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私とルークが庭の散歩から戻ると、エミリアさんはすでに戻っていた。
「あれ? エミリアさん、思ったより早かったですね」
「はい。獣星さんに声を掛けたら、すぐに起きて部屋に戻ってしまったんです。
このお屋敷に部屋を借りているそうなので、そこで寝泊まりをしているそうですよ」
「それなら最初から部屋に戻れば良かったのに……」
「お屋敷の中には、ポチが入れないって言ってました。
食休みの間、ポチと話してたらそのまま寝てしまったんですって」
「ふぅん……。獣星さん、ポチがずいぶん好きなんですね」
そういえば最初に会ったとき、『他のみんなはやられちゃった』って言っていたっけ……。
それまではきっと、他の獣……というか魔物? ……も、たくさんいたのだろう。
それが何らかの理由でポチだけになってしまった――
……そう考えると、獣星も何だか可哀想に思えてしまう。
「――さて、私たちも部屋を用意してもらいましたし、そろそろ寝ましょうか。
明日からはきっと大変になりますから、今日くらいはしっかり休んでおかないと!」
「そうですね、そうしましょう!」
「私も装備の手入れをしたら、今日は早めに寝ることにします。
朝は少し早めに起きて、この辺りを見回ろうかと思います」
「うーん、最初からあまり無理をしないようにね?
……そうだ、家族の人には会わないで大丈夫?」
私がそう聞くと、ルークは黙ってしまった。
しかし、少し考えてから――
「……今回の戦いが終わったら、会うことにしますね」
「あ、あー……。
ごめん、それも無理しないで良いからね?」
「いえ、無理というか……少し会いづらい、といった程度のものなので」
むぅ……。家族の了承はもらって、私に付いてきたって聞いているけど――やっぱり歯切れが悪いなぁ。
多分、了承をもらったのは本当のことなんだろうけど、何か問題でもあったのかな……。
――でも、それはそれ。
まずは目先の戦いをどうにかして、それから考えることにしよう。
……ルークの問題を、私が考えても良いのかは分からないけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
用意してもらった部屋に行ってみると、結構な広さがあって、高そうな調度品も並べられていた。
豪華な部屋も昔に比べれば慣れたけど、やはりどこか落ち着かないところはあるわけで。
……残念ながらお風呂は無いから、身体はお湯で拭くくらいしかできないか。
「――はぁ、やっぱりお風呂が恋しいなぁ。
日本人だからねぇ……」
……とはいうものの、残念ながら身体はもう日本人では無い。
日本人の要素は精神的なところと記憶的なところしかないから――いずれその辺りは、何らかの形でこの世界に刻み付けておきたいものだ。
例えば、異世界転生でありがちな『桜』の持ち込み。
多分、バイオロジー錬金の分野になるんだろうけど、きっと桜も作り出せるはずだよね。
完全に同一にできるかは分からないけど、そのうち挑戦してみることにしよう。
あとは、他に何かあるかな……?
……そんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「――はい、どうぞ」
私が返事をすると、メイドさんが扉を開けて部屋に入ってきた。
「アイナ様、失礼いたします。
アイーシャ様より、お茶の用意を命じられて参りました」
「え? お茶?」
「はい。今日は緊張されたと思いますので、疲れの取れるお茶をお持ちしました」
そう言うと、メイドさんは部屋のテーブルで静かに手早く、お茶をカップに注いでくれた。
「ちなみに、アイーシャさんは来ませんよね?」
「アイーシャ様は作戦会議中ですので、こちらには参りません。
今は話し掛けないように申し付かっております」
「はぁ……。アイーシャさんも大変ですね……」
「毎日、夜遅くまで仕事をされています。
それではアイナ様、お茶の用意ができましたので、どうぞお飲みください」
メイドさんはそう言って、私を椅子に座るように促した。
さすがに立ち飲みをするわけにはいかないから、飲むなら座るところなんだけど――
「……いえ、仕事が大変というか、アイーシャさんもこんなメイドさんを持って、大変だなと」
「どういう意味ですか?」
「そのお茶、毒入りですよね?」
「……ッ!?」
……何のことは無い。
私は王城での一件以来、口にするものは全て鑑定をしている。
そして今回、久し振りの毒入りの飲み物を発見できた――というだけのことだった。
「さて、いろいろと聞かせてもらいましょうかね」
私がそう言うと、メイドさんはスカートを捲り、ガーターベルト付近からナイフを取り出した。
……おお、『暗殺系メイドさんあるある』な感じだ!!
