テラーノベル
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ミオは三つの丸を紙に描いた。
一つ目に「門」。二つ目に「鍵」。三つ目に「管理」。
「何これ」
「分かってること」
学校の裏、使われていない物置の陰。二人は昼休みに集まっていた。
「一、北西に昔の搬入門がある。二、今は中からも簡単には開かない。三、金属板に『内部』『解除』『管理』って文字があった」
「四、父さんが古い鍵を持ってる」
ハルが書き足す。
「それは境界の鍵とは限らない」
「北側の建物を開けてた」
「循環設備の鍵」
「同じ鍵で他も開くかも」
「それが仮説」
ミオが四つ目の丸の横に「?」をつけた。
「じゃあ六。境界は俺たちを出さないために――」
「それは一番最後」
鉛筆で止められた。
「なんで?」
「大きすぎるから」
ミオは紙をハルの方へ向ける。
「境界が人を出さないために作られたって言うなら、それを説明できる証拠が必要」
「中から開かない」
「壊れてるだけかもしれない」
「管理しないと解除できない」
「非常時だけかもしれない」
「じゃあ調べる」
「そう」
二人は放課後、ゲンの工房へ向かった。
「また面倒なのが来た」
二人を見るなり老人は言った。
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてある」
ハルは作業台に、ミオが描いた搬入門の図を置いた。
「これ、知ってる?」
ゲンの目が細くなった。
「どこで見た」
「北西」
「行ったのか」
「道を歩いただけ」
「最近のガキは暇だな」
ゲンは図を持ち上げた。
「昔の搬入口だ」
「開く?」
「今は知らん」
「昔は?」
「開いたから入口なんだろ」
「中から?」
ゲンがハルを見る。
「何が聞きたい」
ミオが代わった。
「非常時の閉鎖装置について知りたいです。操作箱に『内部』『解除』『管理』って残ってました」
ゲンは図を机へ戻した。
「昔の設備には、停電しても勝手に扉が開かない仕組みがある。非常時に電気が落ちて、全部開いたら困るからな」
「外から危険なものが入るから?」
「それもある」
ハルはその言葉を逃さなかった。
「それも?」
「昔の仕組みの話だ。俺が作ったわけじゃない」
「じゃあ他には?」
「知らん」
工房の奥で小さなモーターが回っている。
ハルは壁に並ぶ古い部品を見る。以前見つけたC-17の刻印。
「ゲンじい。Cって何?」
老人の手が止まる。
「C-17」
「どこで見た」
「ここにもある。古い管理棟にも。搬入門にも」
「Cって何?」
ゲンはしばらく黙った。
「昔の区分記号だ」
「何の?」
「設備」
「全部同じ設備じゃない」
「同じ場所で使う設備だ」
「場所?」
ゲンはしまったという顔をした。
「この村?」
ミオが聞いた。
老人は答えなかった。
「17って村の番号なの?」
「知らん」
「今、場所って言った」
「帰れ」
追い出された。
だが今回は、二人とも不満そうではなかった。
「場所」
外へ出るなりハルが言う。
「聞いた」
「C-17は設備番号じゃなくて、この場所の番号かもしれない」
「かもしれない」
「31も?」
ミオは紙を取り出した。
「もし同じなら」
「31って場所が別にある」
二人は黙った。
外には何もない。その言葉が、また少し崩れた。
翌日、二人は古い管理棟の周囲を調べた。
裏手から境界へ向かって細い溝がある。その先に、以前聞いた地下音。
ゴウン……。
地図の記憶を頼りに搬入門まで歩く途中、草の中に小さな金属蓋がいくつも見つかった。
17-A。17-B。17-C。
「全部十七」
「区分記号っていうのは本当っぽい」
搬入門まで来ると、二人は改めて構造を見た。
高い壁。大きな門。内側の操作箱。
「もし外から危険なものを入れないだけなら」
ハルが言う。
「内側の人が開けることは止めなくてもいい」
「開けたら危険が入る」
「開けてる間だけだろ」
「だから勝手に開けないように管理する」
「それは分かる。でも非常時って、火事とか水が止まったときに外へ逃げることもあるんじゃない?」
ミオは答えなかった。
「なのに停電したら閉まったまま。管理しないと解除できない」
「だから――」
「出ないようにしてた可能性もある」
今度はミオも止めなかった。
「可能性はある」
ミオは紙の一番下に書いた。
『境界は、外の危険を入れないためだけではない?』
疑問符を大きくつける。
「これならいい」
「弱くない?」
「今はこれくらい」
その日の夕方、ハルは家で父の工具袋を見た。
トウマは風呂に入っている。袋は棚の上。黒ずんだ鍵が少しだけ見えている。
手を伸ばせば取れる。
ハルは立ち上がった。
一歩。二歩。
鍵へ手を伸ばす。
「何してるの?」
ナナだった。
ハルは飛び上がった。
「何も!」
「お父さんの袋見てた」
「見てただけ」
「触ったら怒られるよ」
ハルは手を引いた。
盗むのは違う。そう思った。少なくとも今は。
