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「……あれ、エミリアさん。もう食べないんですか?」
しばらくすると、エミリアさんの食事の手が止まっていることに気が付いた。
立食形式で取り放題なのだから、いつもの彼女であればまだまだいけると思うんだけど――
「わたしばかりが食べていても仕方が無いじゃないですか。
他のみなさんも、ちゃんと食べられるくらいには残しておかないと」
「ああ……。まだ余力はあるんですね……」
「それに、獣星さんもたくさん食べる方のようです。
ほら、あんなに急いで食べていますよ? きっと、とてもお腹が空いていたんでしょうね」
そう言いながら、エミリアさんは優しい目で獣星を眺めていた。
……いや、彼はエミリアさんの皿数に追いつこうと必死なだけなんだけど……。
ふと獣星を目が合うと、彼は少し勝ち誇った顔をしながら、再び料理を取り始めた。
もしかして皿数がそろそろ追いつくのかな? ……勝負しているのは彼だけなんだけど。
そんなことを考えていると、食堂の入口からアイーシャさんと何人かの料理人が入ってきた。
「――みなさん、お料理の追加が来ましたよ!!」
アイーシャさんが大きな声でそう告げると、料理がどんどん運び込まれてきた。
料理の減るスピードが速かったため、追加されることになったのだろう。
「わぁ……♪ アイナさん、ちょっと見に行きませんか!?」
「あ、はい」
エミリアさんは満面の笑顔で私に言った。
やっぱり、まだまだ食べられるのね……。
ちなみに獣星の方を見てみれば、彼は一転して絶望的な表情になっていた。
エミリアさんがお皿に料理を盛り始めたころには、すでに手を止めてしまい、静かに項垂れていた。
……きっと、敗北を認めてしまったのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
追加の料理が無くなったころ、最後にデザートの追加が運ばれてきた。
デザートは最初からあったものの、比較的すぐに無くなってしまっていたのだ。
『食後のデザート』として、エミリアさんは当然のようにそれもたくさん食べていた。
「……エミリア殿」
「もぐもぐ……。あ、はい?」
不意に、獣星がエミリアさんに話し掛けてきた。
何だか少し、顔色が悪いようにも見える。
「だ、大丈夫ですか? 何かお薬、飲みますか?」
「……うぷっ。い、いや、もう入らないので……」
ポーションとは違って、さすがに消化の薬を身体に掛けても意味が無い。
胃の容量的に入らないというのであれば、今はとりあえず放っておくしかないだろう。
「それでは気休めですが、魔法を掛けてあげますね。……ヒール!」
エミリアさんが魔法を唱えると、獣星の身体を優しい光が包み込んだ。
ヒールというのは割と万能な魔法で、回復の他にも身体を楽にする効果があったりするのだ。
「おぉ……。エミリア殿、ありがとう……。
敗者にこんな慈悲を頂けるだなんて……」
「え? 敗者、ですか?」
「獣星さんはエミリアさんに対抗意識を持っていたみたいですよ。
……その、食べる量の」
「えぇー? それで無理をしちゃったんですか?
たくさん食べているから、てっきりお腹が空いているのだとばかり……」
「む……。エミリア殿は、無理をしていなかったのか……?」
「食事は無理をするものではないですよ!
病み上がりのときとかは別ですけど、健康なときは美味しく頂かないと!」
「確かに……ッ!? 俺が浅はかだった……ッ!!」
獣星は愕然とした。
……何だか当たり前の話にも聞こえるけど、とりあえず愕然としていた。
「アイナさん。消化を助けるお薬なんていうのは、作れますか?」
「え? はい、素材は大丈夫かな?」
『創造才覚<錬金術>』で軽く調べてみると、あっさりと必要な素材を把握できた。
そのまま薬を作って、エミリアさんに渡してあげる。
「ありがとうございます!
それでは獣星さん、少し楽になったら飲んでくださいね」
「おぉ……。何ともお優しい……。エミリア殿は聖母か……ッ!」
「そ、そんなものではないですよ!?
でも、食事は美味しく食べましょうね。命を頂いているのですから、しっかり味わって食べましょう」
「ははぁーッ!!」
獣星は仰々しく返事をすると、ふらふらと外に出て行ってしまった。
「アイナさん、お薬をありがとうございました。
お代は払いますので、あとで金額を教えてください」
「えー、別に良いですよ。私もさっき、あげようとしていたくらいですし」
「そういえばそうでした! それでは、今回はそうさせて頂きますね♪」
……私も薬の提案はしていたのに、断られていたんだよね。
やっぱりタイミングとか、言い方とか、エミリアさんだったからとか、いろいろあったのかなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
歓迎会も終わり、私はルークとエミリアさんと一緒に庭に出てみた。
寒くはあるものの、少しだけ外の空気を吸いたかったのだ。
空は綺麗な星で埋め尽くされ、周囲には心地良い空気が満たされている。
「……はぁ。緊張しましたけど、楽しかったですね」
「アイナさんは挨拶とかもありましたしね。でも、わたしたちは食べるだけでしたから♪」
「他の方々はクレントスのことをずっと話していたようです。……私とエミリアさんは取り残されてしまいました」
ルークはそう言うと、エミリアさんと苦笑いをしていた。
それではそれで、楽そうだから羨ましかったけど。
「エドワードさんも、いつの間にかいなくなっちゃいましたね」
「エドワードなら夜番があると言っていました。
私の顔を見るたびに笑っていたので、叩き出してやりましたよ」
「うわぁ、ルークってそういう扱いもするんだ……」
「え? ダメでしたか?」
「まぁ、本人同士が良いなら良いけど……」
さすがに私はそこまで関知できないから、そこは良いようにやってもらうとして――
「……そういえば獣星さんはどうしたんでしょうね。
薬を渡してから、それっきり戻ってきませんでしたけど」
「ずっと外にいたら冷えちゃいますし……。もう帰ったのでしょうか」
「もしかして、あそこにいるのがそうではないですか?」
ルークの指差す方を見てみれば、少し離れたところにいる合成獣――ポチの身体から、人間の頭がぴょこんと出ているシュールな光景が目に入った。
きっとポチの羽毛に包まれて、獣星が寒さを凌いでいるのだろう。
「……寝ているんですかね?」
「うーん……。少し心配なので、わたしが見てきますね。
アイナさんとルークさんは、引き続き散歩をしていてください」
「一人で大丈夫ですか?」
「あはは、悪い人では無いようですし、大丈夫ですよ!
それに身を護る魔法でしたら、わたしも得意ですから♪」
そう言うと、エミリアさんは軽快な足取りで獣星とポチの方に走って行ってしまった。
「ふむ……。エミリアさん、何だか積極的ですね」
「ははは。たくさん食べるところに、親近感を覚えたのではないですか?」
……確かに。
この世界で大食いを見たのなんて、エミリアさんの他には、ミラエルツでやっていたフードバトルくらいなものだ。
何だかんだで、確かに親近感……というのが一番近いのだろう。
「私も錬金術師がいたら親近感を覚えるし、ルークも相手が剣士だったらそうなんだろうね」
「そんな感じだと思います。
……さて、それでは獣星はエミリアさんに任せるとして……あまり外にいても冷えてしまいます。
適当に一周したら、戻ることにしましょう」
「うん、そうだね。
それじゃ、ぐるっとまわろうか」
「はい、参りましょう」
……一見すると、何もない穏やかな夜。
しかし街の外は、王国軍の兵士で囲まれているのだ。
今日は平和だけど、明日はどうなっているか分からない。
だから、さっさと本当の平和を掴んでしまうことにしよう。