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「いらっしゃい、アンリエッタさん。あら、マーカスも一緒なのね」


アンリエッタたちの姿を見るなり、パトリシアは立ち上がって出迎えてくれた。

マーカスの姿を見ても驚かないことから、想定していたことなのか、それとも予め来るように伝えていたかのどちらかしかなかった。


二人は普段から学術院にいるのだから、連絡を取り合っていても可笑しくはない。まして、姉弟なのだから、尚更だった。


そして、パトリシアの斜め後ろには、黒髪の男性が立っていた。


パトリシアは初めて会った時のように、アンリエッタの手を取り、椅子に座るよう促した。そこでようやく、テーブルの上に置かれた物に目が入った。


テーブルの上には、貴族の令嬢らしい可愛らしいお菓子が並べられていると思っていた。高価なティーカップには、口に合わなそうな紅茶が入っていたり、可愛らしいお菓子は、見た目に反して美味しくなかったり……。


そんな偏見を持っていたから、余計に目の前の光景に驚いてしまった。


ティーカップ自体は高価に見える物だったが、中に入っていたのは、アンリエッタが好んで飲んでいるローズヒップティーだった。独特な酸味が癖になり、手に入る時は、多めに買っていた。

さらに、お菓子も高級そうなのに、どれもアンリエッタが大好きなチョコレートのお菓子だった。


「お気に召さなかったかしら」


思わず固まって、それらを見ていると、パトリシアが心配そうに声を掛けてきた。


「いえ、どれも私の好物ばかりだから、驚いてしまって」

「それは良かったわ。このローズヒップティーだったかしら、今回初めて飲んだけど、酸味があって美味しいわね」


ということは、やっぱりこのテーブルの上にある物は、私のために用意されたものだったんだ。勿論、誰が情報を教えたのかは、分かり切っていた。


「これは酸味が強いから、好き嫌いが分かれる紅茶だと思うんですが、口に合って良かったです」


マーカスは甘いものより、酸味が効いている方を好むらしく、家で出しても飲んでくれていた。兄弟で好みが似ることもあれば、反対なこともあるけれど、この姉弟は前者のようだ。


それなら、持ってきたパンを気に入ってくれるかもしれない。


「これも口に合うといいんですが」


そう言ってアンリエッタは、籠からパンが入った袋を二つ取った。隣に座るマーカスが、座る時にアンリエッタの横に置いておいてくれたのだ。それをパトリシアに差し出した。


「もしかして、アンリエッタさんが焼いてくれたパン?」

「はい。良ければ後ろの方にも、どうぞ」


籠の中には、それぞれパンが二つずつ入った袋が、いくつか入っている。お総菜パンは匂いが移ることや、他のパンに付いてしまう恐れがあったので、オーソドックスなパンをチョイスして、ランダムに入れた。

だから、渡した袋の中に何のパンとパンが入っているのかは、アンリエッタも分からなかった。


「二つだけなのか?」

「それ以外は、別の所に配りに行こうと思っていたの。代わりにマーカスが行ってもらえると、一緒に帰れると思うんだけど」


そう、このパンたちは、お茶会からマーカスを追い出すためのアイテムなのだ。そのことにマーカスも気がつき、籠を睨んだ。


「一緒に行けばいいことだろう。わざわざ――……」


追い出すような真似をしなくても、と言いかけたマーカスに、アンリエッタは手招きをした。そして、耳元に口を近づけた。


「―――」


顔を離し、マーカスの顔色を窺った。すると、マーカスは溜め息を付いた。


「わかった」

「ありがとう、マーカス」

「さっき言ったこと、忘れるな」


勿論、と言う代わりに、アンリエッタは笑顔で答え、席を立ったマーカスを見送った。


「凄いわね。ちゃんとマーカスの手綱を持っているなんて」

「駄々をこねる子供の扱いに、慣れているだけですよ。って、ご家族の前で言うのは、失礼でしたね」

「ううん。両親でさえ、振り回されていることがあったから、そんなことはないわ。むしろ、尊敬しちゃう」


何だろう。好みの飲み物から食べ物まで出して、さらに持ち上げる様なことまで言われると、逆に怖いのを通り越して、気持ち悪かった。そう、昔からちやほやされるのは、苦手だった。


