テラーノベル
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奏の肩を抱きしめ、夜の街を歩く俺たちの足音が、やけに大きく耳に残る。街灯に揺れる影が、俺と奏を重ねたかと思うと、ふいに離れていった。神崎の声はもう遠くに消えたはずなのに、胸の奥ではまだ低く頭の中を反響する。
『君が大事にしてる奏は、俺が一番よく知ってる。君よりも、ね』
その言葉が、俺の中に眠っていた感情を静かに呼び起こす。それは嫉妬でも警戒でもない。もっと深く、触れれば形を失うような、得体の知れない不安だった。
隣を歩く奏は気を遣っているのか、何事もなかったように小さな話題を振ってくる。けれど俺の耳は、その声を正しく拾えない。まるで彼の言葉の上に、神崎の声が薄くかぶさっているみたいだった。
あの日の記憶が不意に蘇る。中学の頃、信じていた誰かに裏切られた夜。理由も告げられず、ただ距離を取られ、気づけば「知らない過去」を他人から聞かされたあの息苦しさ――。
「……蓮?」
奏の声で現実に引き戻される。気づけば立ち止まっていて、目の前にある信号の青が何度も点滅を繰り返していた。
「ああ……悪い」
歩き出しながら、視線を前に固定する。肩から移動させて握った奏の手を、ぎゅっと握りしめる。けれど指先に宿る力は、自分でもなかなか抑えられなかった。奏は俺のものだと、叫びたい衝動が喉に張り付く。
(神崎がなにを知っていようと関係ない。奏は今、俺の隣にいる――)
そう繰り返すたびに、胸の奥で不安がゆっくりと形を持っていく。しかも俺は知っていた。一度芽吹いた影は、決して簡単には消えないということを。
帰り道の終わり、家の前で奏が笑って「また明日」と言う。その言葉の明日が、同じ色をしている保証はどこにもない。俺も同じようにほほ笑み返したが、その笑みの奥に隠した重さを、奏はまだ知らない。
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