「兄さん…..?」
いつもの日
僕は学校が終わり、友達と一緒に帰っている
今日はカルトも一緒だ
『あー、暇だなぁ』
友達が言う
『ならさ、カラオケいこーぜ』
一人が提案する
『お前音痴じゃん』
『はぁ?!〜ーー!』
『〜ーーー〜〜〜ー〜ー?w』
そんな会話と笑い声が辺りに響く
僕もそれに合わせて笑う
『はははwあ、エリトラーナはどうする?』
「あ、オレパス」
カルトが言う
「今日手伝いの日なんだよね」
手伝いの日か、と思いながらも「へぇ〜」と
言わんばかりに頷く
『手伝いの日ィ ?』
「そ、毎週金曜と土曜にあんの」
「具体的にはどんなことするの?」
話に混ざるように聞いてみた
「あれ、兄さん知らなかったっけ」
「まぁ具体的には、食事の準備手伝ったり
風呂洗ったり」
『ほーん、いいねぇ、親孝行してる優等生
カルトちゃんは、』
「頸動脈噛み千切るぞ」
『ナチュラルに脅し入れんなや』
「んじゃあオレこっちだから」
カルトが家の方に歩いていく
『ん、じゃな〜』
「また明日」
僕も手を振る
「ん〜」
カルトも同じように皆に手を振り返す
『ケルトは?』
「ん〜、じゃあ僕行こうかな」
『ひゅ〜、世界のアイドルケルト様のお歌
だ〜』
「揶揄わないでよ〜w」
適当に返す
『まーいーや、よっし行くか〜』
「あ、待って兄さんにLINEしないと」
『オッケー、待ってるわ』
「ん、あんがと」
[ごめん、今日友達とカラオケ行くから遅くなる]
と打つ、十数秒後、返信が来た
[分かりました、何時くらいになりそうです か?]
[7時くらいかな]
[では夕飯の支度をしておきますね
因みに今日はハヤシライスです]
内心喜びつつ、僕はありがとうのスタンプを送った
『終わった?』
「うん、待っててくれてありがと」
『よっしゃー!行こ行こー!』
友達の一人がはしゃぐ
それから僕達はカラオケに向かい、歌を歌い、ふざけて遊んだりした
『あー!楽しかった!』
『ホントな!』
『それにしてもケルトめっちゃ歌上手いな』
「そお?」
褒められて満更でも無いように返事をする
『さっすが世界のアイドル様〜』
「もーやめてよ首捻じ切っちゃうよ?」
『何?お前ら兄弟はなんか物騒なこと一日一回 言わないと死ぬ呪いにでもかかってんの?』
「へへ、まぁいいや」
『よくねぇのよ』
「ま、じゃね〜」
「また明日」と手を振る
『お〜、じゃあな』
そして僕は自分の家の方向に向かって歩き出した
「ただいま〜」
玄関を開けるとハヤシルーのいい匂いがする
「ごめんごめんはしゃぎ過ぎてちょっと遅く なっちゃった」
…..
反応がない
「兄さーん?」
「居ないのー?」
「…..アルトー?」
…..おかしい
いつもは笑顔で「おかえり」と返してくれる
兄さんも
真っ先に玄関に来て出迎えてくれる弟のアルトも
何の反応もない
「兄さん…..?」
「アルト…..?」
不穏な空気が流れる
息の詰まるような、そんなの
恐る恐るリビングに向かう
そこには_
「に、い….さん?」
そこには目も当てられないような姿の….
…..
兄さんとアルト
「兄さん?、」
「アルト、?」
「あ?」
「あ、やだ、」
包丁で何ヶ所も….
「嘘だ、うそだうそだ、」
おまけに殴られたような後まである….
「いやだ、あ、うそ、うそウソ嘘、」
兄と弟の死体
「あ、」
「兄さん」
僕は真っ先にエルト兄さんに電話した
「あ、に、にい、さん兄さん」
〔ケルト?どうしました? 〕
「兄さん、にいさっ、が、」
〔…..ソルト兄さんに何かあったんですか?〕
「あぅ。え、あ、アルト、ある、とも」
〔…..っ、そこから動かないで、今そっちに
向かうから〕
〔待っててね〕
「あ、うん、う、ん」
僕は部屋の隅で体育座りをし、兄さんが来るまでの時間、ずっと考えた
何故こんなことに?