「それで、マーカスに席を外させてまで、私に何か要件があったのかしら」

「いいえ。パトリシアさんは、“二人”でと言っていたじゃないですか。だから、こうしてみたんです」


商人も貴族も、腹の探り合いの種類は違うが、やっていることは変わらない。利益を考えるか、足の引っ張り合いをするか、それの違いなだけで。けれど騙されない、という意味合いは一緒だった。


「察しが良くて助かったわ」


パトリシアは微笑むと、片手を上げて、後ろに控えていたルカを、さらに後方へと移動するよう促した。


「実は、ジャネット様から連絡が来てね。マーカスにも伝えてあるけど、内容から多分、アンリエッタさんには話していないと思ったから」

「そうでしたか。ありがとうございます。パトリシアさんは、マーカスが私に、この件に関わってほしくない理由は、ご存じですか?」

「えぇ。先日、銀竜に会った時のことを聞いたわ。それでようやく、マーカスがアンリエッタさんの傍にいて、帰って来なかった理由が分かったの」


うん。マーカスが勝手にやったこととはいえ、パトリシアさんには聞く権利がある。そして、何故マーカスが、侯爵家に戻らなかったのか、も含めて。


「ジャネット様からは、主にそのことについて、新たな仮説を立てた、という話なのだけれど、やっぱり聞いていない?」

「はい。ジャネット、様から連絡が来たこと自体、初耳で……」

「はぁ。全く困った子ね、マーカスも」


困ったことについて、今に始まったことではないけれど。アンリエッタは、溜め息を付くパトリシアを見て、苦笑した。


「それで仮説というのは、銀竜がアンリエッタさんを呼んだのは、神聖力の供給じゃないかって、ことなんだけど。アンリエッタさんは、どう思う?」

「供給……。あっ、鱗に神聖力が宿っていたから、それで……」

「えぇ、生贄もまた、力が弱まっているから求めたという仮説を、ユルーゲル、様が立てて。だから、マーカスが銀竜を説得した際に、代替案として、アンリエッタさんを呼んだんじゃないかっていうことなんだけど」


銀竜の力が弱まっているから、生贄を求めている仮説は、合っている。鱗に神聖力が宿っていたことから、銀竜は神聖力を持っている、という仮説も合っていると思う。


そうなると、私が担う役割は多いことを意味する。パトリシアさんが生贄にされることが、なくなるかもしれないから。じゃ、マーカスがこのことを私に伏せた理由は何だろう。


「つまり、私の神聖力にかかっている、ということですよね」

「えぇ、そういうことになるわ」

「そんな大事なことを、どうしてマーカスは教えてくれなかったんでしょうか」


そしたら、もっと神聖力の練習に力を入れなきゃいけないし。今以上に、教えを乞うように、先生にも伝える必要がある。


「マーカスは、アンリエッタさんを銀竜の所へ行かせたくないからよ。この仮説が正しければ、アンリエッタさんは必然的に、行かなければならない。でも、仮説が間違っていたら? 私は、当の昔から覚悟は出来ている。でも、アンリエッタさんは?」

「私は……」


すでに死は体験している。それでも、死を目の前にしたら、怖い。孤児院から逃げる時も、怖かったのだから、やっぱり変わらないと思う。


前世では得られなかったものを得てしまった今なら、余計そう思うような気がした。


「逆の立場になって、ようやく分かったの。両親が私を、家から出したがらなかった理由が。家を出たら、知らない内に銀竜の所へ行って、死んでしまうんじゃないかって。アンリエッタさんを見ていると、そう思うの」

「……」

「私が生きたいからって、アンリエッタさんを巻き込むことをしたら、マーカスに恨まれるし、私自身も後悔する、絶対に。だから、自分の立場以上に怖いの」


さすがヒロイン。綺麗な心を持っている。自分が生き残りたいから犠牲になって、と思う者なんて、この世の中ごまんといるのに。


前世で過保護と過干渉をしてきた祖父母も、そうだった。まだ一桁の歳の時に言われた。

『将来、面倒を見てね』と。

その時、『何で?』って答えた私を称賛したいけど、今考えるとゾッとする。あの人たちは、私の未来を、自分たちの犠牲になれと言っていたことに。だから、逃がさないために、そういったことをしていたことに。


