コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
2024.12.7
「まじであのクソ上司いつか訴えてやる……」
深夜の暗い夜道に誰にも聞かれることのない愚痴をこぼしながら歩く。
本来なら数時間前に歩いていたはずの帰り道。
今日の作業はいつも以上に順調だった。退勤時間になるまで散らかりまくったデスクを掃除していたくらいに。
ようやく時間になったため席を立ち、鞄を手に取ろうとした瞬間、急にどよめくオフィス。何事かとみやればなんと上司がやった仕事にミスが発覚、それを代わりに拭う羽目になった。
もちろん、上司は定時で上がった。
どうやら、今日の惨めな俺には運も月明かりもないらしい。
人も車も通らない暗い暗い深夜の一人道。
良くない感情が渦巻いてしまうのも仕方なく、このまま闇に溶け込めたら楽なのにな、だなんて思考に揺らぐ。
ふいに視界の隅で何かが動いた気がした。
いつもなら見向きもしないが何故か目を向けなければいけない気がした。
「猫……?いや犬の死骸か?」
たまに見たことはあったじゃないか。
いままでと同じただの抜け殻。
しかし月明かりも人もいない道の片隅にいるこの子を。ひとり静かに横たわって瞳を閉ざしてしまったこの子から目線を外せられなかった。
ただひたすらに美しいと思ってしまった。
闇に紛れるほどの漆黒を纏ったその艶やかな毛並み。
紫水晶のように透き通った瞳に映った世界は、さぞ美しいものだっただろう。
すらりと伸び投げ出されたその四肢で自由に駆け回る姿は、馬のように優美だっただろう。
「動いてんのみたかったなぁ……」
薄い瞼に秘められたその美しい瞳に俺を映すことはないのだろう。
本当は埋めてゆっくり眠りにつかせてあげたいが、土を掘れるようなものなんて持ってはいない。
せめて手を合わせて安寧を願おうと近くにしゃがみ込む。
静かに両手を合わせて、祈りを捧げた。
どうかこんな人間の欲に塗れた世界よりも相応しい世界へ行けるように。
こんなことするの初めてだなぁ、なんて思いながら重い腰をあげ後ろ髪を引っ張られる思いで一歩、家に近づく。
……ん?
なぜ瞳が紫だと思った?
あの瞼が開くことはないというのに。
きっと残業のせいで疲れていて、動いているあの子の虚像を重ねてしまったたのだろう。
でも
もし
万が一
気のせいでなければ?
弓が弾けるように後ろを振り返る。
徐に開かれた瞳に俺の姿が反射する。
透き通った美しい瞳と確かに視線が交差した。
生きている。
そう分かるや否や、着ていたコートを脱ぎ、凍りついてしまいそうな灯火を守るために包み込むと腕に抱え、1秒でも早くと帰路を全力で走る。
真冬の冷め切った空気が肺や身体に突き刺さる。
社会人の身体が悲鳴をあげている。
そんなことよりも自分よりも、今はこの命を優先しなければならない。
何故、こんなにも必死になっているのか分からなかった。いつもなら絶対にしないような行動に自分でも戸惑っている。
こんなことをしたって助かる確信はないのに。
何故、こんなにもこの子を救いたいんだ。