刃を突き刺した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!