パトリシアはそうじゃない。犠牲にならないでと言ってくれている。そんな優しい人のためなら、動きたいって思うよ。力になりたいって。


生まれた時から、自分は生贄になるために生まれてきたんだって、現実を受け止めて尚、他人の心配をする、出来る強い人のためなら、私だって頑張りたい。


グッと、涙が出そうなところを堪えて、口を開いた。


「大丈夫です。マーカスから最初に聞いた時から、随分経っていますから、私なりに気持ちの整理はついています。パトリシアさんが言うように、怖い気持ちは勿論あります」


アンリエッタは俯き、一旦言葉を区切った。


「最悪の想定だって、しなかったわけじゃないし。でも、仮説が正しかったら、パトリシアさんは助かるんですよ。これ以上のことはないじゃないですか。そのために、マーカスは家を出て、銀竜に会って、ここにいるんですから。それを無駄にしちゃ、いけない気がするんです」


努力しても、実のならないことなんて、ざらにある。でも、パトリシアの覚悟、マーカスの努力を無駄にしたくない。いや、一番は、この繋がりを否定したくないのかしれない。


「本当に? 仮説は飽く迄も仮説なのよ」

「覚悟できています。それを無駄にしないで下さい」

「ありがとう」


今度はパトリシアの方が、涙を堪えているようだった。鼻をすする音まで聞こえ、ルカが心配そうにパトリシアを見ていた。


「まだ、伝えることがあったのに、ごめんなさい」

「え? これだけじゃないんですか?」

「えぇ。学術院と魔塔で調べた結果、伝承から生贄まで、マーシェルにしか伝わっていないことが分かったの」


パトリシアは気持ちを落ち着かせるように、ティーカップに口を付けた。


「それは、マーシェルにだけ生贄が出ている、ということですよね」

「結果ではね。何故か、までは分からないけど。ただ、マーシェルで起こっていた、失踪や神隠しみたいな出来事が、関連していることを突き止めた結果、その間隔は同じではなかったことから、生贄を求めるのは、銀竜の力が弱まったから、という仮説を立証したわ」

「銀竜の力が神聖力かもしれないのは、鱗に神聖力が宿っていたことから、それは確定に違いないですから、ほとんど仮説は立証したようなものじゃないですか」


しかし、パトリシアは頷かなかった。


「それともう一つ、ユルーゲル様もとい、この時代の大魔術師様が関わっていた件だけど、どうやらこないだ、アンリエッタさんが関係した事件と、類似点があったらしいのよ」

「あっ、銀竜が神聖力を持っているのなら、そう……ですよね」


竜の方が、人よりも力を多く持っている可能性がある。ユルーゲルが、聖女並みの神聖力を望んでいたのであれば、それは大いにあった。


「神聖力と魔法を使った魔法陣を、研究していた痕跡は見つかって。さらに、その時期と銀竜の出現がとても近かったことから、恐らくその魔法陣で、私のように銀竜を呼び出したんじゃないか、という仮説と。その魔法陣に銀竜を捕縛した際、トラブルが起こって、生贄が必要な体になってしまった、という仮説が出来たらしいの」

「わ、私は何ともないですよ。後遺症も治りましたし。それ以外は、以前と変わりません」


思わず、疑われていると思って、言い訳をしてしまった。すると、パトリシアは口元を手で隠して、クスクス笑った。


「大丈夫よ。定期的に、お医者様に診てもらっていることは知っているから。何かあったら、マーカスの態度で分かるし」


それはそれで恥ずかしい。診察の件を知っていることよりも、マーカスの態度というところが、恥ずかしくて、アンリエッタは誤魔化すように、ティーカップを持ち上げた。


「でも、人と竜は違うから。その可能性はあるでしょう?」

「そうなると、神聖力の供給を目的にしている、という仮説は、間違っていることになりませんか?」

「難しいわね。後者だと、生贄を欲するのが、神聖力を自力で回復出来なくなったのか、それとも別の何かを補うものなのか。体質変化はさまざまな仮定が想定出来るものだから。前者の場合は、神聖力を持った人がいなければならないから、今その人を特定している最中だそうよ」

