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「さっき言った保元の乱で命を落とした藤原頼長の日記だよ。『台記』っていって、貴族や稚児や武士なんか、いろいろな相手との行為がくわしく書かれているんだ」
編纂したものが図書館でも読めるはずだから勉強するといいよ──という言葉はモブ子らの嬌声にかき消えてしまった。
「ほかにも、足利将軍の義満が美少年の世阿弥を溺愛したとか、西郷どんが僧と心中未遂をしたとか、日本史にはBL学の研究対象がたくさんいるんだよ」
残念ながら「行為の描写をした日記」に我を忘れるモブ子たちは、蓮の話を聞いてはいない。
凄まじい速さでキーボードに指を滑らせる梗一郎だけがチラとこちらを見やり、一瞬視線が絡む。
それで勇気を得たのか、蓮はモブ子らの叫びに負けじと声を張り上げた。
「今はマイナーな学問だけど、俺はBL学が史学科の必修科目になるくらいみんなに広まったらいいなって思ってるんだ。だからまず、君たちに面白いって思ってもらえるように、頑張って講義をするからね!」
そこで自分に注がれる視線に気付いたのだろう。蓮は俯いてしまった。
「つ、つまんない話しちゃったね」
「いえ、知りたいです。先生のこと、ぜんぶ」
気付けば梗一郎の手も止まっていた。色素の薄い瞳がやわらかく細められる。
モブ子たちも頷いていた。
「アタシらも、蓮ちんの講義スキだよ」
「み、みんな……」
感動したらしい蓮が大袈裟な動作で両手を広げる。
生徒を抱きしめようというつもりなのだろうが、誰ひとりとしてその胸に飛び込んではいかない。
やがて、罰が悪そうに両手を組んでみせた。
「と、とにかく俺はこの対策講座でみんなを日本史BL検定合格に導いてあげなくちゃならないんだ!」
がんばるぞー! と拳を挙げる蓮を見ながらモブ子らは再び芋けんぴに手を伸ばし始める。
「BL検なぁ。なんといってもあの難易度な」
「異様に難しいよな。主催者は合格させる気がないんじゃないか」
「毎年、問題のジャンルが激変するから過去問やっても意味ないしな」
驚異の難易度を誇るBL検定だが、合格すれば同人誌を扱う書店のバイトに採用されやすいというメリットもあるのだ。
「……そこの女子。やる気はあるのか」
低い声。
アンケート用紙をどんどん処理していっている梗一郎が、モブ子らの前から芋けんぴのどんぶりを取りあげた。
たまりかねたという表情である。
ここに来てから彼女たち、何ひとつとして役に立っていないのだから。
「ひでぇや。小野ちんはアタシらはとことん塩だな」
「地味なお菓子で満足してやってるアタシらから芋けんぴを奪うなんて」
「芋けんぴを返せ。食べだしたら止まらなくなったんだよ!」
わめく彼女たちを露骨に無視して、今度は蓮に向き直る。
「先生、ここの回答はどうやって分類すればいいですか? 遣隋使について知っていることを書いてくださいって質問なんですけど」
「どれどれ……イモコッ、イモコッコ、芋って書いてあるね。ちょっと意味が分からないね」
それは無視で。
という指示に、梗一郎は律儀に付箋を貼って「先生の指示で無視」と書いている。
「あれっ、小野ちん。そのシャーペンはよもや?」
「ああっ、よもやではありませぬか!」
「全米が泣いたならぬ──全腐女子が泣いた!」
──鳥獣腐戯画!
声をそろえてその名を叫ぶモブ子たち。
梗一郎がシャーペンを背に隠したのは、彼女らの勢いに押されたためではない。
先生に貰ったものに注がれるギラギラした視線が嫌だったからだ。
「君たち、発見されて間もない鳥獣腐戯画を知ってるのかい? さすがだねぇ」
そこに食いつく蓮。
何がさすがなのか図りかねるが、モブ子ら3人は顔を見合わせて照れている。
「展覧会、本当に素晴らしかったので!」
「次のコミケはコレで新刊作ろうと思います!」
「マジか。アタシもだよ」
ボロアパートの狭い部屋で、異様な盛り上がりを見せている。
「あっ、モブ子さんたち、何やってるんだい!」
さしもの蓮も声をあげたのは、彼女たちが手元のアンケート用紙にペンを走らせたからだ。
サラサラと描かれるのは、やけに目の大きな男性のイラストだ。
「あっ、ごめん。無意識にコミケ用のネーム切ってたわ」
「何やってんだ、ニコ。ところで、イチ子は何描くんだ?」
「アタシは新選組だよ。今日習っただろ。最高に萌えるだろ」
分かるぅ~なんて言っているモブ子の手から、蓮はアンケート用紙をひったくった。
「落書きしたらダメだよ。アンケ用紙は返すんだからっ」
その背後から梗一郎も睨んでいる。
「ごめんよ、蓮ちん、小野ちん。悪気はなかったんだよ」
「創作意欲がむくむく沸いてきてしまったんだよ」
「漫画を描きたくてたまらねぇ。アタシらは帰るよ。もう手伝いはいいだろ」
芋けんぴを頬張れるだけ頬張ると、三人はモゴモゴ言いながら玄関へ走っていった。
「手伝いはいいだろって……君たち何もしてないじゃないか」