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家に着くなり、恭介はソファに座り込む。智絵里はその隣に座り、彼の方へ向き直る。
「……智絵里を辛い気持ちにさせるかもしれない。それでも聞く?」
「それによって恭介が既に辛い思いをしてるんでしょ? それなら尚更聞かないとおかしい。私のことで恭介が辛くならないでよ」
智絵里はそう言ってくれたが、やはり不安は消えなかった。でもこれは二人で乗り越えるべきなのかもしれない。
「先週の火曜日、早川から突然呼び出されたんだ」
「早川って、三年の時に同じクラスだった? そういえばさっき話に出てきた……」
「そう。そこで突然、高三の時の智絵里の話になったんだ。俺は何も話してないのに智絵里が外部の大学を受験したこと、三学期は卒業式にしか来なかった話題になって……智絵里に何かあったんじゃないかっていう話になった」
「……なんで早川くんが?」
「あいつ今刑事なんだ。どうも智絵里と同じような被害を受けた子が何人かいるらしくて、でもみんなそれを訴えなかった。でも今年被害届を出した子が勇気を出して、捜査が始まることになったんだって」
「……ちょっと待って……。他にも被害者がいた……?」
「あの男は毎年犯罪を繰り返していたんだよ」
智絵里は凍りついた。私だけじゃなかった。
「私のせい……? 私がちゃんと訴えれば、被害が続くことはなかった?」
「早川は時効を迎えたものもあるって言ってたんだ。智絵里の場合、今年が時効。ということは智絵里が被害を受ける前からあいつは繰り返していたことになるんだよ」
自分と同じ境遇の子がいることが辛い。その子たちは今どう生きているんだろう。ちゃんと前を向けているのだろうか。
「早川くんは……どうして恭介に接触したの?」
「智絵里を探してるって。……被害届を出して、証言して欲しいって」
「そうなんだ……。そのことを先週からずっと一人で抱え込んで悩んでたの?」
「……だってようやく智絵里に笑顔が戻ってきてたのに、また辛い思いをさせることになるだろ……」
「そっか……恭介は優しいね……」
確かにその話を聞いてたじろいでいる自分がいる。あの男と対峙すると考えただけで体が震えだす。
「本当は今度のクラス会の時に、早川から話すはずだった。でもそれでいいのかわからなかった……」
「私のことに恭介を巻き込んでごめん……」
「違う。智絵里のことなら俺は自分から巻き込まれる覚悟だから。守るって言っただろ。俺は智絵里をこれ以上傷付けたくないだけなんだ」
『これ以上傷付けたくない』
その言葉が智絵里の心に響く。このまま何もしなければ、私みたいな被害者が増えるかもしれない。それを食い止めるために必要なのは、きっと私の勇気なんだと思う。
勇気を出したい、でも怖い……二つの言葉が智絵里の心の中を何度もリフレインしていく。
すると恭介が智絵里の体を引き寄せ、強く抱きしめた。
「すぐに結論は出さなくて大丈夫だよ。俺はどんなことがあっても智絵里を守るし、智絵里の意見を尊重するから」
恭介がいてくれることがこんなに心強い。
きっと今の私が出来ることは、誰かの未来を守ること。私と同じような想いを、誰かに背負わせてはいけない。こんなに辛くて悲しい想いを繋ぐことは許されない。
「恭介、話してくれてありがとう」
「……黙っててごめん……」
「恭介なりの気遣いでしょ? でもかなり不安だったよ」
「俺って隠し事とか出来ないタイプなんだよ……」
「知ってる。でも不安を煽られちゃったし、何かしらで償ってもらおうかな」
「えっ、ちょっと待ってよ。嫌な予感しかしないんだけど……」
智絵里は戸惑う恭介の顔をいたずらっぽく見つめる。だけど本当はいろいろな感情が入り乱れ、不安ばかりが募るのを笑顔で隠そうとした。
「会社のそばの喫茶店の特大パフェを二人で食べる! 憧れだったんだよね〜。さすがにあのサイズを一人で食べる勇気はない」
「……胃袋もつかな……」
「あと腕時計が欲しい。電波時計。かわいいのがいいな」
「俺は心配して黙ってただけなのに……」
「時計」
「はいはい……」
「あともう一つ」
「まだあるの?」
智絵里は恭介の胸に顔を埋めた。あなたのこの優しさが私の気持ちを弱くするの。
「……朝までしっかり私のことを甘やかしなさい……」
どうしてもあなたを頼ってしまうの。
思いがけない智絵里の言葉に、恭介は困ったように下を向く。
「智絵里を甘やかすなんて、俺にとってはご褒美なんだけど……」
「私にとっては、恭介への罰なの。返事は?」
「……朝までしっかりご奉仕させいただきます」
「よろしい」
智絵里は恭介の輪郭を指でなぞり、唇に到達するとキスをする。あなたがいてくれて良かったって心から思うの。私一人ではきっと受け止めきれなかったはず。
「……ちゃんと考えて答えを出すから……。だから朝まではいろいろ忘れさせて……」
智絵里の瞳からこぼれ落ちた涙に恭介は口づける。体を抱き上げられ膝の上に乗せられると、智絵里は恭介の首に腕を回す。
今だけは何も考えずに、ただ愛する人との優しくて甘い快楽の中に溺れていたかった。