翌日、その話をするとミオは安心した顔をした。
「よかった」
「何が」
「持ってこなくて」
「開いたかもしれないのに」
「それで開いたら、ハル絶対外に出ようとするでしょ」
「しない」
「する」
「……ちょっと見るだけ」
「ほら」
二人は笑った。
けれど笑いが消えたあと、ミオは真面目な顔で言った。
「鍵じゃない方法で確かめよう」
その日から二人は、さりげなく大人に同じ質問をした。
境界は何のためにあるのか。
畑のサキ。
「外が危ないからでしょ」
発電担当の男。
「設備を守るためでもあるな」
診療所のユイ。
「昔の人が必要だと思ったから」
資材庫の女性。
「子供が近づかないため」
答えは全部少しずつ違った。
「誰も同じ答えじゃない」
ミオが言った。
「でもみんな守ってる」
「ルールだから」
「誰が決めた?」
「昔の人」
「今の人は?」
ミオは答えなかった。
夕方の鐘が鳴る。
ハルは門に触れた。
外から何かを防ぐ壁。それはきっと本当だ。
でも、それだけではないかもしれない。
「確かめたい」
ハルが言った。
「うん」
ミオも今度は否定しなかった。
二人の仮説には、まだ大きな疑問符がついていた。
その疑問符を消すには、境界そのものを調べるしかなかった。
翌日の昼休み、ミオは紙を作り直した。
今度は丸ではなく、二本の線を引いた。
左に『分かっている』。
右に『考えている』。
「何これ」
「ハル対策」
「俺?」
「考えたことをすぐ事実みたいに言うから」
左側。
搬入門がある。
外へ続く旧道がある。
C-17が複数の設備に使われている。
門は管理なしでは簡単に開かない。
右側。
C-17はこの場所の番号?
31も別の場所?
境界は外から守るだけではない?
「疑問符だらけ」
「それでいい」
ミオは鉛筆を置く。
「疑問符を勝手に丸にしない」
「はいはい」
「返事が軽い」
ゲンと同じことを言われ、ハルは笑った。
午後の授業では、村の人口と配給量の計算をした。
二百五十八人。
一日に必要な水。
穀物。
保存食。
数字を見ながら、ハルは境界を別の角度から考えた。
「ミオ」
「授業中」
「二百五十八人を守るなら、勝手に門開けられない方が普通かも」
ミオが驚いた顔をする。
「何」
「ハルが反対側の理由考えた」
「俺だって考える」
「成長した」
「うるさい」
確かに、誰でも門を開けられたら危ない。
外に何があるか分からないなら、なおさらだ。
だから「管理されている」という事実だけでは、閉じ込めるための証拠にならない。
放課後、二人はゲンの工房へ戻った。
老人は昨日より機嫌が悪かった。
「また来たのか」
「手伝い」
「その紙を隠してから言え」
ミオは慌てて仮説表を畳む。
ゲンは鼻で笑った。
「何を調べてるか知らんが、答えを先に決めるなよ」
ハルとミオは顔を見合わせた。
「なんで分かった?」
「お前の顔だ」
ゲンは古いポンプを分解しながら言う。
「壊れたと思って部品を替えたら、原因は配線だった、なんてことは何度もある。自分が見たい故障だけ見てると、余計壊す」
ミオが小さく笑った。
「ハルみたい」
「お前もだ」
「私も?」
「自分は慎重だと思ってる奴が一番面倒なこともある」
二人とも黙る。
ゲンは続けた。
「分からんものは、分からんまま置いとけ。証拠が増えるまでな」
「ゲンじい、それ自分にも言ってる?」
老人の手が一瞬止まった。
「帰れ」
その反応を、ハルは覚えておいた。
工房を出ると、ミオが言った。
「ゲンさん、何かあるね」
「証拠は?」
ミオが睨む。
「今のは仕返し?」
「ちょっと」
二人は笑った。
その夜、ハルは黒ずんだ鍵を盗らなかったことを改めて考えた。
もしあの時取っていたら。
門が開いたかもしれない。
外を見られたかもしれない。
でも、それでは自分が欲しい答えまで「勝手にやった結果」にしてしまう。
父が隠しているのか。
父も知らないのか。
境界が何のために作られたのか。
それらは鍵一本では分からない。
翌朝、ミオの紙にハルは新しい一行を書いた。
『大人は、知っていて隠しているとは限らない』
ミオが読む。
「これ、分かっている方?」
「考えている方」
「正解」
「まだ疑問符?」
「もちろん」
ハルは少し不満だった。
でも、その疑問符を消すこと自体が、今は面白くなっていた。
答えを当てるのではない。
答えが何なのか確かめる。
そのために、次は門の仕組みをもっと具体的に調べる。
二人は同じ結論にたどり着いた。
そしてその先には、ゲンがまだ話していない何かがある。
ハルはそう感じていた。
コメント
1件
第8話、じっくり読ませてもらいました…! ミオとハル、少しずつだけど確かに謎の輪郭をつかみ始めてる感じがして、読んでてちょっと切なくもドキドキしました。 「鍵じゃない方法で確かめよう」ってミオが言ったところ、優しくて賢くて好きです。 ゲンじいの「答えを先に決めるな」も、重みがあってグッときました。 次、どうなるんだろう…? 二人がどこまでたどり着くのか、すごく気になります。