犯人は?
何故兄さんとアルトが?
何をした?
兄さんとアルトが何をしたと言うんだ?
そんなことを考えていると、 「バンっ」と思い切りドアを開ける音が聞こえた
「ケルト!」
エルト兄さんだ
ドタバタと廊下を走る音がする
「今行きますからね!」
そうして、またもや「バンっ」と、リビングへ続くドアが思い切り開けられた
「ケル、ト、」
「ッヒ、」
そしてこの惨状を見た瞬間、エルト兄さんは膝から崩れ落ちた
「っは、はは、う、嘘ですよね?」
「な、何かのドッキリでしょう?」
「そうですよね?」
兄さんは震えた声色で言う
「…..エルト兄さん」
僕は「これは現実だ」と言うように兄さんの
名前を呼んだ
「ヒュ、….っ、嘘だと、言って下さいよぉ、」
兄さんは涙ぐんだ声で言うと、そのまま床に突っ伏してしまった
僕はそれを黙って見ていることしか出来な かった
何日か経って、僕は一人暮らしを始めた
やっと荷解きが終わったと思ったら、次は
兄さんとアルトの葬式やら何やらで忙しく、
あまり眠れていなかった
それに加え、一人暮らしを始めたのは良いものの、一人と言う不安で押し潰されそうで、苦しくて、どうしようもなかった
そんなものがどんどん積み重なっていき、ストレスが限界値を超えそうなのが、自分でも分かる程だった
僕はしばらく学校にも仕事にも行っていない
いや、”行けていない”の方が正しいか
一人暮らしを始め、カルトがたまに泊まりにくるようになってからだ
ある時には僕より先に来て待っていることもある
だからだ
僕は正直、あの出来事がトラウマになっている
だって、帰ったらいつもの日常が、幸せな日常が壊されていたんだ
あの日はいつものように家族で食卓を囲み、食事の後は雑談やゲームなどをして楽しむはずだったのに
それは一瞬で壊された
僕の居ぬ間に
僕の知らぬ間に
だからあの時と同じ様は
あの奪われた日常は
二度と体験したくない
僕のトラウマ
それから数日
ふと思い立った
遺書でも書いてみようかと
いつ死んでも良いように
いつ殺されても良いように
今日はカルトも来ないとの事だし
思い立ったが吉日と言う言葉があるように、僕はすぐに行動した
まずは適当な紙とペンを用意して、題のところに〈遺書〉と大きく書く
それから内容
〈ごめんなさい、本日より僕は命を絶たせて頂きます〉
…..
可笑しいな
何故謝るんだ?
これは僕の命なのに
僕の人生なのに
謝る必要なんてないのに
僕は並べた言葉達を、消しゴムでぐちゃぐちゃに消した
「書けないなぁ」
ふと、言葉を溢す
椅子に寄りかかり、天井を見上げ、深呼吸をし、考える
何も考えられない
考えたくない
何もしたくない
何も、信じたくない
「全部夢だったのかなぁ」
そう思った
これは長い長い夢で、醒めたらいつも通りの
日常が待っている
都合の良い夢
「でもそんなこと、あり得ないんだよねぇ」
だって、あの日の放課後の西日もあの日のカラオケで飲んだジュースの味も歌い終わった時の喉の渇きもあの日のハヤシルーの匂いもあの日のリビングまでの雰囲気もまでのあの日の光景もあの日の兄さんの血の匂いもあの日のエルト兄さんの泣き顔も葬式の時の線香の匂いもお経の声も火葬場の雰囲気も兄さんとアルトの骨の焼けた匂いも形も全部全部全部
昨日の事の様に思い出せるんだから
夢な訳ない
「夢じゃないのかなぁ」
「夢が良かったなぁ」
「夢だったらなぁ」
「僕も兄さんとアルトと同じトコに行けたら なぁ」
「行けるわけないかぁ」
そう言って僕は立ち上がる
「行けたら良かったのになぁ」
部屋の閉め切った光の入らない窓の方へ行く
「行きたいなぁ」
椅子の上に立つ
「行けるかなぁ」
天井から真っ直ぐのびた縄に手をかける
「遺書、結局書けなかったや」
首をそっと通す
「ま、いっかぁ」
「行けるかわかんないけど、今から行くからね」
「僕頑張るよ」
そう言って僕は足場の椅子を、思い切り蹴飛ばした