「その人が、ちゃんと交渉してから協力したのであれば、特定され易いですよね。私みたいに、強制的に協力だったら、難しいんじゃないですか」


たった一日で、後遺症が残るほどだ。協力なんてする、奇特な人がいるだろうか。


「だからね、マーカスが難色を示して、アンリエッタさんに伝えなかったんじゃないか、って思ったのよ」


あぁ、最初の仮説を、否定する仮説が出てきてしまったからか。まぁ、そんな旨い話は、そうそうあるもんじゃないし、あったらそれ以前に解決している。


「それじゃ、銀竜の所へ行くことは……」

「まだ難しいと思うわ。行くにしても、ジャネット様も同行したい意向を示しているから、勝手は出来ないし」


そう、今パトリシアは、ジャネットの管轄だったからだ。ソマイアの王女が保護しているということで、侯爵家に帰らず、学術院に滞在していたのだ。


「その間に私は、マーカスを説得しないといけいない、ってことですね」

「そうなの。不甲斐ないかもしれないけど、姉である私には無理だから、お願いね」

「分かりました。頑張ってみます」


報酬の前払いのように見える、テーブルの上のチョコレートたちにアンリエッタは手を伸ばした。


これは、私がパンを持ってきたのと、同様の意味を成していたとはね。なら、遠慮なく食べないと勿体ない。



***



そんな雰囲気があったため、ルカのことを聞くことは出来ないまま、アンリエッタはパトリシアと別れた。


とりあえず、銀竜の所へ行くには、ジャネットの都合も関係していたため、しばらくは無理そうだということ。そして、マーカスを説得しなければならないという、ミッションを遂行する必要があることが分かった。


そのマーカスなのだが、一体何処にいるのか、アンリエッタには分からなかった。アンリエッタは辺りを見回して、誰もいないことを確認した。


「フレッドさん、今マーカスは何処にいますか?」


すると、近くの木が揺れて、声が聞こえてきた。


「門の所で、アンリエッタを待っている」

「ありがとうございます」


護衛の正体が分かってから、アンリエッタは時々、いや毎日フレッドに餌付けという名のパンを、渡していた。姿が見えなかったため、最初は裏口の近くにあるベンチに、声をかけてから置くようにしたことがきっかけだった。


マーカスから報酬を貰っているとは聞いていたが、アンリエッタも何か渡したかったのだ。けれど、お金は無理なため、食料に。それも、負担にならず、フレッドも気兼ねせず、言い訳も用意できるパンにした。


それもあって、このように会話まで出来る様になったのである。アンリエッタはフレッドの言う通り、門へ向かうことにした。


すると、門の近くには、マーカスがいた。それも、見知らぬ女性と一緒に。

けれど、アンリエッタは構うことなく、マーカスに近づいた。それは、一緒に帰ることを伝えていたし、相手の女性が学術院の制服を着ていたのも理由だった。


「アンリエッタ」


マーカスはアンリエッタの姿を見ると、すぐに声を掛け、近づいてきた。


「何か用があったんじゃないの、あの人と」

「嫉妬?」

「う~ん。どうかな。嫉妬していたら、躊躇うことなく近づいたりしていないかも」


可愛げのない返事をしてしまったかもしれない、と思った。仮に嫉妬をしていたとしても、素直に返事をしていたとも思えなかった。


「まぁ、いいさ。さっき耳打ちしたことを、守ってくれるなら」

「きょ、今日だけよ」

「アンリエッタは寂しくなかったのか?」


追い出した仕返しとばかりに、マーカスがアンリエッタの耳元で囁いた。咄嗟に耳を押さえたが、顔は真っ赤になっていたに違いない。


向こうにいる女性への牽制だと思えば、悪い気はしないが、少々やり過ぎでは?


「身の安全上は、その方が良いと思うから、大丈夫」

「何もしないって約束したし、それまでだって、何もなかっただろう」


あの時マーカスに耳打ちしたのは、『添い寝してあげるから』と言ったのだ。


後遺症が治ってから、マーカスとは別々に寝るようになった。治ったかどうかは、マーカスの証言は信用できないため、恥ずかしくはあったが、フレッドに確認をしてもらった。


それでマーカスとはひと悶着があったが、説得に成功したのだ。


「約束は、まだ有効なんだから、忘れないでよね」

「まだ……有効……?」

「そうよ。その条件じゃないと、しないから」

「……わかった」


渋るマーカスを、ほんの少し申し訳なく感じたアンリエッタだった。


どうして舞台が隣国に!?

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