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そもそも、魔玻璃の結界を超えるとは、リーゼロッテも想像もしていなかった。
(とはいえ、2度目だわ――お父様に、あんな顔をさせたのは。アニエス様の危機に呼ばれ、離宮から帰って来た時に、もう勝手にいなくならないと約束したのに……私って、成長しないなぁ)
成り行きとはいえ、ちょっと考えたら分かることだった。
けれど、ルイスに隠せば良かったとは微塵も思わない。秘密はつくりたくないのだ。
(いっそテオみたいに、離れてもお父様と念話できたらいいのに……)
チラッと、テオに視線をやった。
先に執務室から抜け出したテオは、バツが悪そうにリーゼロッテにケーキとお茶を出してくる。
「主人、すまなかった。……結界の話は先にしておくべきだったな。ルイスのことは頭に無かった」
銀色の髪を揺らし頭を下げた。
あの時、テオは自分がいない方がルイスの怒りがリーゼロッテに向かないだろうと、気を利かせたようだ。
実際、ふたりだったからこそ、ルイスは素直な気持ちを口にしてくれた。
「本当よ。今度から、前もって教えてね。ま、行き先を尋ねなかった私も悪いわ」
申し訳なさそうな顔をしたテオは、自分から弟の話を始めた。
テオ――つまりフェンリルは果てしなく遠い昔、神と巨人の間に生まれたらしい。
その後に生まれた弟が、ヨルムンガルドという大きな蛇で、氷の海に捨てられて世界よりも大きくなってしまったのだとか。
ずっと孤独だったヨルムンガルド。
不憫に思った魔王……ご先祖様の力により、今は地の底で丸まって安眠しているそうだ。起きれば破滅を呼ぶので、人間は戦わないといけなくなる。
(世界より大きいって……まるで神話ね。勝てる人間なんているのかしら? うーん……起こさず、ずっと眠っていてもらわないとだわ。そういえば)
ジェラールの1周目の最後は、魔玻璃が壊れ洞窟が崩れたと言っていた。
魔玻璃の魔力――魔物たちにとって魔王存在の証でもある力が消えて、寝ていたヨルムンガルドが起きた。そうは考えられないだろうか。
リーゼロッテの全身が粟立つ。
考えたくないが、1周目のあの後に世界が滅んでしまったのかもしれない。
(だから、ループが起こった? まさか……ね)
リーゼロッテはチラリとテオを見る。
「テオは、私のループの話と魔力を感じて何を思ったの?」
唐突な質問だとは思うが、リーゼロッテはテオを見据えるように訊いた。テオは、何か知っている。そう思ったのだ。
「……初めは、あの方の力を受け継いだだけだと思った。だから、従魔契約もした。だが、ジェラールの洞窟での最後の話に、強くなるリーゼロッテのその魔力。あの方が、何かを託している――そう思うようになった」
ただ、それ以上はテオにも分からないそうだ。
「テオの弟を起こさないようにするには、魔王が居ない今……魔玻璃を維持し続けるしかないわよね?」
それしか、皆が助かる方法が無い気がした。
「そうだ。だが、もう一つ方法はある。リーゼロッテが魔王となり、向こうの世界に行くことだ。向こうの玉座に座れば、もう死ぬこともなくなる」
「それは、嫌」
即答する。
「……だろうな」
「だから、ちゃんと考えるわ」
この、世界すら巻き込む話はリーゼロッテひとりで抱えるには、巨大過ぎた。
確信はないが、リーゼロッテ以外のループした人間……ジェラールにも、何かループした意味があるのかもしれないと思う。
「私とジェラール殿下は、ループした根本を理解できていないのかもね」
お互い大切な人だけ救えれば良いと思っていた。
それが、大きな間違いなのかもしれない。
カラカラに乾いた口の中を潤すため、リーゼロッテはテオの入れてくれたお茶を一口飲んだ。
(ん、美味しい)
神と巨人の子供……よくよく考えてみたら、フェンリルにお茶を入れてもらうなんて、凄いことなんだと可笑しくなった。
「ふふっ、みんなが幸せになる方法を……探しましょう!」
何が可笑しいのか理解できない、テオはそんな不思議そうな顔で主人であるリーゼロッテを見ていた。
リーゼロッテは二つの魔道具を並べると
【大至急、お話があります。極秘事項です。ジェラール殿下、ルイスお父様、私とテオだけで集まりたいです。 リーゼロッテ 】
と、同じ文を送った。
直後、【いつもの部屋へ来い】と、ジェラールから返事が届く。
(はやっ! 殿下は、魔道具を持ち歩いているのかしら?)
あまりにも早い返信に驚いていたら、今度は勢いよく部屋の扉が開いた。
「何があった!?」
ルイスは、文章書くのがもどかしかったのか、リーゼロッテの部屋に直行して来た。
「お父様、早いですね。丁度、ジェラール殿下からも連絡が来ました。すぐに王宮に向かいましょう」
「……リーゼロッテは、何か腹が決まるとリリーになるな」と、ルイスは呆れ気味に言った。
「そうでしょうか?」
ちょっと意味が分からなかったが、ルイスがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
王太子を待たせてはいけないので、急いで転移する。
久しぶりのジェラールの部屋に転移すると、案の定ジェラールはイライラしながら待っていた。
「お前たち、遅いぞっ!」
「ジェラール殿下、大変お待たせして申し訳ありません。この部屋に、結界を張らせていただいてもよろしいですか?」
「構わない。好きなだけ張れ」
リーゼロッテの言葉に、ジェラールとルイスは事の重大さを感じたようだ。
そして、テオから聞いた話と、リーゼロッテの考えを順を追って話し出す。
見る見るうちに、ジェラールとルイスの顔色が悪くなっていった。
(うーん、そうなるわよねぇ)