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第六夜:鏡の中の狼
その夜、店内はいつもよりも静かだった。
外の風が木々を揺らし、雨は一時的に止んでいるようだが、夜の空気はひんやりとしている。
リュカはカウンターの上に並ぶグラスを拭きながら、時折カインと視線を交わしていた。店内の雰囲気は、どこか不安げなものを漂わせていた。
ドアが開くと、足音の音と共に、一人の男性が入ってきた。
彼の姿は、他の常連客とは少し違っていた。
背が高く、やや粗野な印象を与えるが、何よりも異様なのは、その顔に浮かぶ深い傷跡だった。彼の目は、まるで何かに取り憑かれたかのように鋭く、冷徹だ。
彼は黙ってカウンターに座り、リュカとカインを見つめた。
リュカは柔らかな笑顔で話しかける。
「いらっしゃいませ。お席にどうぞ。」
男性は無言でうなずき、しばらく何も言わずに黙って座っていた。その表情は硬く、何かを隠しているようだった。リュカはその沈黙を受け入れ、少し待ってから話を続けた。
「今日は、何かお悩みがあってお越しになったのでしょうか?」
男性はしばらく黙っていたが、やがて低い声で答えた。
「ああ…実は、最近自分が誰かを傷つけているような気がしてならない。」
その声には、どこか疲れた響きがあった。
「自分の中に…何か、恐ろしいものがいるような気がして。それが、誰かを傷つけているんじゃないかと思って。」
リュカはその言葉をじっと聞きながら、深くうなずいた。
「自分の中に恐れや怒りを感じることは、誰にでもあります。でも、それをどう制御するかが大切です。」
リュカは男性の目を見つめ、言葉を続けた。
「恐れや怒りを感じた時に、どうするか。どうやってそれを自分の中で整理するか。それが、あなたを変える鍵になるかもしれません。」
カインは無言でグラスを拭きながら、男性の言葉に耳を傾けていた。しばらくして、カインが口を開く。
「自分の中の恐れや怒りに向き合うのは、簡単ではない。でも、それを認めて受け入れることで、少しずつ自分を制御できるようになる。」
男性は無言でカインとリュカの言葉を聞いていたが、少し顔を上げると、やがてつぶやいた。
「でも、どうしてもその衝動を抑えきれない時があるんだ。」
リュカはその言葉に共感を示すようにうなずき、優しく言った。
「自分を責める必要はありませんよ。誰しも、心の中で闇を抱えて生きています。ただ、それをどう扱うかが重要です。今はその心の闇にどう向き合うかを考える時期かもしれません。」
その言葉を受けて、カインが静かにカクテルを作り始めた。
「このカクテルは『Wolf’s Reflection』。自分の中に潜む影を見つめ、そこから学ぶための一杯です。」
カインは淡々とした声で続ける。
「影を直視することで、初めてそれが自分にとって必要なものかどうかを理解することができる。」
リュカは穏やかな表情で続けた。
「恐れや怒りに押しつぶされることなく、それらを受け入れて、自分の一部として扱うことが、最も大切なことです。」
リュカの言葉には、少しの優しさとともに、確かな力強さが感じられた。
カインはカクテルを完成させ、グラスを男性に手渡す。
「飲んでみて。恐れや怒りを克服するためには、まず自分の中の影を受け入れ、その上でどう前進するかを考えることが大切だ。」
男性は一瞬、カクテルを見つめてから、ゆっくりと手に取り、口をつけた。
その瞬間、彼の顔に驚きの表情が浮かんだ。カクテルの味わいは、苦味と深い甘みが混じり合い、彼の中にある不安と恐れを少しずつ落ち着かせるような感覚を与えていた。
「これは…」
男性は少しだけ目を閉じ、深く息をついた。
「不思議だ。こんなに深く、落ち着く感覚を感じるのは久しぶりだ。」
リュカは優しく微笑みながら言った。
「自分の中にある影を見つめることは、簡単ではありません。でも、それを受け入れることで、初めて心が軽くなり、前に進む力が湧いてきます。」
カインは冷静に続けた。
「そして、それが自分を変える第一歩となる。」
男性は少し考え込みながら、もう一口カクテルを飲み干すと、顔を上げてリュカとカインを見つめた。
「ありがとう…少し、楽になった気がする。」
彼は静かに立ち上がり、深くうなずいて言った。
「自分の中の恐れを受け入れる勇気が出た気がする。」
リュカは微笑みながら、彼の背中を見送りつつ言った。
「どんなに暗い影を持っていても、その影を受け入れることで初めて、光を見つけることができます。」
カインは無言でグラスを拭きながら、その言葉をじっと聞いていた。
店内には再び静けさが戻り、外の風の音と、時折聞こえる遠くの雷鳴が静かに響いていた。