「大人しく飲んでいれば良いものを……。
アンタは殺してやる!」
外に出て助けを呼ぼうとすれば、その瞬間に彼女から攻撃を受けてしまうだろう。
私だけが狙いなら、ひとまず私を殺すことができる――
「……やっぱりメイドさんは、自分が信じられる人が良いね……」
私はふと、クラリスさんたちのことを思い出した。
何やかんやで、彼女たちにはとても良くしてもらっていたのだ。
……もしまた私がメイドを雇うことになったら、彼女たちにお願いしたい。
しかしそれは、おそらく叶わない話ではあるだろうけど――
「ふん。今のアンタになんて、誰が仕えるものか。
アンタさえ殺せば、一生困らない金が手に入るんだぞ!?」
「……分かった、誰も呼ばないから落ち着いて?
それで、最初から私がターゲットだったの?」
「良い心掛けね。ふふふ、最初のターゲットはアイーシャだったんだよ。
ただ、今さらアイツを殺しても、他のやっかいな人間が三人もいやがる。クレントスのこの流れは、もう変わらないんだ」
「だから、懸賞金目的で私にターゲットを変えた……と?」
「ああ、そうだ。私のこんな生活も、これでやっとお終いだ!!」
そこまで言うと、メイドさんは改めてナイフを構えた。
「――私のこと、聞いていない?
英雄ディートヘルムを倒した魔女。……まだ、噂は広まっていないのかな?」
「はははっ。そんなのはただの噂だろう?
アンタのお付きの神器持ちが倒したに決まっているッ!!」
……まぁ、冷静に考えればそうだよね。
神器持ちの剣士が配下にいるなら、実際にはその剣士が倒したもの、と思い込んでしまうだろう。
でも、今回は残念でした。
「ディートヘルムもそうだったんだけどね。
みんな、私を前にすると油断してくれるの。……見た目のせいかな?」
れんきーんっ。
バチッ
「――熱ッ!!?」
この距離は、私の錬金術の範囲内だ。
彼女の『ナイフ』を素材として、『熱いナイフ』を作成させてもらう。
……それが錬金術なのかという問いは、もはや置いておこう。
熱量が単純に加わるのだから、それは錬金術で良いのだ。
メイドさんは突然熱くなったナイフに驚き、咄嗟にナイフを手放した。
その隙に、私は距離を詰めて彼女に密着する――
「ちょっと痛いから我慢してね。
クローズ・スタン!!」
バチバチバチィッ!!
「ぐは……っ!?」
彼女の脇腹の辺りが焼けて、焦げる臭いが私の鼻を衝く。
そしてそのまま、彼女は気を失った。
「……はぁ。やっぱりクレントスでも、100%安全ってわけにはいかないよね……」
そんなことを呟きながら、私はメイドさんをロープでぐるぐる巻きにしてあげた。
あとは、持っていた布で猿ぐつわみたいに口も縛って……っと。
……さて、このあとはどうしよう。
アイーシャさんに突き出しておけば、それで問題は無いかな?
ルークとエミリアさんの部屋もそれなりに離れているし、連絡は――
……って、あの二人は大丈夫!?
ああ、でもこのままメイドさんを置いていくのは心配だし……。
……それじゃ、一仕事してから、二人の元に行きますか!