テラーノベル
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草に埋もれた道は、境界へ向かっていた。
ハルとミオは翌日も、その道をたどった。
一日目は途中で共同作業の鐘が鳴り、戻った。二日目は資材運搬の大人が近くを通ったため諦めた。
三日目。ようやく二人は、道の終わりまで来た。
「これ……門?」
ミオが言った。
境界の北西側。蔓と錆に覆われ、壁の一部に溶け込むように巨大な金属扉があった。
普段見る細い点検扉とは違う。人ではなく、荷車や大きな機械が通れる幅だ。
「地図の切れ目、これだ」
ハルは扉へ近づいた。
中央に縦の合わせ目。横には小さな操作箱。上部には消えかけた文字がある。
「何て書いてる?」
「読めるところだけ」
ミオが埃を払う。
『搬入』
その下に『非常時』。さらに小さな英字。
C-17。
「また」
ハルが笑った。もう驚かなくなってきた。
「ここから物資を入れてたんだ」
「たぶん」
「じゃあ外側に道が続いてる」
「昔はね」
「今もだよ」
「見てないでしょ」
「地図では続いてた」
「地図は昔」
「ミオ、父さんみたい」
「ハルが決めつけるから」
二人は門の周りを調べた。
操作箱は動かない。ボタンを押しても反応なし。扉の下は土に埋もれている。
「開かないな」
「開ける気だったの?」
「確認」
「何を?」
「開くかどうか」
「それを開けるって言うの」
ミオが呆れる。
ハルは扉に耳を当てた。何も聞こえない。
少し離れたところでは、以前の地下音が低く響いている。
「こっちの音とは別なんだな」
「循環設備はもっと東」
「じゃあこの門は今使ってない」
「見れば分かる」
門の脇には人一人が通れそうな小さな扉があった。そこにも取っ手。
ハルが引く。動かない。押す。動かない。
「鍵?」
ミオがしゃがむ。
「鍵穴がない」
「じゃあ中からどうやって開けるんだ?」
二人は操作箱を見る。
電気が死んでいるなら、開けられないのかもしれない。
「非常時って書いてるのに?」
ハルが言った。
「非常時だから、勝手に開かないようにしてるとか」
「外から危険なものが入ってくるから?」
「それなら分かる」
ハルは小扉をもう一度押した。
「でも、中からも開かない」
ミオが黙った。ハルも言葉にしてから気づいた。
境界は、外の危険を入れないためにある。ずっとそう教わってきた。
なら、中から外へ出ることまで難しくする必要はあるのだろうか。
「壊れてるだけかも」
ミオが言った。
「うん」
ハルは珍しくすぐ認めた。
「だから、まだ分からない」
二人はさらに周囲を見た。
門の近くに古い倉庫がある。正面は資材で塞がれているが、裏へ回ると道の舗装がその下まで続いていた。
「倉庫、後から置いた?」
「建物を置くって何」
「道の上に建てたってこと」
「それなら、道を使わなくなってからだね」
倉庫の壁には新しい補修跡がある。
村の大人たちは、この古い道の上に今も物を置いている。知らないわけではない。使わないことを選んでいる。
「先生に聞いてみる」
ハルが言った。
「門のこと?」
「道のこと」
翌日、授業が終わったあとセイジを捕まえた。
「先生。北西に古い道があるの知ってますか?」
セイジは答案をまとめながら答えた。
「作業路ならいくつもある」
「境界まで続いてるやつ」
手が止まる。
「どこで見つけた」
「資材庫の向こう」
「あそこへ行ったのか」
「道を歩いただけです」
「立入禁止の表示があっただろ」
「草で見えませんでした」
これは半分本当だった。
セイジはため息をついた。
「昔の搬入路だ。今は使っていない」
「何を運んだんですか?」
「建物を作ったときの資材だろう」
「どこから?」
「外からだ」
また、外から。
「外に人がいたんですよね」
「昔はな」
「どこに?」
「知らない」
「31って場所知ってますか?」
セイジの目がハルを見た。
「何だ、それは」
「知らないならいいです」
「ハル」
呼び止められる。
「最近、お前は境界のことを調べているのか?」
「ちょっと」
「やめろとは言わない」
予想外の言葉だった。
「でも、古い設備は本当に危険だ。壊れた床や、電気が残っている場所もある。好奇心で怪我をするな」
「外が危険だからじゃなくて?」
セイジは困ったように笑った。
「どっちもだ」
「先生も外を見たことないですよね」
笑顔が消えた。
「ない」
「じゃあ、今も危険ってどうして分かるんですか?」
「そう教わったからだ」
答えは早かった。あまりに素直で、ハルの方が言葉を失った。
セイジは続けた。
「俺が子供のころも同じように習った。境界の外には出ない。それで村は続いてきた」
「それだけ?」
「それだけで十分なこともある」
ハルは教室を出た。
廊下で待っていたミオが聞く。
「どうだった?」
「先生も見たことない。でも、道は知ってた」
「やっぱり」
「なんか……隠してるようには見えなかった」
「じゃあ?」
「本当に、教わったことをそのまま信じてる」
放課後、二人はもう一度門へ行った。今度は紙と鉛筆を持ってきた。
ミオが扉と操作箱を描く。
「ここ、何か書いてある」
操作箱の下。泥に隠れていた金属板。
ハルが袖で拭いた。
『緊急閉鎖時……内部……解除……管理……』
