僕の名前は中野拓夢、ポジションは二塁手。世間からは「可愛い」という評価を貰うことが多い。当然、それは僕だってしっかりと自覚している。プロ野球選手たるもの、自分の魅せ方というものはちゃんと心得ているものなのだ。事実、ファンだけでなく選手達にも僕に「可愛い」という評価を向ける人は多い。そう、つまるところ僕は可愛いのだ。しかし、中には僕の可愛さに言及してこない人だっている訳で、自分でも不思議に思うくらいそれを悔しく思ったりしているのも事実だ。
(多分、あの人気付いてないんだろうな…)
「おはようございまーす」
「おはようございます、今日も可愛いっすね」
「お、分かる?」
「もうバッチリっす、その可愛さで今日もバンバン打って下さい!」
「そこ関係あるかなあ…」
すれ違うチームメイトと軽口を交わしながら、ロッカールームへ入る。着替えてから鏡を見ながら髪を整えて、そのまま何となく可愛らしい笑みなんかも浮かべてみると、今日もなかなかいい感じだ。
「ムー、おはよ」
「おはようございます、近さん」
折良くその「気付いてないだろう人」に後ろから声を掛けられて、鏡越しに挨拶をして笑顔で振り向く。さあどうだ、一段と可愛い今日の僕は。
「おー、今日も元気…」
出た、さして気にもしてませんよみたいな反応。いつもの事だし別に珍しくもないんだけど、ね。
「元気いっぱいです、今日も絶対勝ちましょう」
「そうやな、思い切りやって…あ、ムー、寝癖」
珍しいな、と笑って近さんが僕の髪を指す。
「えっ、どこですか?…本当だ。」
慌てて鏡で確かめると、確かに斜め後ろ辺りの髪がほんの僅か外に跳ねている。
(僕でさえ気付いてなかったのに…)
寝癖と一緒に少し動揺した気持ちも落ち着けるようにして強めに髪を撫でつけるけれど、どうしても外跳ねが収まってくれない。
「…何で、」
分かったんですか。つい、そう口走ってしまう。だってそうでしょ、びっくりしちゃうじゃん。
「ん、だって俺いつも見てるし」
「いつも?」
反射で聞き返して、さっきの言葉を反芻して、
(いつも、見てた…?僕のことを?)
「そう、気付いてなかった?」
力の抜けた笑顔なんか向けられちゃって、頭がぐるぐる回って、一気に鼓動が速くなって、
「うそ…」
そしたらもう、それしか言えないじゃん。
「ほんと。何か見てまうんよな」
「それって、どういう…」
「んー?そのままの意味」
それじゃ答えにならないじゃん、ちゃんと教えてよ。
あからさまに不満気な僕の様子が余程面白かったらしく、近さんが楽しそうににんまりと笑う。
「ちゃんと知りたい?…じゃあ、今日の試合で俺より打ったらな」
「その話、乗った…約束、きっちり守って貰いますよ」
良いね、上等だ。可愛い上に活躍も出来るってこと、しっかり証明してあげるよ。
「…勝ってやる、絶対に」
試合にも、あなたにも、ね。
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