テラーノベル
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必死にその原因を探ろうと意識を集中させていたら、どういうわけか段々胸が高鳴って苦しくなってしまう。
そのせいでなかなか整わない呼吸がもどかしくて、私は慌てて彼から視線をそらした。
「日織さん、今までキスをしたご経験は?」
そんな私を黙って見つめておられた塚田さんが、唐突にそう問いかけていらっしゃる。
キスの経験なんて……あるわけ、ない。
聞かれて、せっかくリズムを取り戻しかけていた鼓動を再度大きく乱された私は、真っ赤になってうつむく。
その反応で、応えは否だと判断なさったのだろう。
塚田さんは無言で立ち上がると、くるりと私に背を向けた。
(きっと……キスひとつもまともに出来ない子供っぽい女の子だと思われてしまったに違いないのです……)
私は、悲しくて泣きたくなった。
思わず、背中を見せる塚田さんの服の後ろを縋るように掴んでしまって、自分でも何故そんな困らせるようなことをしてしまったんだろう?と思ってしまう。
「ごめっ、なさい……」
謝罪は、未練がましく追い縋ってしまったことに対してか、それともキスさえマトモに出来ずに幻滅させてしまったことに対してか。
自分でも分からなくて、知らず瞳に涙が盛り上がる。
慌ててうつむいて、涙を見せないようにしたつもりだったけれど、そのせいでポトリと落ちた水滴を、塚田さんは見逃さなかった。
「日織さん? どうして泣いて……?」
ソファに座ったまま視線を伏せた私の顔を覗き込むように、塚田さんが眼前で膝を折る。そうして、私の目元にたまる涙を指先で優しく拭うと、無意識に腿の上でギュッと握りしめていた手を、両手でそっと包んでくださった。
「うまく……キスできな、く、れっ……。ら、のに塚田しゃん、離、っちゃうのも、イヤ、で……。我儘れ、ごめンなさ……っ」
泣いてはダメだと思うのに。
私の、言葉になっているのかすら微妙な想いを、何も言わずに真摯に受け止めてくださる塚田さんに、私は不安に感じたことを、泣きながら洗いざらいぶちまけた。
こんな風に自分の気持ちを素直に誰かに打ち明けるのは、両親以外には初めてのことかも知れない。
私がこぼす涙が、塚田さんの手の甲で何粒も何粒も弾け飛ぶ。
それを嫌がるそぶりも見せず、塚田さんはただ静かに私の手を握っていてくださった。
そうして私が少し落ち着くのを見計らって立ち上がられると――。
何も言わずに私を抱き上げてくださった。
「塚田しゃっ?」
突然のことに思わず彼のお名前を呼ぶと、「お忘れですか? 修太郎です」とたしなめられた。
彼はそのまま私を寝室に運ぶと、そっとベッドの上に降ろす。
「僕が突然背中を向けたことで、貴女を不安にさせてしまったんだとしたら……申し訳ありませんでした」
そこまで言うと、塚田さんは私に深々と頭をお下げになった。
それに驚いた私が、慌てて「そんな……っ」と手を伸ばすと、愛しそうにその手を取ってご自身の頬にあてがってから、手の甲にそっと口付けをくださる。
塚田さんの温かい手の温もりに、私は心の中から、ざわざわが少しずつ溶かされていくのを感じた。
「僕は……貴女の初めてのキスの相手が自分なのだと知って……そのことが余りに嬉しくて……その、年甲斐もなく、顔がにやけてしまったんです。それを、日織さんに見られるのが恥ずかしくて……思わず後ろを向いてしまいました」
貴女より一回り以上も年上なのに、僕もまだまだです、と付け加えてから、
「それでも日織さんをこんな風に不安にさせると分かっていたら、嬉しくて顔がにやけてしまいました、と素直に言った方がはるかにマシでした……。本当にごめんなさい」
言って、まだ乾き切らない私の頬をそっと撫でると、壊れ物を扱うように優しく抱きしめてくださった。
私は彼の言葉に心の底から安堵して……今まで生きてきて感じたことがないくらい異性――修太郎……さん――のことを狂おしいほどに愛しい、と思った。
それは、ずっと許婚だと言われ続けてきた健二さんにすら抱いたことのない感情で――。
いま目の前にいらっしゃる、彼以外の男性とお付き合いすることは考えられない、とはっきり自覚した。
(私、健二さんや彼のご両親、そしてお父様やお母様と、一度ちゃんと向き合わなくてはいけないのです)
鷹槻れん

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#契約結婚
鷹槻れん

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コメント
2件
塚田さん、女の子を不安にさせたらダメじゃない!(笑)
読み終わりました。キスの経験がないことを打ち明ける日織さんの切なさと、塚田さん(修太郎さん)が背を向けた本当の理由が「嬉しさで顔がにやけてしまったから」というのがもう……胸がぎゅっとなりました。年上で余裕のある彼が実は照れ屋だったなんて、そのギャップがたまらないです。「お忘れですか?修太郎です」の距離の縮め方も絶妙で、二人の空気がふわっと変わった瞬間がとても美しかったです。