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桐生に手首を掴まれたまま、ひよりは固まっていた。
――「俺は、ずっとお前のこと気にしてた」
それって、どういう意味?
どうして、そんなことを今になって言うの?
ひよりの心臓は、犬みたいにバクバクとうるさく鳴っていた。
「……桐生くん、なんでそんなこと言うの?」
絞り出すように問いかけると、桐生は少しだけ視線をそらした。
「さあな」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、手はまだひよりの手首を離さない。
「それに、なんでお前が俺を避けるのかも、わかんねぇ」
「……っ!」
ひよりは桐生の手を振りほどいた。
少しの沈黙。
周りにいた生徒たちが遠巻きにこちらを見ているのを感じる。
でも、今はそんなことどうでもよかった。
「わかんないって……桐生くんが言ったんだよ?」
「……」
「『猫系だったら、愛したよ』って……」
その言葉を口に出した瞬間、ひよりの目にじわりと熱いものがこみ上げた。
「私、ずっと桐生くんが好きだったのに……」
ひよりは自分の胸に手を当てる。
「犬系だからダメなの? 元気すぎるから? うるさいから? ……そんなの、ひどいよ……」
ぽろっと涙がこぼれた。
それを見た瞬間、桐生の顔色が変わった。
彼が、焦ったように口を開く。
「……待て、それは……」
「待てないよ……!」
ひよりは涙を拭い、息を詰まらせながら言った。
「そんな風に言われたら、私……どうしたらいいの?」
桐生は、困ったように、でも苦しそうにひよりを見つめた。
そして――
静かに目を伏せ、ぽつりと呟いた。
「……あの時のは、ただの冗談だ」
「え?」
「本気でそんなこと思ってねぇよ」
ゆっくりと顔を上げる桐生。
「お前が犬系だから嫌だとか、そういうの、一回も思ったことねぇ」
「……じゃあ、なんであんなこと言ったの?」
「……」
桐生は答えなかった。
いや――答えられなかった。
でも、その沈黙が、ひよりには少しだけ答えをくれた気がした。
「桐生くん……」
ひよりが一歩踏み出そうとした、その時。
――「橘!」
さっきの男子が、突然声を上げた。
「俺のことはどうするんだよ」
思わず、ひよりと桐生はそちらを見る。
「俺、お前のこと……」
言いかけた男子の言葉を、桐生は無表情で遮った。
「悪いけど、こいつは俺がもらう」
「……っ!?」
ひよりの心臓が、思いっきり跳ねた。
周囲がざわめく。
「ちょっ……! 桐生くん、今なんて……」
「言葉通りだ」
桐生は、ふっと口の端を上げる。
「お前は俺のもんだから」
その瞬間、ひよりのしっぽ――いや、心の中のしっぽが、ぶんぶんと大きく振られるのを感じた。