「読めない」
「でも『内部』と『解除』」
「中から開ける方法?」
「かもしれない」
ハルは扉を見る。
「管理って何だろ」
「管理棟?」
「古い方?」
二人は顔を見合わせた。
古い管理棟には、まだ見ていない部屋があった。
「行く?」
ハルが聞く。
ミオは首を横に振った。
「今日は行かない」
「何で?」
「順番」
ミオは描いた図に矢印を書き込んだ。
「まず、この門がどういう仕組みだったか調べる。外から開けられないのは普通。でも、中からも自由に開けられないなら理由がある」
「危険だから?」
「それも仮説」
「じゃあもう一個は?」
ミオは鉛筆を止めた。
「出ないようにしてた」
ハルは笑わなかった。初めてミオの口から出た言葉だったからだ。
「俺もそれ考えてた」
「まだ決めない」
「分かってる」
帰ろうとして、ハルは道の続きを振り返った。
門の向こう側。見えない場所にも、この舗装は続いている。
「存在しない道じゃないんだ」
「何?」
「みんな使わないから、ないことになってるだけ」
ミオは少し考えた。
「それ、道だけかな」
その背後で、古い搬入門は固く閉じたままだった。
二人はその日、門を触らずに帰った。
翌朝、ハルは学校へ向かう途中で搬入路の入口を振り返った。草に隠れているせいで、知っていなければただの空き地にしか見えない。
「昨日の話、変だと思わない?」
ミオが横に並ぶ。
「どれ?」
「セイジ先生。道は知ってる。搬入路だったことも知ってる。でも、外が今どうなってるかは知らない」
「父さんも同じ」
「たぶん大人の中で、昔のことと今のことが一緒になってる」
ハルは考えた。
昔、危険だった。
だから今も危険。
昔、門を閉めた。
だから今も閉める。
間にある長い時間を、誰も確かめていない。
昼休み、二人は図書棚の古い教材を探した。
世界の地図はない。
代わりに、居住区内の避難図と設備図がある。
火災。
浸水。
停電。
「見て」
ミオが避難図を指した。
避難先は全部、境界の内側だった。
学校から共同広場。
畑から管理棟前。
外へ逃げる経路は一つもない。
「火が村中に広がったら?」
ハルが聞く。
「そんな想定してないのかも」
「境界の外へ出た方が早い場所もあるのに」
「昔の外が、それ以上に危険だったならおかしくない」
「また昔」
ミオは紙を閉じた。
「だから仕組みを調べる」
放課後、二人は搬入門へ戻った。
今日は操作箱を開けようとはしない。
周囲だけを見る。
門の内側には、太い蝶番。
外側から見えない位置に固定具。
さらに壁沿いに古い配線。
「これ、監視用?」
ハルが細い管を指す。
「たぶん。切れてるけど」
少し離れた場所には、地面から突き出た低い柱。
表面を拭くと『17-GATE NW』と読めた。
「北西ゲート」
「じゃあ、他にも門ある?」
「地図にはここしかなかったと思う」
「じゃあ正式な入口だったんだ」
ハルは巨大な扉を見上げた。
ここを荷物が通った。
人も通ったはずだ。
最初から「越えてはいけない線」だったわけではない。
少なくとも作った人たちは、境界を行き来していた。
「ミオ」
「何?」
「行っちゃいけないんじゃない。俺たち、出られないようにされてるんじゃないか?」
ミオはすぐには答えなかった。
門を見て、操作箱を見て、それからハルを見る。
「まだ証拠がない」
「じゃあ、調べよう」
今度はミオも止めなかった。
「うん。仕組みから」
二人は図に、蝶番、配線、柱の位置を書き足した。
その途中、遠くから人の声が聞こえた。
資材担当の大人たちだ。
二人は急いで紙を畳み、草の陰へ移動する。
大人たちは搬入路の入口近くまで来たが、門には向かわなかった。
古い倉庫から金属板を運び出す。
「あの人たち、道の上歩いてる」
ハルが囁く。
「でも道だと思ってないのかも」
「そんなことある?」
「毎日見てるものほど、何か考えなくなることあるでしょ」
大人たちは作業を終え、戻っていく。
誰も草の下の舗装を見ない。
ハルは妙な気持ちになった。
秘密だから見えないのではない。
見ようとしないから見えないものもある。
門も、道も。
そして、昔から続いている決まりも。
帰り道、ハルは言った。
「俺、先生が嘘ついてない方が怖いかも」
「なんで?」
「本当にみんな疑問に思ってないなら、誰に聞いても答え出ないじゃん」
ミオは少し考えた。
「なら、物に聞くしかないね」
「物?」
「門。記録。設備」
「喋らないけど」
「ハルより正直かも」
「ひどい」
二人の背後で、使われない搬入門は何も答えず立っていた。
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# 感想 第7話、読み終えました。 「存在しない道」というタイトルがもうじんわり来ますね。ハルとミオが搬入門を調べていくうちに、「見ようとしないから見えないものもある」って気づく場面、すごく刺さりました。セイジ先生が「教わったから」と答えるシーンも、悪意がないからこそ不気味というか…。 ミオの「出ないようにしてた」仮説、初めて口に出たのがここだと思うと感慨深いです。二人の視点の違い(ハルは直感・行動、ミオは分析・慎重)も、世界の謎を解くのに効いてる感じがしますね。 次、古い管理棟の未調査部分…気になります。