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2024.12.23
一週間前に新月の中、死にかけの犬を拾った。
残業後の深夜にやっている動物病院なんてもちろんなかった。
とりあえず急いで家に帰った後、暖房の設定温度をいつもより高くしてヒーターの目の前で毛布に包みこむ。
もし俺が残業になっていなかったら、こいつはそのまま死んでしまっていたのだろうか。
目を覚まし暴れたらどうしようかと心配していたが、その水晶に俺が映り込むたびにすこし安心したような顔をしては水晶は隠した。
温めてていてもいつ、脈打つこの鼓動が止まってしまうか気が気でなく、その日は眠ることができなかった。
「犬じゃなくて狼ですね。」
「多分、一歳か未満か。人間でいうと15歳前後くらいですかね。にしても黒い毛並みに紫の瞳なんて初めてみたなぁ。」
「……狼だったのかお前。」
俺が拾った犬、もとい狼は動物病院の診察台に乗せられ大人しく伏せていた。
「この狼、どうされますか?選択肢はありますが自然に返すのが一番いいかと思います。」
「……ほかのはなんですか?」
「役所に引き取ってもらうことです。」
「つまり殺処分ってことですか?俺が育てることもできますよね?」
「犬を飼うのとはわけが違います。国の認可もおりていない。もし飼えたとして動物の飼育経験があっても難しいでしょう。元々飼育下にあったわけでもなく、産まれたてでもないなら尚更。あなたに危害を加える可能性も十二分にあるんですよ。危険です。」
「大丈夫です、こいつは俺が育てます。」
「……何を言っても引かなそうですね、分かりました。怪我はしていませんが、体調はまだ万全ではないでしょう。あなたが治ったと判断したら自然に返してあげてください。ただ、保護している間にあなたに危害を与えたらすぐ役所へ連絡すること。これだけは守ってください。あなたのためです。」
「っはい!!!ありがとうございます!!!」
正直にいって産まれてこのかた、動物を育てた経験なんてなかった。咄嗟に嘘を付いた。
小学生の頃、夏休みに捕まえた虫たちも何故かすぐに死んでしまった。
こいつも死んでしまうかもしれない。そう不安ではあったが知らないところで独り死んでしまうより、俺のせいであってもこの目で最期を見届けたい。
こいつに喰われたとしても彼の生きる糧となれるなら本望だ。
病院から貰った狼の生態が書かれているファイルとハーネスリードを持って外に出る。
そっと頭を撫でると耳を倒して不服そうな顔をしたが噛むような仕草はしなかった。
こんなに表情があるもんなのか。いまは澄ました顔でもいつかは笑ってくれるかな。
「……スマイル。」
俺の声に反応して美しい狼はこちらを見上げる。見れば見るほど美しい瞳と表情に思わず声を飲む。
「お前の名前だよ、今日からよろしくな。」
スマイルは僅かに頭を下げ、頷いたように見えた。
新月は半分ほど本来の形を取り戻した。
あれからスマイルは常に暖かい室内にいるため、体調はもう回復し優雅に室内を歩き回っている。
獣医は危険だと言っていたが俺に危害を与える気は一切ないらしく、かすり傷ひとつ付いていない。
「スマイルおいで、もう寝るよ。」
眠くなってきたため、ゲームもそこそこにベッドへ寝転びスマイルを呼ぶ。
狼は夜行性のはずだが、昼間は起きていて夜は一緒に寝る。表情もありご飯も俺と同じ物を好む。
普段から人間のような仕草をするスマイルに、本当は人間なのではないかと、いつか人間になるのではないかと期待をしてしまう。
「いまの姿も大好きだけど、お前が人間だったらな。」
布団に入ってきた体温にキスをひとつ落とす。
実現することのない要望は、温かさに蕩け意識とともに薄れていった。